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A night in CINE-MA Ⅰ 【後編】mitosayaの3年と3人

中山英之(建築家)+江口宏志(蒸留家、mitosayaオーナー)+山野英之(グラフィックデザイナー、TAKAIYAMA inc.)

TOTOギャラリー・間「中山英之展 , and then」ギャラリートーク「a night in CINE-MA」1

表紙写真=© TOTO GALLERY・MA

ゴールを決めないということを決めた

山野英之 ぼくはmitosayaのロゴ、サイン計画、最終的なパッケージのデザインを、長い時間かけてゆっくりとつくっています。というのも、中山さんの建物の仕事は、お酒をつくる工程を整えるという、明確なゴールが一旦あるわけですが、ロゴやパッケージはまだあいまいな部分が多く、これから一緒に考えていく必要があるからです。ぼくたちは実際にドイツへ行ってお酒も飲ませてもらったけれど、実際に江口さんがどんなお酒をつくるのかはまだわからない。建物がどんなふうになるのか、建物の建つ薬草園がどんなふうに成長するのかもわからない状態で、どんなロゴをつくればいいか? そのためのアプローチを今日はいくつか見てもらいたいと思います。
最初にどういうところからスタートしようか考えていたころ、江口さんがブログに上げていた、スティーレ・ミューレで働きはじめた初日の写真が目に入りました。それで思いついたのが、見たら初心を思い出せるようなデザインです。時間が経った後にふと思い返す、そういう思いをロゴに込めれば、それを見て江口さんは泣くかもしれないと思って(笑)。
それで、江口さんが修行しはじめた初日の写真をロゴにすることを考えました。ジョニー・ウォーカーのようなお酒のラベルのイメージです。でも長女と江口さんしか写っていないので、次女のさやちゃんも足してみたり。そうするとお母さんも足りないぞと思って、これはボツになりました。

江口宏志 そもそもmitosayaという名前は、ぼくの子どもたちの名前「みと」と「さや」に由来します。子どもの名前を付けたときにはまったく意識していなかったんですが、2人の名前をつなげると、「実」と「莢【さや】」になることに中山さんが気づきました。

中山英之 そうなんですよね。ずっと以前はじめて江口さんの子どもたちを紹介してもらったときに、「実と莢になってるんですね」と言ったら、江口さんはきょとんとして。そのときはまさか屋号になるとは夢にも思っていませんでしたが。

江口 ぼくはそれがずっと記憶に残っていました。

山野 じつは最初に聞いたとき、言葉の響きに少し違和感がありました。言葉の意味はわかるけれど聞き慣れないので。でも、ふだんロゴを考えるときによく思うんですが、最初にすっと入ってくる名前や形って疑ったほうがいい。すでにあるものに由来する安心感から、それと気づかず直感的にいいと思ってしまう可能性があるからです。それよりも、最初に違和感があっても、だんだんと使っているうちに馴染んでくるもののほうがいい場合もある。今回は、名前にきちんと意味があって、かつそれが子どもたちの名前になっている。そういう意味も込めて、子どもたちのシルエットを使うことも検討しました。
そのあと、江口さんの修行中の写真に江口さんがタンクをすごく頑張って引っ張っている姿が写っているのを見つけました。それを「樽ボーイ」と名づけて、正式なロゴではないけれどTシャツのワンポイントのマークにして、少し遊んでみたりもしました。

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© TAKAIYAMA inc.

山野 もう少し別のアプローチもしてみようと思い、「大多喜」という場所に注目しました。大多喜は古い城下町です。また、日本酒によく紋が使われていることもあり、日本発信のお酒+城下町という土地柄から、家紋に着想を得たデザインを考えてみました。これは縦にみるとHiroshiの「H」、横にすると江口の「江」になっています。自分大好きな人みたいだと言って江口さんに却下されましたが、樽に入れたりするとおもしろいかも。

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© TAKAIYAMA inc.

