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【映画感想】一秒先の彼

※ネタバレ注意※

台湾の『一秒先の彼女』のリメイク作品。ぼくは本作品→リメイク元作品の順に観たので、レビューもそれに準じる。

 本作品単体で観ると、三部構成になっており、皇一視点、麗華視点、そして二人が邂逅するラストシーンである。正直、映画序盤は邦画にありがち(と勝手に思っている)なモノローグでの説明過多がやや鼻に突き、無理やりキャラクターが張り付けられたような登場人物にも、なかなか感情移入できなかった。しかし、皇一(一と書くと読みにくいのでフルネームで書くこととする)の一日が消失した辺りから、物語はぐっと加速し、謎解きも絡めて、画面から目が離せなくなる。

 物語の山場である”世界の時が止まる”という展開には、正直無理があると思うが、人よりテンポの速い皇一と、人よりテンポの遅い麗華を結びつけるギミックとしては、凝っていると思う。しかも、リメイク元よりも”名前の長さ”という要素を付け加えていることで、より説得力を持たしたいという意図は感じる。これを良しとするか、蛇足と捉えるかは好みによると思うが、個人的にはアリ。やけに長く覚えづらかった麗華の名前が伏線となるのは単純に面白い。

 話の流れで、リメイク元との比較をしたい。リメイク元の「一秒先の彼女」は、まず何よりテンポが良い。本作では冗長に思えた前半の皇一視点のシーンが、スッキリまとまっており、無駄がない。世界が止まる日までの流れが極めてスムーズ。そして、テンポの遅いグアタイが毎日手紙を出すシーンが、わざとらしくなく自然なのにも注目したい。何も知らずにリメイク元を観たら、グアタイが後半のキーキャラクターになるとはなかなか思わないのではないだろうか。また、テンポの速いヤン・シャオチーが、良い意味で小奇麗すぎない。皇一も『顔はいいが性格は残念』という設定ではあるものの、それだったら始めから三枚目の俳優を使っても良かったのでは、と思わざる得ない。(断っておくが、ヤン・シャオチー役のリー・ペイユーは美人である!)とここまで書くと、一秒先の彼の批判になってしまいそうだが、決してそんなことはない。

 比較というわけではないが、本作では麗華に加えて、バスの運転手もその名前の長さが幸いし(?)、時を止めた世界を自在に動くことができる。展開上の都合もあるだろうが、バスの運転手に重要な役割を与えたのは、リメイク元へのリスペクトだろう。また、本作のオリジナル要素として、片山友希としみけんのカップルも外せない。この2人が出ているだけで、単純に画面が賑やかになり、面白すぎる。絵に描いたようなギャルカップルなのに、どことなく現実感があって実在していそうに思えるのは、二人の力量か。これはリメイク元との大きな差別化であり、成功している部分といえるのではないだろうか。 

 本作も、そしてこの側面はリメイク元の方がより大きいかもしれないが、ロードムービー的な要素も含まれており、個人的にはその部分がビビッときた。特に、リメイク元の「1秒先の彼女」において、ヤン・シャオチーが私書箱を探して奔走するシーンは、挿入歌も合間って、コメディチックでありながら、そこはかとなく詩情的でエモーショナルだ。早く早く前だけを見て生きてきた彼女が、少し人生の時を止めて、後ろを向いて探し物をする。

 映画外の要素だが、個人的に言いたいのは、ポスター(公式ビジュアル?)と内容が合致していなくない?ということ。敢えて批判を恐れず言うならば、もう少しデザインなんとかならなかったのかな、ということ。紹介ポスターは一見しただけでは、リメイク作品だと知らない人から見たら、岡田将生と清原果耶の二人がドタバタしながらも互いに惹かれつつやがて結ばれるラブストーリーのように見えてしまうのではないか。実際、二人が互いを認識しつつ、面と向かって言葉を交わすのは、ラストシーンまでないのである。(局員と客、としては何度もあるが……)。ただ、これもリメイク元リスペクトのデザインのようで、うーんと言ったところ。

 YOASOBIのikuraでも名を馳せている幾田りらが担当する主題歌は、麗華の心情に寄り添った歌詞と、ポップで元気の出るメロディで映画にもマッチしている。そして何より、曲のPVが本編の補完として素晴らしいのだ。二人の幼少時代の日々を子役の二人が演じており、麗華の皇一への秘めた想いの強さを裏付ける映像となっていて、彼女が長年皇一を思い続けた説得性が増すと思うのだ。逆にこれを本編に入れても良いのでは、と思った。 

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