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Sleaford Mods【1】Stick In A Five And Go

 イングランド中部の都市ノッティンガムを拠点とする Jason Williamson と Andrew Fearn の音楽デュオ Sleaford Mods。筆者が初めて彼らの音を聞いたのは2018年のことだった。BBC Radio 6 Music で繰り返し再生されていた《Stick In A Five And Go》を聞いて「なんだこのベースのうねりと狂気じみた声は……」と畏れをなした。そしてミュージック・ヴィデオを見てますます恐くなった。歌詞以外は静止画でふたりのヴィジュアルから逃れられないし、こんなジャンキーっぽいおじさん達、もし街ですれ違ったらちょっと避けてしまうかもしれないと思った。同時にそんなおじさん達の音楽がラジオで流れるくらい売れていることがとてもイギリス的だとも思った(註1)。

《Stick In A Five And Go》 歌詞と背景

 読解が難しいが、筆者はこの楽曲で語られることの大筋を以下のように捉えている。

ツイッター上でリーズ(ノッティンガムから北へ約97km)出身の見知らぬユーザーと罵り合いになり、居てもたってもいられなくなる

郵便局員の制服を購入する

いけないことだと思いつつも、周囲の協力を得て住所を突き止める

車を出す

相手の家の前に到着

「(コンコンコン)
 ー はい?
 どうも、ツイッターさん……、いえ、ツリーさんですか?
 ー あぁ、どちらさん?
 郵便屋です、大型荷物が届いてます
 サインして下さい
 めっちゃデカいんで、出て来てもらえませんか?
 お宅のサインが要るんですよ
 ー 中身は?
 さぁ、国内便だと思いますけど
 出て来てもらえます?
 ー どうかな
 サインしてもらわないと
 お宅のサインが要るんですよ
 サインしてください
 サインしてください」

 執拗に "Sign for it, mate" と呼びかけた後しばらくビートが鳴り続き、サビの "Stick in a five and go" というフレーズが繰り返される。このサビの意味を「5ポンド払って行く」とした場合、住所の割り出しに協力してくれた友人に謝礼5ポンド(約770円)を支払い、そこに向かって車を出したのだと推測出来る。"Stick in" は俗語で「置く」という意味がある。そして "a five" を5ポンドとした場合にこの解釈が可能だが5ポンドの俗語としてよく使われるのは "fiver" であり、"a five" の本当の意味は未だに謎である。聞くところによるとイギリス人にとっても Jason の歌詞は解釈が困難らしいので、謎は謎のままにしておくしかなさそうだ。こんなことを言うと元も子もないし当記事の意図と矛盾するが、そもそも全て分かろうとするなんて傲慢で野暮ったいことかもしれない。
 いずれにしても上記のサインのやり取りのあと何が起こったのかは歌詞では一切触れられないため、展開を想像してしまうと余計に生々しい。Jason 本人の解説を読むと答え合わせが出来たのだがその部分はやはり恐かった。ということで、そういった表現は飛ばしつつ個人的に印象深かった部分を引用・翻訳したい。

「 オンラインで起こっていることについて攻撃的な気分になることはしょっちゅうで、かなりの時間を費やしてしまう。[…] 人々は冷酷さをあまりにも磨き上げてしまったから君の苛立ちはおさまらない ー このことから大衆について何が読み取れるだろう。俺は問題について事細かく哲学的に論じかったんじゃなくて、ただ物語を伝えたかったんだ。だからキャラクターを作り上げた。基本的にそいつは俺なんだけど […]。徳の高いスローガンや旗振り的なメッセージじゃなくて、ただ事象を述べただけという点に満足している。それはただそこにある事象。」(註2)

 また、オンライン上に見られるネガティヴなやり取りは「鬱や自尊心の低さ、それから億万長者以外の全ての人間にとってますます大きな敵となっているシステム(資本主義体制?)に飲み込まれてしまうこと」から生まれると Jason は指摘する(同上)。続けて彼はこの楽曲の評判が良くなかった(!?)と述べ、次のように反論している。