山野 次はmitosayaという言葉の不思議さを元に考えたデザインで、MとSが合わさってできています。可能性を感じていろんな発展形を考えていたんですが、とあるサイトのロゴとそっくりということでやめました。人が安心するようなかたちって案外共通のモチーフがあったりするので、偶然似てしまうこともたまにあるんです。それからmitosayaの土地の形状から考えたロゴで、坂を登っていくと薬草園があるというストーリーを込めることも考えました。Mが家型に、Sが道になっています。
次はアルファベットではなく平仮名や片仮名から考えてみました。これは一見すると「&」ですが、じつは平仮名の「み」をモチーフ化している。このパターンをいくつか考えてみました。「み」を選んだのは、もちろんmitosayaの頭文字だからということもありますが、果物のお酒ということで実を大切にしているという意味も込められるからです。こうやってゆっくり考えてきたなかで、このアイデアが一番可能性があると感じて、バランスのいいものを探してバリエーションをいくつか考え、現在のロゴに落ち着くことになりました。これが建物のゲートやウェブサイトなどに使われています。

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© TAKAIYAMA inc.

山野 次は、ロゴマークに対してどのような文字を合わせるかを考えます。最初、小文字がいいね、という話から始まって、中山さんからは筆記体も合うんじゃないかというアイデアが出たりして。いろんなお酒のラベルデザインを見ているうちに、ウィスキーで有名なスコットランドのアイラ島を知りました。島中に蒸留所がたくさんあって、それぞれの建物にデザインされているのかいないのかもわからないような、ラフな文字が壁に書かれています。これを見て、かっちりと決めすぎないデザインもいいのではないかと思うようになり、最終的に既成のフォントを少しずつ崩してつくりました。同じAでも前と後でちょっと変わっています。あまり頭で考えすぎずに、見たときにいいなと思えるように体感的につくっています。

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© TAKAIYAMA inc.

山野 こんなふうに紆余曲折を経ているので、最初のほうにつくったプロダクトはサインが小文字だったりと、あまり揃っていません。でも「決めないということを決めて」進めていったともいえます。ブランドの立ち上げとなると、最初にロゴをしっかりと決めて目標を明確にして、枠組みから固めていくことが多いけど、mitosayaは時間をかけてやっていくしかない。やっていると、どんどん課題が出てきて方向も変わっていく。その都度調整しながら進めていっても、長く見ればそのゆらぎもよく見えてくるんじゃないかと思えるようになりました。もともと厳格なタイプではありませんが、このプロジェクトにおいては、より根本的な柔軟さが必要とされる気がしています。
これは、小道に面した温室の側面につくったサインです。自然の中にある実験室のようなイメージだったので、ナンバリングをして、少し記号的に見えるように考えました。

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© TAKAIYAMA inc.


山野 あとは、ビンの形を考えたり。これが今年の3月につくったはじめてのお酒のデザインです。ラベルの絵はクサナギシンペイさんに提供してもらいました。抽象的なにじみがフルーツやお酒のイメージに合っています。

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© TAKAIYAMA inc.


プロダクトのラベルに隠された秘密

中山 ラベルの手書きの文字だったり、ナンバリングがどういうものなのか、江口さんからちょっと聞かせてもらえますか。

江口 最初に山野さんにラベルの相談をしたとき、ぼくから伝えたのは、本のシリーズのように見せたいということでした。たとえばペンギン・ブックスという出版社から出ている本は、表紙の絵は違っていても、見るとペンギン・ブックスだとわかるようにつくられています。

江口 じつはクサナギシンペイさんの絵は大きな絵の一部をトリミングして使っています。「LEMON POI」というお酒はレモンのほかにもレモングラスやレモンマートルが入っていてレモンよりもレモンらしい味なんだということを山野さんに伝えると、そのイメージにあった絵の部分をTAKAIYAMAが見つけてレイアウトします。「CHOC & MINT」だったら、チョコとミントのイメージに合う部分を切り取る。毎回毎回、絵の一部分を使うことで、違う絵でも同じシリーズだという考え方にすごく合っていると思います。

手書きの番号は、バッジという蒸留器を回した回数、それから生産者の名前──ぼくの名前──が入っています。それも限定部数の本にサインとナンバーが入っているところからヒントを得ています。だからぼくにとっては本屋さんでやっていたこととあまり変わらないかもしれません。

