森蔭晨之介

森蔭晨之介

最近の記事

円形脱毛症の話

去年の7月頃に 僕の人生では初めてのライブが 東京ガーデンシアターでありました。 その日の1週間前程に 円形脱毛症になっていることに気づき とにかくショックでした。 脱毛症になった事実とは、別に 自分はどこかメンタル面では強いと 過信してた部分があり 身体に出て、相当な無理と我慢に 気がつきました。 無駄なことは考えず とにかく毎日自分を騙してたので 振り返ってみると納得もしました。 とは言えど 表に出るお仕事もしてる身なので 髪の毛が大量に無くなっていく日

    • お金で買えない価値

      お久しぶりに書きます。 森蔭晨之介です。 僕は地元が京都で18年間京都で過ごしました。 小さい頃から何故か自分を俯瞰して過ごし 放課後、友達とドッチボールとかで遊んでいる 夕方の景色とかを背景に、自分がそこに居て 初めて楽しいと感じるような子供でした。 ですが、日が暮れて終わりを感じると同時に 寂しくなり苦しくなる。 楽しいが大きければ大きいほど その寂しさは大きくなることに悩み それが『死』に直結しました。 僕は死ぬことに対して、恐怖を覚えて どんなに楽しい日

      • 失念

        大っ嫌いな自分を、大好きになってた。 そこに居る自分は凄く窮屈で 息苦しくて 何かに消化することが 自分の救いになってた。 誰かが作った、感動する映画 それを見て泣いたり笑ったり 人間の普遍的でずっと変わらない感情ってもの それは自分の心。 潰れそうで今すぐにでも逃げたかった。 そうして、ずっと逃げてきたんだ。 溜め込んだ自分の窮屈な思想。 それが僕のパワーになって いつでも帰りたくなる場所なんだ。 大好きな場所。 でもね、 そんな表面的な強さ 弱

        • ちなみに気づいちゃったんだけど。

          最近思うこと。 人って細胞レベルで 全員違うじゃないですか。 だから 「十人十色」とか 『皆んな違って皆んな良い』って言葉 僕は好きですね。 個人的に、コロナになって 日本の村意識が濃くなった気がします。 周りと一緒じゃなきゃ駄目だ。 人に嫌われたくないから 隣と肩を並べる。文化が濃くなった気がする。 確かに人に嫌われるのって 人に好かれるのと比べると、きついよね。 僕が、洋服とずっと付き合ってきて 自分を表現出来たのは 小学生から始まったイジメの経験が 役に立っ

        円形脱毛症の話

          ただの独り言です。

          リアルとフェイク。 これの混合が今の時代というイメージがある。 洋服で言う カルチャーや流行りみたいなものは 出尽くした感があり それを感じて、人は『あえて』に価値を見出す あえて、vintageと新品を着る。 あえて、ブート品を着る。 あえて、ダサい服を着る。とか 足し算をしていき それが行き着いた先には 引き算をし、制限された中での価値。 フェイクをありにする楽しさも 僕はファッションの面白さだと思うが リアルとフェイクの混合は シンプルでは無く、ややこしい

          ただの独り言です。

          僕は僕であるという諦め。

          自分って何だろう。 普通って何だろう。 そんな事を考えながら 過ごした学生生活8年間。(小学5年生〜高校3年生) 僕は、この8年間を自分の中で “暗黒期”としています。 小さい頃から繊細で 周りを気にして生きる子供でした。 多少のイジメ的な物も経験してたから かもしれません。 小学生の教育は 極々、一般的という事や普通という事を 学ぶ場所だったなと思います。 周りと比べて自分を見る。 僕は”普通”という物に憧れが強かったです。 普通に遊んで 普通に勉強して 普通

          僕は僕であるという諦め。

          白はスタート

          最近、目上の方で黒色の洋服を凄く格好良く 着てる方に出逢う。 誰かがこんなことを言ってた。 『黒色って無難だし、誰でも似合う』 僕はそれが良く分からなかった。 1番難しいのが黒色だと僕は思う。 保育園の頃に孔雀を描く時間があった。 皆、孔雀を見て青や緑で色を塗ってた。 でも僕は、真っ白の紙にクレヨンの12色全部使った記憶がある。 担任の先生に『上手』って褒められた。 今でも覚えてるが、めっちゃ嬉しかった。 その時から絵、色が好きになって 『色って自由だな』と感じた。

          白はスタート

          人生のフォロワー

          おはようございます。 こんな朝は、色々な事を考えますね。 皆だいすこなSNSについて。 僕は、小中高と友達の事を友達と思ってませんでした。友達は居ましたが、どこかでその人を疑いかけ自分は1人だと思う事で精神を安定させてました。 だから、僕にとって3次元のリアルな世界より 2次元の方が正直生きやすかった。 今までSNSを沢山やってきましたが フォロワーは少ないより多い方が楽しいし、むしろそういう世界だからこそフォロワーは多いに越した事ないやんな。 僕はここに居ます。(

          人生のフォロワー

          大人ってなんやねん。

          小学生低学年の頃、いじめられてました。 別に同情してほしいとかじゃなくて、 昔から標的にされやすいタイプの人間でした。 やっぱり人を信用するって事は 疑うという事。僕は全員疑ってました。 だからこそ、信用したかったし好きだった。 けど怖くて。『信用』なんて意味が無いって思い込んで人の事を大っ嫌いになった。 そこから何を信じたらいいの? 自分しかいませんでした。 でも自信は無かった。だから流されて損する自分に日々嫌気がさしてました。 本当それの繰り返し。 いじめられっ

          大人ってなんやねん。

          『言葉』は僕にとって財産。

          初めまして。 森蔭晨之介です。 何故、noteを始めようと思ったか。 僕にとってこの22年間生きて、数々の人と出逢い別れを繰り返してきた中で『言葉』は僕にとって財産です。 だからこそ凄く大事にしたいもの。 だからこそ安易にネット上に書き込みたくない言葉もあります。 でも、その言葉で僕は救われ、人に救われ大事さを知りました。 人に伝える方法は沢山ありますが、『言葉』というモノをキーワードに僕が日々何かを与えられたらなと思います。 そんな感じで、初めていきます。宜

          『言葉』は僕にとって財産。