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ライト、ついてますか (T1:Pt1:Ch01)

テーマT1「ライト、ついてますか(仮)」Pt1は、G.M.ワインバーグの著作を紹介したり、著作にまつわる回想・感想を綴ったりするシリーズ。
第一弾は、T1のタイトルにもしている『ライト、ついてますか 問題発見の人間学』を紹介します。
②回想・感想編は“おまけ”です。


①紹介編

テーマは副題にある通り、「“問題”を“発見”するということ」

「問題解決」はビジネスで重視されるスキル・知識ですが、その名前の通り、「問題の“解決”」に重点が置かれることが多いと思います。

(それに対して/ところが)本書は、「なにが“問題”なのかを見つけることが大事だよ」「それは問題を解くより難しいことが多いよ」と言います。

問題解決などにおける“問題”の定義「望まれた事柄と認識された事柄の間の相違」([1] p.15)は広く知られていますが、“問題”がそういう性質のものであるなら、次のようなことが(それこそ)問題になるだろうと指摘します。

  • 誰が何を望んでいる(いた)のか?

  • 「相違」を認識しているのは誰か? それはどんな「相違」なのか?

  • 解決したいと感じているのは誰か? どう解決できればよいのか?

序文が“すべて”を語っている(かも知れない)

この、“問題”に対する本書の姿勢は序文に端的にユーモラスに表されています。

問題 誰も序文なんか読まない
解答 序文を第1章と呼んだらいい
解答によって作り出された新問題 第1章はたいくつだ
解答 第1章なんかやめて、第2章を第1章と呼んだらいい

([1], 太字は引用者 )

(勘のいい人ならこれを読んだだけで「( ゚д゚)ウム。問題の発見と解決の要諦は判った」となるかも知れませんね)

この姿勢の下、何を問題と捉えるかによって解決(の仕方)も変わるし、場合によっては“うまくない解決”や“最悪の解決”をしてしまうことだってある、ということを、ユーモラスなたとえ話/事例を豊富に使って説き明かします。

部レベルの見出しを見てみましょう。(日本語訳による。以下同様)

  • 第1部 何が問題か? / 第2部 問題は何なのか? / 第3部 問題は本当のところ何か? / 第4部 それは誰の問題か? / 第5部 それはどこからきたか? / 第6部 われわれはそれをほんとうに解きたいか?

第1部から第3部まで、同じような問いを表現を微妙に変えて繰り返しているのが目を惹きますが、第4部以降。「なんでそんなことを?」と思う人もいるのではないでしょうか。

  • 「それは誰の問題か」って、そんなの決まってるだろう……組織に属する全員だよ / 顧客だよ / 提供者だよ / etc.

  • 「われわれはほんとうに解きたいか」……当たり前だろう……問題をなくさないとやっていけないよ…… / ますます困ったことになってしまうよ / etc. ……

果たして本当にそうなんでしょうか?

教訓、ヒント、テクニック

随所に、問題の発見と解決に当たってガイドや戒めになる“教訓”がたくさん散りばめられています。そのうちふたつを紹介します。

  • 問題定義に関する教訓

    • 問題定義に関する教訓第1:彼らの解決方法を問題の定義と取り違えるな([1] p.36)

    • 問題定義に関する教訓第2:彼らの問題をあまりやすやすと解いてやると、彼らは本当の問題を解いてもらったとは決して信じない(同上)

  • 問題の理解に関する教訓

    • (問題によっては、それを認識するところが一番むずかしいということもある([1] p.55))

    • キミの問題理解をおじゃんにする原因を三つ考えられないうちは、キミはまだ問題を把握していない([1] p.56)

      • (これはワインバーグの多くの著書で登場する「三の法則」の“問題発見版変奏”です)

教訓たちに交えて、“問題”をつかまえるためのヒントないしテクニックも多く紹介されています。第3部「問題は本当のところ何か?」では、自然言語に本質的につきまとう「多義性」と「解釈の多様性」に潜む“罠”から逃れるためのアイデアを紹介しています。

(ここで著者らが紹介している「言葉遊び」は、確かワインバーグの単著『要求仕様の探検学』でも取り上げられており、そちらではまさに「要求を記述した文の曖昧さ」に気づく“テクニック”として使われていました)
(筆者が別のところで書かせていただいている「論理スキル」と併せて、テストベースを読む際には心に留めておきたい事柄の一つです)

ソフトウェアに携わるなら読んでおいて損はない

本書中でも何度も言及されているように、ソフトウェアの開発という仕事に関わっている人は、暗黙的に「問題解決者」であることが求められます。ということは、本書で警鐘を鳴らしている問題の発見と解決にまつわる諸症状に見舞われるリスクを抱えているということです。

第4部ではこんなことを述べています。

この種の問題、つまりはっきりした「設計者」なり「技師」なりがいる問題の場合に非常にあり勝ちなのは、それを彼女(ここでは技師はたまたま女性だった)の問題だと判断してしまうことである。今の場合、運転者たちがそう思うだけではない。多分技師自身もそう考えるのだ。何もかも自分が面倒を見なければならないというのは、建築家、技師、およびその他の設計家の間に広く行き渡った印象である

([1] p.100, 太字は引用者)

