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頑張るが癖になっていた

※書きたいことをぐちゃぐちゃに書き殴った時のメモ。


私は、かっこいい大人になりたかった。
辛いことも、悲しいことも、全て乗り越えて、がむしゃらに目の前に取り組んでいく人になりたかった。


私はおそらく、理想が高い。

そして、日々の失敗を反省しながら、改善を繰り返していく、そんな人生を送っていた。
完璧主義って言葉はあまり好きではないが、きっとそういう性分なんだろう。

だからこそ多少無茶をし続けるし、
本来の自分は受け入れずに背伸びをし続ける。
友達と話す時も、家で過ごしている時も、会社員でいる時も。

そんな「頑張り続ける自分」が好きだった。
周囲に気を遣えて、時には我慢をして、全力で今の課題にぶち当たる。弱音を吐かずに、限られた時間で仕事や大学の課題をこなす。

私が追い求めるかっこいい大人の理想像そのものだった。

この方法で、本来の自分の120%を引き出せるような気でいた。
120%出せない自分を責めてしまうようになった。

ただ、自分を責めても、無理しても、
本来の自分は変わらなかった。

がむしゃらに走り続けていたのが嘘のようだった。
故障したかのように、ある日突然身体のエンジンがかからなくなった。

友達から誘いのLINEが来ても、すぐに返せない。あれ?今までだったらすぐに返せたのに。
全然ノリ気じゃなく一刻も早く眠りにつきたい気持ちで一杯だった。
誘いはとても嬉しいけど、今は誰にも会いたくない。繊細故に元々普段から傷を負いやすい性格であったが、もう一瞬でも傷つきたくない。誰とも会いたくない。
そんな調子でどんどん人を避けた。人を避け続ける自分が嫌だった。でも、どんなに嫌がってもそれが自分だった。
どうしようもなく変わらない事実だった。
社交的な面を施しても、普通の人間のような擬態をしても、どうも人間関係が自分にとって辛かった。遊んでも、相手の顔色が気になる。臆病になる。「今の自分のまま、会って良いのかな?」なんて思う。楽しかった出来事より、相手の言葉によってチクチクと胸が痛み、疲弊したことの方が記憶に残る。


相手に嫌われたくなくて、異常に優しくしてしまう。元気がない時でも元気があるフリをして振る舞う。キツくても無理をして笑う。自分の軸がないような接し方をしてるように思われるだろうが、私にとっては相手への最大の"気遣い"であるのだ。
(嫌な顔一つしないので雑に扱われてしまうこともよくあり、その度に傷ついてしまうのだが。)


夏休みに、久々に遊んだ学生時代からの友人に、まあまあ酷い態度を取られた。私は精一杯頑張ったし、相手のキツい言動を笑顔でスルーしていったが、内心ボロボロだった。ムカついたし、傷ついたし、悲しかったし、優しかった友人が怒りっぽくなっていて寂しかった。

きっと、忙しかったんだろう。仕事でも、最近はストレス負荷がかかる業務を担当している。多少打たれ強くないと、自分の意見をはっきり言わないと、生き残っていけない業界なんだろうと、仕事の話を聞いていて思う。きつい業務を必死にこなしながら、自分で自分を食わせている。分かっているがそれでも随分傷ついたし、大事な友人だからこそ引きずってしまう。


なんだか、全てめんどくさくなった。
誰とも喋りたくない。
一人でいたい。

それが本音だった。
だから、もう無茶するのはしばらくやめる。
そして、自分の好きなことに費やしていく。

ちょっと楽になるまで、少し眠る。
だらだらする。無理しない。

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