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「地頭力って何?」へっぽこ編集者、森博嗣先生に教わる【1】

ご挨拶。『アンチ整理術』担当、へっぽこ編集者より

noteユーザーのみなさまごきげんよう。編集Yです。それもただの編集ではありません。電車に乗れば乗りすごし、メールを送れば誤字脱字、人見知りで敬語は使えずつねにしどろもどろ。怒られないで完成した本はない、というへっぽこ編集者です! 咲かない花はないと言い続けてそろそろアラフォー。好きな言葉は生物多様性。特技は万人にマウントされること。

というわけで、息を吸うように失敗を繰り返す粗忽な私ではございますが、生きていると良いこともある。今回、敬愛する作家・森博嗣先生の新刊『アンチ整理術』を担当させていただきました。(森先生とファンの皆さまのお力の)おかげで重版出来! この機に乗じてもっと売れてほしい。いい本だから。というわけで、今回、特別に本書の一部を公開します! 

SNSでは「書くことに困ったのか編集者との問答まで公開している」というご指摘もあった第6章「本書の編集者との問答」から。本文中の編集者Yが私です。

ちなみに、私としては今回、読者を完璧に「自分」に想定していました。つまり30代、会社では中堅。でも仕事で結果を出せているかというと微妙。学生時代はそこそこ真面目に勉強した。社会人になってからも真摯に取り組んでいる。でもうだつが上がらない。みたいな。そんな人は何をどうやって勉強したらいいんだー! 何を変えていけばいいんだー! という心の叫びを勝手に森先生にぶつけさせていただいた問答、お楽しみください。

地頭力って何?

編集者Y(以下、「学生時代に必要な能力と、社会人になってから必要な能力は、違っている気がします。先生は、どう思われますか?」

森博嗣(以下、森)「それは、どんな環境でもいえることではないですか。学生と社会人だけでなく、転職しても違いが生じるし、年齢によっても、少しずつ変化するものでしょうね。僕自身は、会社に勤めたことがないのですが、会社に勤めている人たちとは、頻繁に話をしてきました。その伝聞でしか知りませんが、一般の社会人というのは、大学人とは、だいぶ違うな、と感じました」

「社会人として必要な知性があるとしたら何でしょうか? たとえば、従来ビジネス書ではよく『学校の成績が良くても仕事ができるとは限らない』『仕事ができる人になるためには地頭力が必要』などと書かれてますが、『地頭力』って何?と思ってしまいます」

「何ですか? 『じあたまりょく』って読むのですか? 知りませんね、そんな言葉。たぶん、遺伝的な知能を示しているのだと想像します。環境や努力によって、知能は影響を受けますが、それは比較的年齢が若いうちだといわれています。これは、統計的な研究結果ですから、全員に当てはまるわけではありませんけれど、平均すれば、そうだということ。子供のうちは、教育熱心な家庭に育てられ、また自分で努力をして勉強すれば、そこそこの成績が取れますが、じわじわと本来の、つまり生まれながらの能力の差が顕在化してきます。そういう話をすると、努力しても無駄なのか、と思う人もいるかもしれませんが、そうですね、実際に努力をしてみたら、無駄かどうかはわかると思います」

仕事に必要な知力とは?

「森先生が考える、仕事で結果を出す人の知力みたいなものを、お聞きしたいのですが……」

「さあ、そういうことは考えませんね。努力だろうが、知力だろうが、あるいは運だろうが、なんだって良いのです。ようは結果が出るかどうかです。世の中は非情ですからね。僕が見てきた範囲では、結果が出せれば、知力があった、努力した、などと評価されるだけです。知力や努力があれば、必ず結果が出せるわけではない、ということは、たぶん現実でしょう。とりあえずいえることは、手法なんかどうだって良い、ということです。どんな方法が最適かと考えるまえに、結果を出すことを考えましょう」

「自分の仕事で成果を出すには、何が必要だと思いますか?」

「考えることです。もう必死になって考える。ずっと考え続けます。僕たちの分野では、それ以外に成果を出す方法はありません。誰も教えてくれないし、誰も知らないことだからです。頭というのは、考える以外に使い道はありません」

「必要なものを見極め、身につける方法には、どんなものがありますか?」

「ね、やはり、方法に拘りますよね。方法ではない、ということがまず第一だと思いますよ。方法なんて、そのうちできてくるものです。とにかく、結果を出す、必死になって前進します。すると、振り返ったときに道ができている。それが『方法』というものです。方法というのは、同じことをもう一度するときには役立ちますが、最初にするときには、方法はありません。ただ、一般的な仕事の多くは、研究のように最初ではない。先人がいると思います。だから、成功者の歩き方をよく観察して、学習することは効果があるかもしれません。成功者というのは、味方だけでなく敵も含めましょう。好き嫌いで選ぶと、視野が狭くなるだけだと思います」

何を勉強すれば良い?

「たとえば、私は編集者で、『力が足りない、勉強しよう』とは思うのですが、何をどう勉強したら良いのか……と途方に暮れます。キャッチコピィの本を読む、編集術のセミナを聴くなど、いろいろ考えられることを、やってみています。でも、それが自分の身になっている実感は乏しいです。勉強へのアプローチが間違っている気がします。正しい勉強法を見つける方法などあるのでしょうか?」

「ありませんね。残念ですが……」

「そうなんですか……、駄目ですか……」

「たとえば、ピアニストだったらどうでしょうか? 力が足りないと感じた場合、何をすれば良いでしょうか? 本を読んでも駄目だし、セミナなんかに参加しても駄目でしょうね。何故なら、もうピアニストになっているからです。本やセミナで教えてもらえるのは、その職業に就く方法でしかありません。そのレベルならば、まあ、誰でも教えられるからです。

でも、プロになってしまったら、あとはピアノを弾くしかありません。編集者なら、つぎつぎと本を作るしかないと思います。それが、編集者に求められる知性なのではないでしょうか」

「まっしぐらに仕事をしろ、ということですね?」

「一面としてはそうです。でも、すべてがそうでもありません。実は、キャッチコピィもセミナも、役に立つと思います。編集者には関係のないキャッチコピィやセミナも同様に役に立ちます。自分の仕事に直接関係のないものを幅広く吸収すること。これが一番知性になると思います。知性というのは、深さだけでなく、広がりが必要なのです。ですから、小学校からの義務教育をやり直すのも手だと思います。得意も不得意もなく、これまでに手を出さなかったところを覗いてみることです。その意味で、編集者というのは、かなり恵まれた環境だと思いますよ。いろいろな知性に巡り会えるわけですから」

「そうですか。励ましていただいて、ありがとうございます……」

(『アンチ整理術』第6章「本書の編集者との問答より)

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