好きなことを楽しみながら
ドラクエではおなじみのダーマ神殿での転職。一定のレベルまでキャラを育成すると晴れて別職業への道が拓かれ、前職のスキルも引き続いでさらに強いキャラへと進化させることができる。ボタンを押せばワンタッチで輝かしい未来が約束されるなんとも便利なシステムだが、現実はゲームのようにうまくはいかないものだ。
今年、私は人生で三度目の転職を経験した。
大学を卒業するやいなや音楽の世界に飛び込み、長く身を置いてきた。その中で二度の転職を経験し、幸運にもいずれも同業界で働く機会を得た。
約20年に及ぶキャリアの中で、メディアを揺るがすような大きな仕事を成し遂げたわけではないが、中学生の時分から漠然と抱いていた「大好きな音楽に携わりたい」という夢が、ささやかやがらも叶ったのが誇らしかった。手がけたアーティストが誰かの大切な存在になるのが嬉しかったし、なにより、大好きな音楽に恩返しができたとも感じた。
しかしその一方で、身体と心を著しくすり減らすこの生き方を、一体この先どれだけ続けていけるのだろうかという思いもあった。大切な人ができたことも、今後の働き方を見つめ直すきっかけになった。
私は三度目の転職を決意した。
これまでのキャリアを考えるなら、当然音楽の仕事を選ぶべきだろう。しかし、コロナ渦において音楽業界も計り知れないダメージを受けており、年齢も相まって多くは望めない状況だ。
この世界にこだわるべきか、あるいは、これを機に別業界に転身をはかるか。
果たして、私は後者を選択した。
つまり、これまで築いたキャリアが一夜にしてゼロになったのだ。レベル1。バラモスと死闘を繰り広げていた勇者が、突如としてスライムにすら苦戦する世界線。
そもそも自分をアピールするのが苦手なほうであり、学生時代に就職活動から逃げ出したような人間だ。【無難な会社に就職して、働いて、定年を迎えるという「正しい」人生設計を描けなかったから】というそれっぽいタテマエで繕うことはできるが、要は自分の能力や努力不足から目を背けていただけなのだ。
ともあれ、ここまでたまたま運良くポンポンときてしまった私は、ここへ来て避けていた自分自身との対峙を余儀なくされた。得意なこと、出来ることは一体なんなのか。自分のことは自分が一番よくわからない。就活サイトの応募ボタンを押せども押せども悟りが開けぬ日々。やはり簡単にいくのはゲームの世界だけのようだ。
しかし、どうやら自分の数少ない才能を活かせそうなのもまたゲームのようだった。
幼少期にゲームの洗礼を受けた私は、熱心な信者となった。毎日教会にも通ったし、命を救ってもらったことも一度や二度ではない(ゲームの話です)。
それにゲーム音楽は、音楽自体に興味を持つきっかけのひとつでもあった。制約があるがゆえに沢山の工夫が施された、まるで『発明品』のような音楽に魅力された。
今度はゲーム業界で働きたい。
モノは変われど、どんな世界にでも宣伝はある。誰かに何かを発信することならできるかもしれない。経験を活かすなら残された道はこれしかないように思えた。
そう腹に決めると強い推進力が生まれ、トントン拍子にあるゲーム会社への採用が決まった。
与えられたミッションは大まかに2つ。プロモ記事を作ること、それからTwitterの中の人。朝飯前とまではいかないが、どちらも比較的得意と言えるものだ。最近では、語彙力や文章力を買われてシナリオやキャラ作りを任されるようにもなった。覚えなければならないことは山ほどあるが、毎日ワクワクする展開が待ち構えていて、とても充実している。
新しい世界に飛び込んでよかった。
やりたいことがあれば今この瞬間からでも始められる。結局のところすべては自分次第なのだ。それに改めて気づけたことは、私の人生において大きな自信となった。長い人生だ。今後またなんらかの転機が訪れるだろう。しかし、たとえそうなったとしてもきっと臆せず臨める気がする。
この先も私は、好きなことを楽しみながら生きてゆくのだろう。好きなことなら長続きできるよ。
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