山野 つくっている途中にありがたかったのは、クサナギさんの絵が抽象的なので、ひとつの絵のなかにそれぞれの風味の個性に合った部分があるということでした。やっぱり絵が複数になってしまうと、シリーズとして見えづらくなってしまいます。これも事後的にわかったことですが、最初に抽象画を選んでおいてよかったと思います。トリミングを許してくださったクサナギさんにもとても感謝しています。

中山 ドイツのスティーレ・ミューレに行ったときに驚いたのが、ブランドに「定番の味」がないということでした。mitosayaもそうですが、その季節に出会った風景を生産者が切り取ってつくれる分だけお酒にしていく。だから、種類は徐々に増えていくけれど、あの年のあの味が飲みたいと思っても、もう二度と飲めないかもしれない。少量多品種というやり方ですね。お酒と聞いて想像するような、変わらぬ味を守り継いでいくウィスキーみたいなブランディングはmitosayaには似合わない。
もうひとつ、ドイツに行ったときに忘れられなかった出来事があります。それは、クリストフさんの家族、江口さん一家、山野さんとテーブルを囲んだディナーのことです。江口さんの奥さんである祐布子さんがすばらしい料理をふるまってくれたのですが、テーブルの真ん中にフルーツブランデーの瓶が何本も並べられていました。手元には小さなグラスがあって、ディナーのあいまに、食前はレモン、メインにはベリー、デザート前には梨、といった感じでほんの少しずつ注がれていく。そういう食事とお酒の飲み方は初めてでしたが、これがとても楽しいんです。ワインは違いがわからないと恥ずかしい思いをするんじゃないかとドキドキしてしまったりすることがありますが、グラスに鼻をあてると素材のフルーツそのものの香りがするフルーツブランデーは、なんだかシンプルなんですよね。牛と苺のいる風景がそのまま思い浮かんでくるみたいな感じで。だから、知識を垣根に感じてしまったりするような雰囲気がぜんぜんしない。アルコール度数の高いお酒なので、お皿とお皿のあいだにほんのちょっぴり口に含むだけで、香りといっしょに口の中がリセットされるのもとても新鮮でした。栓をしておけばよいので飲み切る必要もないし、飲む量自体はほんの少しなのでお腹ももふくれない。それで、食事が終わるころにはいつのまにかいい気分になっている。感激しました。
あくる年にはまた違うお酒が並ぶから、同じディナーは二度とない。いままでぼくが経験したご飯とお酒の関係とはまったく違う、新しい体験でした。

山野 ぼくもすごく感動しました。素材の話をしながらそれを味わうというのはとても贅沢な経験でした。もちろんご飯を食べながら話が盛り上がるのもいいですが、食べているもの、味わっているものの話をするのはすごく贅沢な気がしました。

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© Hiroshi Eguchi

新しい価値を見出す

中山 江口さんは恥ずかしがり屋さんだから、自分からはあまり言わないけれど、そういう感動を与えてくれるお酒をこれからつくっていってくれるのだろうと思います。
最後になりますが、これは建築の展覧会なので、建築にまつわる話も少しだけ。大多喜薬草園は、1987年に県立の施設としてオープンしました。いわゆるバブル最盛期ですね。全国各地に公営のテーマパークのような場所が次々に作られていた時代です。ご存じのとおり、そうした施設はいま、多くが閉園したり負の遺産となってしまいました。この薬草園も例に漏れず、徐々に来園者も減っていき、薬科大学の研修施設として存続を図っていた時期もあったそうです。最終的に管理のお鉢が回ってきた市が事業プランを募集したところを、たまたま江口さんが発見したわけですね。今、あの時代につくられて、誰にも見出されることのないままになっている場所が全国にあると思います。そういう意味ではこのプロジェクトは、日本の現代史に自分たちなりの意味を探す試みでもあると、ぼくは思います。と、まあ、そんな大げさなことを言ってもつくっているのはお酒ですから、未来のことは飲みながら考えましょう、っていうくらいが、僕たちには合っているのかもしれませんけれども。
それともうひとつ。じつは、今回の展覧会の図録をデザインしてくれた大島依提亜さんは、江口さんが紹介してくれました。大島さんはぼくも見覚えのあった映画パンフレットを数多くデザインされている方だったんですね。それで、図録も映画パンフレットを束ねたような体裁を考えてくださいました。

