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[ショートショート]電波に乗せて

『頑張る君を、応援します』

 強風にあおられたチラシが顔にへばり付いた。ぐっしょりと濡れた紙は軟体生物のようで、鳥肌が立つ。
 チラシにはありきたりなキャッチコピーと共に、爽やかな笑顔の青年と優しく微笑む女性が、お互いにガッツポーズをしている写真が印刷されていた。
 応援しなくても良いから、せめてまとわりつかないでほしい。

「行きは良い良い。帰りは辛い、っと」
 コンビニの入り口に立ち、独り言を呟く。

 人が足りないからどうにか入ってくれないか、と店長から打診を受けたコンビニバイトの帰りは、予想通りの台風。
 傘なんてさしたところで、数秒後には壊れている未来しか想像ができない。

 ヨシっと気合を入れる。

 傘を使うことを諦め、横殴りの雨の中をずぶ濡れになりながら駆けた。

 下着までビショビショで、ブラジャーが透けて見えるといったレベルを遥かに超えていた。
 いっそのこと下には水着を着てくれば良かったのかも、などと思った。
 いや、もはや水着でバイトをするのが正解だったのではないだろうかとすら思えた。

「あー!!」
 大雨と強風の日に叫び声などあげてみても、今日はきっと許されるだろう。

 雨に濡れていると、よくわからない笑みが溢れた。

 自分への嘲笑なのか、世の中への怒りなのか。もはや自分自身がどんな感情を抱いているかもわからない。
 ぐるぐると思考が巡り、モヤモヤが胸の中を支配していく。
 こんなことなら、やはり家で寝ているべきだった。外に出たところで良いことなんて何もない。

『クソみたいな曲』
『ありきたり』
『こんなヘタな歌をあげるとか逆にすごいw』

 自分は何を期待していたのだろうと思う。
 何を勘違いしていたのだろうか、と。

 なぜ、誰かに反応してもらえると決めつけていたのだろう。

 昨日、webにアップした音源にはそんなコメントすらつかなかった。

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 SNS上では、私のような人物を「ワナビー」などと揶揄して喜んでいる輩が闊歩している。嘲笑の対象を見つけては、喰い物にして喜んでいる。頑張る僕らを馬鹿にしている。そんな電波が今は大流行中だ。

 私の叫び声は、いつしか歌声へと変わっていた。
 誰に届けるでもなく、自分の心を保つために、私は歌っていた。

 大丈夫、大丈夫。
 心に言い訳をする。

 なんてさ、大丈夫なわけないじゃん。ずぶ濡れなんだ。これが雨なのか涙なのかもうわからないんだ。
 でも、大丈夫。そう、大丈夫。心がそう叫んでるんだ。

 まだ駆けるだけの元気は残ってる。


 いつのまにか凄い雨になったもんだと窓の外を眺める。部屋に篭っていると、どうしたって外の世界の変化に気付きにくい。

 雨で外が見えない、という状況は不謹慎ながらも心をときめかせるものがある。
 軽く窓を開けると、物凄い雨音が耳を襲ってきた。
 このまま地球が沈没するのではないかと思うほどの強い雨だ。

 その雨の中、疾走する一人の女性が見えた。
 大声で聴いたことのない曲を歌っている。

 なんだか楽しそうだな、と思った。
 自分にもああいう若い時があったものだ。

 激しい雨音の中にもかかわらず、彼女の声は鮮明に聞こえてくる。
 咄嗟に彼女の歌声を録音した。

 ネットで検索をかけると、個人がオリジナル楽曲を上げる音楽投稿サイトの曲であることがわかった。

 再生ボタンを押す。

 ……電気が走ったようだった。
 一瞬にしてインスピレーションが湧き上がった。

「缶詰にされたところで、出ないもんは出ないよ」
 プロデューサーに怨嗟の念をふつけたばかりだった。
「そうは言っても、監督。全世界が期待している新作なんですよ」
「私は期待してないから、全世界−1ってところだけどね」
 電話越しにそう伝えた、ほんの数分後の出来事だった。

 筆が走る。
 彼女の疾走とどちらが速いだろうか。

 いや、彼女に負けてはいられない。

 気付けば笑みが溢れていた。

 数日が経ち、プロデューサーを部屋へ呼んだ。

「これは——世界を、覇権を取れる作品になりますよ! 監督」
「絵コンテができただけでしょ。何を言ってるんだよ」
 格好付けてみたが、自分でも会心の出来だと思える内容に仕上がっている。

「主題歌は、彼女で」

 私は再生ボタンを押す。

<リスペクト>
『窓を開けて』CIEL

#クリエイターフェス  #ショートショート #小説 #短編小説

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