パワーハラスメント事例(H26/6/27)

過重労働及び上司のパワー・ハラスメントにより運送会社の新卒社員が自殺したとして上司の不法行為責任及び医者の使用者責任が肯定された事例
(岡山県貨物運送事件=仙台高判平26・6・27)

【事例の概要】

運送会社であるX社の営業所に勤務していた従業員Aが、連日の長時間労働のほか、上司であったX1からの暴行や執拗な叱責、暴言などのいわゆるパワーハラスメントにより精神障害を発症し、平成21年10月7日に自殺するに至ったと主張して、遺族らが、X社に対しては、不法行為又は安全配慮義務違反に基づき、X1に対しては、不法行為に基づき、損害賠償等を請求した事案である。
なお、第一審は、遺族らのX社に対する請求を認める一方、X1に対する不法行為責任についてはこれを認めず、X1に対する請求を棄却した事案

【参考となる裁判所の考え方】

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、労働基準法の労働時間制限や労働安全衛生法の健康管理義務(健康配慮義務)は、上記の危険発生防止をも目的とするものと解されるから、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者のこの注意義務の内容に従ってその
権限を行使すべきものと解される(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決)。

【事例の判決】

X1は、従業員Aの就労先であった宇都宮営業所の所長の地位にあり、同営業所において、使用者であるX社に代わって、同営業所の労働者に対する業務上の指揮監督を行う権限を有していたと認められるから、X1は、使用者であ
るX社の負う上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負っていたというべきである。そして、宇都宮営業所においては、平成21年4月以降、時間外労働時間が慢性的に長時間に及んでいたことが認められる上に、特に同年8月以降に急増した家電リサイクル業務においては、従業員Aを含む労働者は、空調の効かない屋外において、テレビやエアコン等の家電製品を運搬するという、経験年数の長い従業員であっても、相当の疲労感を覚える肉体労働に従事していたと認められ、しかも、従業員Aは、大学を卒業したばかりで、社会経験や就労経験が不十分であり、宇都宮営業所における就労環境にも不慣れな若年者であったのであるから、X1は、従業員Aを就労させるに当たり、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、X社に対し、従業員Aの時間外労働時間を正確に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、従業員の業務の量等を適切に調整するための措置を採る義務を負っていたほか、指導に際しては、新卒社会人である従業員の心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、過度の心理的負担をかけないよう配慮する義務を負っていたと解される。
そこで、X1がこれらの義務に違反したと認められるかについて検討すると、X1は、本件業務日誌の記載内容や、従業員Aに対する日常的な指導を通して、このような従業員Aの置かれた就労状況について十分に認識し、また認識し得たと認められるのであるから、新入社員であり、就労環境及び業務に不慣れな従業員Aに過度の疲労が蓄積し、心身の健康を損なうことがないよう、X社における勤務年数の長い従業員との関係において、従業員Aの業務量や業務分配を見直したり、少なくとも従業員Aが担当していた業務に優先順位を付け、不要不急の業務についてはこれを行わせないこと等により、業務の量等を適正に調整するための措置を採るべき義務があったところ、X1がこれを怠ったことについては、注意義務の違反があったというべきである。


次に、他の注意義務について検討すると、X1による叱責等は、恒常的な長時間の時間外労働及び肉体労働により肉体的疲労の蓄積していた従業員Aに対し、相当頻回に、他の従業員らのいる前であっても、大声で怒鳴って一方的に叱責するというものであり、大きなミスがあったときには、「馬鹿」、「馬鹿野郎」、「何でできないんだ」、「そんなこともできないのか」、「帰れ」等の激しい言葉が用いられていたこと、X1は、業務日誌の記載が十分でないと感じられるときには、「日誌はメモ用紙ではない!業務報告。書いている内容がまったくわからない!」(同年8月6日ころ)、「内容の意
味わからない。わかるように具体的に書くこと。」(同月7日ころ)等と赤字でコメントを付して従業員Aに返却していること等が認められ、Aの置かれた就労環境を踏まえると、このような指導方法は、新卒社会人であるAの心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、Aに過度の心理的負担をかけないよう配慮されたものとはいい難い。
また、宇都宮営業所における従業員Aに対する指導については、指揮命令系統が一本化ないし整理されておらず、複数の上司が従業員Aにばらばらに指導ないし指示を行い、Aを混乱させたり、X1の叱責を招きAに心労を与える原因となっていたところ、X1は、遅くとも平成21年8月ころには、従業員Aに対する指導が奏功しておらず、Aに期待した成長が見られないと感じていたと認められるのであるから、そのころには、他の従業員らとAに対する指導方法を協議したり、Aに対する指導に問題がないか具体的に検討する等、同営業所におけるAの指導体制について、十分な見直しと検討を行うべきであったと指摘できる。しかしながら、X1は、そのような見直し等を行うことなく、引き続き、Aがミスをすれば一方的に叱責するということを漫然と続
けていたのであるから、この点にかんがみても、X1が、Aに対する指導について、前記のような観点から適正な配慮を行っていたものと認めることはできない。そうすると、X1は、上記の観点からも、代理監督者としての注意義務に違反していたものと認められる。

以上によると、X1には、上記の各点について注意義務違反があったと認めることができる。
また、X1は、本件自殺までに従業員Aの具体的な心身の変調を認識し、これを端緒として対応することが必ずしも容易でなかったとしても、従業員Aは、本件自殺5か月前から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間時間外労働に従事していたことに加え、その業務内容は肉体的に大きな負荷が掛かるものであり、X社に入社した途端このような重労働にさらされ、かつX1から日常的に叱責等を受けていたことにより、相当強度の肉体的・心理的負荷を伴う就労環境の中で就労していたのであり、X1は、このような従業員Aの客観的な就労環境を十分に認識していたと認められる。そうすると、X1
は、これらの就労環境が従業員Aの健康状態の悪化を招くことを容易に認識し得たというべきであるから、X1には、結果の予見可能性があったと認められる。

以上によれば、X1は、従業員Aが本件自殺により死亡するに至ったことにつき、不法行為責任を免れない。
以上のとおり、X1は、従業員Aの死亡につき、民法709条所定の不法行為責任を負うものと認められるところ、X社は、X1の使用者であるから、X1がその事業の執行につき、従業員A及び第1審原告らに与えた損害について賠償する義務を負うものと認められる。
そうすると、X社は、民法715条に基づき、X1と連帯して損害賠償責任を負うというべきである。

【考察】

本判決は、従業員Aの自殺と長時間労働との因果関係とX社の不法行為責任を認めた点は従来の裁判例と異なるものではありませんが、電通事件(最判平12・3・24)に沿って、上司が労働者の業務量の調整を怠り、過度の叱責や暴行を行う等、上司である営業所長のパワー・ハラスメントと長時間労働の報告・是正義務違反を認めた点に特色があります。

(参照:人事労務規程実務研究会)

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