中山 建築の本というと、グラビア写真と図面があって、そこに建築家の難しい文章があっておしまい、といった感じが思い浮かびますが、映画のパンフレットってもっと自由です。もちろんスティル写真や監督の難しいインタビューもありますが、衣装や音楽とか、ロケ地の案内だとか、読み手の興味に応えるいろんな情報が混ざり合っていますよね。この本も建築の本というよりは、サウンドトラックの楽譜があったり、図面がカメラ位置の説明になっていたり、監督とミュージシャンが解釈や意図を話す対談があったりと、建築家が自分で作る作品集とは編集方法がまったく違っています。そういう、その分野の中にはなかった新しい切り口を発見する編集者としての江口さんの存在が、この本にはとてもよく現れています。


質疑

質問1 江口さんは本屋さんをされたり、編集をされたり、すごく楽しそうに仕事をしていらっしゃる印象があったのですが、その後蒸留家になられたきっかけ、思いがあれば教えて下さい。

江口 もちろん本屋さんの仕事はとても楽しかったんですが、将来的に自然と関わる仕事がしたいとは漠然と思っていました。とはいえ、自分が農家になる覚悟もなかった。それから、本屋さんをやるなかで知り合ったアーティストたちのつくる表現物にすごくあこがれがありました。自然と関わりながら表現物をつくることができないか? そのときに何かひとつ技術があれば、表現物をつくることができるんじゃないか? というときに考えていたったのが蒸留という仕事でした。今日見てもらったクリストフさんの影響もすごく大きいです。お酒じゃなくて香りをつくることを考えた時期もあります。お酒じゃなきゃいけない、というわけではなく、学ぶ技術を探していたら、蒸留に行き当たったという感じですかね。

質問2 中山さんにお聞きしたいんですが、新築の仕事とmitosayaのように既存の建築に対してずっと手を加え続けていくような仕事とどのようにバランスをとっていらっしゃるんでしょうか?

中山 そもそもぼくの事務所は仕事があまり早くないというのがありますが(笑)、建築はつくるものが大きいので、考えていくうちにはじめに気になっていたのとは違うことが見えてきて、そうするとまたぜんぶはじめから考え直しになってしまうんですよね。でも、そうやって自分たち自身で考えたことを、どこかで他人ごとのように眺めてみる時間は、どうしても削れません。それって、そこにある建物を眺めることから始まるリノベーションも似ていますよね。だから僕らにとって新築とリノベーションの境目というのはあまりないのかもしれません。
mitosayaの仕事では江口一家が住むためのリノベーション案もずいぶん考えていたんです。でも、実際できたのはほとんど江口さんがDIYでつくりました。もちろん法律や構造といったプロでないと難しいことはあるけれど、できかけの家に行って、ああかなわないやって思いました。シェフの料理と家のごはんって、比べられませんよね。毎日続いていくものはそういうものだと、どこかで思います。

山野 今回の展覧会ってまさにそういうことですよね。一応完成という段階はあるけれど、住んでいる人がどんどんカスタムして、自分のものにしていく感じがよく現れている。使い手のことを信頼している人が建物をつくってくれる安心感がありますよね。いろんな人がそれぞれ違った関わり方をしているけれど、みんな楽しそう。目の前の出来事に手一杯で、渦中は出口が見えなくてバタバタしてしまうことがあっても、中山さんが俯瞰して枠組みを用意してくれているような、一緒に仕事をしているとそういう感じを受けました。

中山 とても嬉しい言葉をありがとうございます。それでは今日はこのへんにいたしましょう。ありがとうございました。

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2019年6月7日、TOTOギャラリー・間にて。
テキスト起こし・構成=出原日向子

TOTOギャラリー・間のウェブサイトでは、中山英之による展覧会紹介動画のほか、展示・映画の様子、関連書籍の案内をご覧いただけます。

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