「がなり声やラップから距離を置いただけ(註3)。歌詞を吐き出すことには今も興味があるけど、力強いポップソングを開拓したかったんだ。全体を通してメロディーが良いし、多くのポップバンドが活躍した80年代に育った俺の背景が十分反映されていて、その影響が露になってきているみたいだ。」(註2)

 主に音楽を制作しているのは相方の Andrew らしいが、Jason の意見が存分に取り入れられていることが窺える発言だ。しかしなんと《Stick In A Five And Go》は「ポップソング」だったのか……。確かにキャッチーなメロディーだと思う。とは言えこの楽曲がラジオで流れていたとき、明らかに他の多くのポップソングとは異なり浮いていた。そこにはとても聞き流すことの出来ない、強烈な「パンク」のエネルギーがあったからだ。

「[…] いま巷にあるパンクの概念、誰とは言わないけど、特にギターバンドがしているようなことは陳腐で退屈だ。[…] 創作的声明・音楽的勢力としてそんなのは力が足りない。腹が立ち始めてさ。パンクの真意はやりたいことをやることであって、その実践についてリアルでいること。」(Jason、同上)

 Sleaford Mods のふたりはまさに「パンク」を体現している。音楽的にも精神的にも非常に稀有な存在である。ここ数年イギリスやアイルランドで「パンク」を感じたバンドは他にもいたけれど、Sleaford Mods ほど度肝を抜かれたことは無かった(その後彼らのお陰で Billy Nomates にも夢中になるのだが)。彼らの音、ビート、言葉、パフォーマンスには他のバンドとは一線を画す爆発的な勢いと「リアル」さ、そしてユーモアがある。よく Sex Pistols を引き合いに出されるが、元祖「パンク」の Pistols 以上に Sleaford Mods は面白いと筆者は感じている。残念ながら筆者は Pistols の現役時代には生まれていないので当時の衝撃は知り得ない。しかし若いファンも口にするように(註4)Pistols を直接体験していなくても我々には Sleaford Mods がいる。時代は変わり大衆の怒りの種類も変わった。この時代だからこそ彼らの音楽が生まれ、それがイギリス、ヨーロッパ各国を席巻しているのだと思う。
 この興奮は筆舌に尽くし難いのだが、フラストレーションを解き放つためにもまた彼らの音楽のことを書きたい。

追記 (プレイリスト "Tunes")

 Jason は上述のようによく「ギターバンド」を攻撃している。まぁ、そこまで敵視しなくても……と思っていたら、最近彼らが Spotify で更新したお勧めプレイリストに良質なギターバンドが結構いて微笑ましかった。

 個人的には Goat GirlThe Orielles のような新世代ガールズバンドや(前者はパンク、後者はブリットポップを更新した印象がある)、オーストラリアのお馬鹿パンクトリオ The Chats、リヴァプールのベテランサイケ軍団 Clinic 等が入っていて嬉しかった。 Sleaford Mods の秘蔵っ子的存在らしい Benefits というバンドも知った(註5)。その他多岐のジャンルに渡るプレイリストだが、幸せな驚き・出会いとなったのは女性フォークシンガー Aldous Harding の楽曲群である。1990年生まれ(註6)とは思えないしっとり感。Jason、Andrew どちらの趣味か不明だがフォークやピアノ伴奏の楽曲も聴くようだ。
 Sleaford Mods は自分達が40歳を過ぎてから売れたため下の世代の苦労を察しているのだろうか、このプレイリストの大半は若手であり、積極的に彼らを応援しようという姿勢が見られる。同時に Sleaford Mods 自身の楽曲も入っているので純粋にいま好きな音楽を並べたのだろうなとも思った。女性ヴォーカルの楽曲が多いことも嬉しかった。今年に入って Billy Nomates や Amy Taylor といった女性シンガーとコラボしたことにも合点がいった。世代を超えてフランクに創作しているところも素敵だ。
 とにかく既成概念に捕らわれず、常に「新しいもの」を披露してくれる。いま50歳という彼らを今後も追いかけたい。