問題解決者に対するアドバイスに満ちている本書は、「よい問題解決者」である/になるために読んでおいて損はない一冊です。世界を見る目を(少し)変えてくれるでしょう。
それほど長くもなく、(コンピューターに限らず)時代とともに変化するテクノロジーに依存した部分も殆どなく、軽い読み物として読むこともできることから、「ワインバーグ入門書」として悪くないのではと思います。

【筆者つぶやき(´・ω・)。。oO(ソフトウェアテスト技術者も「問題解決者」と考えて差し支えないと思いますが、誰の、どんな問題を解決する「問題解決者」でしょうか?)】


②回想・感想編

本書との出逢い、ワインバーグとの出逢い

ワインバーグに触れた最初の本。表題になっているトピックには文字通り目から鱗が落ちる思いをしました。

初めて読んだのは確か1990年代初頭ですが、そもそもなぜワインバーグを読もうと思ったのか、なぜこの本を選んだのかは憶えていません。プログラマーとしていろんなことを学びたくて、プログラミングの参考書とかコンピュータ(ハードウェア)の参考書とか技術書、専門誌を読み漁っていた時期です。そういう情報を浴びる中で、ちょっと?“プログラミングと直接関係ないけど、頭を揺さぶってくれるようなもの”を読みたくなったのかも知れません。

仲の良かった先輩から「これ面白いよ」と勧められた記憶もあります。当時の筆者は「プログラミングとかコンピュータとかと直接関係のない本」を自分から見つけて選ぶような指向性ではなかった気もするので、先輩の薦め説が有力です。先輩にマジ感謝。

結果、みごとにワインバーグにはまり、ひそかに私淑するまでになったのですが、「ソフトウェアエンジニアリングといった領域で、読むべき本、読むに値する本」もたくさんあることを教えてくれた書籍でもあります。

構成のうまさ

ワインバーグの著書に共通して感じるのは、「構成がうまい」ことです。
通奏低音としてのテーマを打ち出してから、最後の「結論」を引き出すまでの各部・各章の配置が絶妙に感じます。
それと文章のうまさもあってするすると読めてしまうのですが、「軽く読める」のは、読み手にとっては“落とし穴”でもありますね……

“問題”を“解決”するということと、一般システム思考

最初に読んだ時には、本書が(本書もまた)ワインバーグの“本領”である一般システム思考という考え方、アプローチの産物であるとは思いませんでした。(本書には「一般システム思考」という用語自体が出てきませんし、一般システム思考に興味を持ってワインバーグ師の門を敲いたのでもありませんから、当然です)
(一般システム思考とはどんなものかを知るにはワインバーグ師自身の文章に当たるのが一番ですが、本サイトのエッセイ群でも及ばずながら追々触れていければと思っています)

知ってから本書に戻ると、本書にも一般システム思考の考え方、アプローチがそこかしこに散りばめられていることが判ります。というか、そもそも「問題解決にまつわるあれこれ」は一般システム思考ととても親和性の高い領域なのではないかと思います。
別の著書になりますが、一般システム思考を正面から取り上げた『システムづくりの人間学』でも「問題とその解決」というトピックに触れ、その定義を辞書的意味から解き明かす(いささか遊戯的にも見える)試みの末、次のように記しています――

「当惑」という意味での「問題」は、もしわかりにくさが取り除かれれば「解決される」、ということに気づく。いい換えると、問題と解決は完全に精神的な存在なのである。

([2] p.13, 太字は引用者)

その目で見てみると、副題"How to figure out what the problem really is."の'really'は単に「実際には」「本当は」というより深い意味合いがあるように感じられます。

問題解決者が相手にするのは、多くの要素(ヒト、組織、環境、etc.)の相互作用からなる複雑な現実。つまり“システム”です。どの側面に着目するか、どの立場/視点で見るかで、見え方(見えてくるもの)が異なってくることは珍しくありません。
「“問題”は何なのか」を見極めるということは、立場や視点を定めるということでもあり、その文脈を含んでの'really'と捉えるのがよさそうです。

立場や視点を定めるには、それに先立ってさまざまな見方をしてみることが有用だったり、時には必要になります。これはある意味で「相手を突き放してみる」ことになりますが、一般システム思考はそれを助けるものの見方です。

また、問題解決者は謂ってみれば「システムの外側」にいないと、“システム”に呑み込まれてしまい、適切な“問題”を見つけそこなったり、適切な解決が図れなくなる惧れがあります。さまざまな見方をしてみることは、これを避ける役にも立ちます。

本書にはそのヒントやアドバイスがたっぷり書かれています。「一般システム思考入門書」としても恰好の書と言ってよいのではないでしょうか。



文献・書誌情報

  • [1] D.C.ゴーズ, G.M.ワインバーグ (木村泉・訳) 『ライト、ついてますか 問題発見の人間学』 (原著1982, 日本語訳1987) 共立出版

    • 原著 (日本語訳の扉記載の情報に基づく)

      • ARE YOUR LIGHTS ON? - How to figure out what the problem really is.

      • Donald C. Gause, Gerald M. Weinberg

      • 1982初版 (Winston Publishers, Inc.)

  • [2] G.M.ワインバーグ (木村泉・訳) 『システムづくりの人間学 計算機システムの分析と設計を再考する』(原著1982, 日本語訳1986) 共立出版

    • 原著(日本語訳の扉記載の情報に基づく)

      • Rethinking systems analysis and design.

      • Weinberg, Gerald M.

      • 1982初版 (Little, Brown and Company (Inc.))


(2023-11-28 R001)

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