*当記事における歌詞(それぞれ一部を抜粋)を含む引用は全て筆者による翻訳と解釈。個人研究を目的とする。
*各作品および歌詞の権利はその作者と演者(Sleaford Mods, Jason Williamson, Andrew Fearn, and etc.)に帰属します。

註・参考資料

註1:Sleaford Mods がイギリスで注目され始めたのは2013〜2014年頃からでBBCラジオの「新人紹介」枠に出演したのも2014年1月のこと。筆者はBBC Radio 6 Music を聞くことが多いのだがなぜ2018年まで彼らのことを知らなかったのだろうか。それはきっと彼らの楽曲の約9割(体感)に放送禁止用語が含まれておりラジオでは流れなかったためだろう。今も彼らの楽曲をラジオで聞くことは皆無に等しい。《Stick In A Five And Go》にも一語だけFワードが含まれているが当時どのように流れていたのか思い出せない。一方でテレビの人気音楽番組(BBC2)では放送禁止用語だらけの楽曲を披露してもいた。媒体や時間帯によって放送コードが違うのかもしれない。

註2:「時が来れば、バンドが現れる - Sleaford Mods はこの時代のバンドだ:かつてはアングラのカルト的アンチヒーローだった Sleaford Mods が素晴らしい EPをリリースする。新盤は我々の時代を映す究極のアクト、EU離脱後のイギリスに向けられた怒りの警笛である」『The Book of Men』誌
 https://thebookofman.com/mind/culture/sleaford-mods/
(更新日不明、最終閲覧日2021年6月14日)
当記事では EP《Sleaford Mods》の全収録曲を Jason とともに振り返っている。

註3:確かに《Stick In A Five And Go》は彼らの他の楽曲とは少し毛色が異なる。特にライヴパフォーマンスでは多くの楽曲に「がなり声」が含まれるし、ごく一部「ラップ」っぽいものもある。しかし Jason の発声方法は「ラップ」とは異なるように感じる。コラボレーション作品はラッパーとして参加しているものもあるが、彼の表現の真髄は "poetry spitting" とでも言おうか、自身の「詩」をビートに乗せて「語り」「吐き出す」独特のパフォーマンスだと筆者は捉えている。そして彼は素晴らしい「唄い手」でもある。

註4:映画 Bunch of Kunst: A Film about Sleaford Mods(Christine Franz 監督、2017年)
映画公式ウェブサイト https://www.bunchofkunst.com/
冒頭約15分(英語字幕付き):


註5:「Benefits: 旗 [国旗] を愛する輩(と Chris Martin)に対してシュプレヒコールを上げる即戦力パンク:各週初めにあなたのお気に入りバンドの前座になるような激熱アーティストを紹介する。ナショナリズムと階級主義への反抗として結集したティーサイドの扇動者たち。Sleaford Mods や Pixies にも認められた苛立つエレクトロパンクのスタイルが今日にしか熱を持ち得なかった所以を語る」『NME』誌(2021年6月8日更新)

 当該プレイリストには《Flag》という楽曲が選ばれている。筆者は Benefits(生活保護等給付金を指す言葉として使われるのでその用法を意識していると思われる)の楽曲の中では《Taking Us Back》が最も怒りと皮肉のバランスが取れた一曲だと感じる。いい塩梅にポップでもある。他の楽曲は怒りの分量が圧倒的にウィットを上回る気がするのでそこが Sleaford Mods と大きく異なるところではなかろうか。

註6:Aldous Harding Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Aldous_Harding
ニュージーランド出身、イギリス・ウェールズで活動するシンガーソングライター。


最後まで読んでくださり多謝申し上げます。貴方のひとみは一万ヴォルト。