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小さな妖精譚―スノードロップの妖精

 雪の深まる2月の終わり。もしあなたが、どんなに小さいものでも構いません、お家の外にちょっとした庭を持っているなら、息をひそめて覗いてみましょう。雪の上で遊んでいる、小さなスノードロップの妖精たちが見えるはずです。その姿はとてもかわいらしいけれど、決してつかまえようなんて思ってはいけません。もし本当につかまえてしまったなら、彼らは温かい手の上に落ちたひとひらの雪さながら、たちまち溶けてなくなってしまうでしょう。もっとも妖精たちは、人間の手をすり抜けて逃げるのには慣れっこですが。このお話を読んでいるみなさんのように、妖精が大好きな人たち———とくに子供たちは、どうしても妖精をつかまえてみたいと、一度は思ったことがあるものですものね。スノードロップの妖精たちは、人間につかまえられそうになると、たちまち雪の中にもぐりこんで、隠れてしまいます。あるいは、雪を降らせるときの空はいつだって真っ白ですから、怖がりな妖精たちは空まで逃げて行ってしまうでしょう。いずれにせよ、もう二度と、妖精を見つけることはできなくなってしまいます。ですから、雪の上に足跡も残さずに舞い踊っている小さな妖精たちを見つけたなら、静かにその踊りを見つめましょう。
 本当に珍しいことですが、あなたがそうして優しく見つめていることを、妖精たちのほうでも、気が付いていることがあります。気が付いていながら、全然気が付かないふりをして、あなたが本当に、小さな妖精たちや植物たちにとって優しい人間であるかを見極めているのです。こんなときは、寒いのをぐっとこらえて、やっぱりもう少し辛抱してみましょう。ふと気が付くと、いつのまにやらあなたも、かわいい妖精たちの踊りの輪の中に入っているかもしれないのですから!
 妖精たちの中にはもちろん、人間にいたずらを仕掛けたり、困ったわるさをして楽しむものもいますけれど、スノードロップの妖精たちは決してそんなことはしないのです。どうしてそうとわかるのかですって? じゃあ、いつだったか、スノードロップのお花が教えてくれたことを、みなさんにもおきかせしましょうね。

 もうずいぶん前のことになります。スノードロップの妖精たちはその年、自分たちの花を無事に咲かせることができるか、不安でなりませんでした。春が、しかめ面をしていたからです。

 みなさんは、いかにして地に降り固まった雪が解け、木々が芽吹き、鳥たちがさえずり始めるかをご存知ですか? それらすべて、春がにっこりとほほえまなければ、始まらないのです。この冬はたいそう勢いがあったのですから、たぶんそれが嫌だったのでしょう、春はほほえむどころか、怒ったような、泣き出しそうな顔をしていました。毎年、氷の山奥からやってきた春をほほえませるのは、スノードロップの妖精たちの大事な仕事です。たいていの花の妖精たちの仕事は、自分たちの花を咲かせることですし、花は妖精たちが不思議なうたをうたってやることできれいに咲きます。でもスノードロップの場合、妖精たちは花の頭の上に分厚く積もった雪を、春に溶かしてもらうところから始めなければいけないわけです。ですからこの妖精たちは、春が大好きなもの———見ただけでにっこりとほほえんでしまうようなもの———を、しっかり心得ています。それは、赤ちゃんです。春は赤ちゃんが大好きなのです。
 そんなわけで、スノードロップの妖精たちは、毎年冬の最後の満月の晩に、世界中の四方八方に飛び回って、とびきりかわいらしい、生まれたばかりの赤ちゃんを探しに行くのです。その冬の晩も、例によって妖精たちは東へ西へ、南へ北へと探し回りました。妖精たちは春の顔を見るなりすぐに、今回は大変な大仕事になるぞとわかっていましたから、みんなでがんばって、できるだけふさわしい赤ちゃんを見つけようとしたのです。

 途中までは、万事うまくいきました。東へ行った妖精たちはゾウと、トラと、ツルの赤ちゃんを、西へ行ったのはビーバーと、ヘラジカと、リスの赤ちゃんを、大事に連れて帰ってきました。南へ行った妖精たちはライオンと、ワニと、コアラの赤ちゃんを、北へ行ったのはホッキョクグマと、キツネと、ワシの赤ちゃんを、そうっと連れて帰ってきました。みんなは驚くほどかわいらしくて、一所に集まると、まるでもうここにが春になったように明るくなるのです。ところが残念なことに、春がとても楽しみにしている人間の赤ちゃんだけは、どこを探してもふさわしい子が見つかりません———どういう子供が本当にふさわしいのか、それはスノードロップの妖精たちだけが知っている秘密ですから、もちろん私も教えてはもらえませんでした。でも選ばれる子供たちはみんな、その日か少し前に生まれた、かわいらしくて陽気な赤ちゃんだということは確かです———。ゆりかごの中の赤ちゃんといえばみんな、何が悲しいのか泣きじゃくってばかりいるのです。雪の下のスノードロップの花たちは早く咲きたくて待ちくたびれていましたし、春はますます悲しそうな顔になる一方でした。そんな様子を見た冬は、「まだ愉快に遊んでいられるぞ」とばかり走り回って、野原に吹雪をまき起こし、湖を凍らせるのでした。満月が高く登りきる頃までには、春のためのおまつりを始めなければなりません。スノードロップの妖精たちは、今年は凍えるような春になるだろうと、もうほとんど諦めかけていました。

 すると突然、向こうのほうから大きな呼び声が聞こえて、続いて大慌てでやってくるタンポポの妖精の姿が見えてきました。
「聞いて喜んで! 良いお知らせですよ! 僕たちの住む庭のある家で、たった今男の子が生まれたのです。とびきりかわいらしくて、春をほほえませる大仕事にぴったりですよ!」
 スノードロップの妖精たちは大喜びで、タンポポの妖精の住むその家まで飛んでいきました。小さなベッドの中をのぞくと、なんとまあ、かわいい赤ちゃんが輝くばかりの笑顔で眠っているではありませんか。みんなは起こさないようにこっそりと、でも大急ぎで、春のおまつりをする森まで赤ちゃんを運んできました。

 さあ、満月が高く夜空に登り、森の中にぽっかりとあるこの小さな広場を、まるで舞台のように明るく照らし始めました。真ん中にある、キノコたちが作る輪っかの内側だけを残して、広場は集まってきた春の花の妖精たちでいっぱいになりました。肝心の春は、なおもしかめ面のまま、奥の古い切り株に腰かけています。
 スノードロップの妖精たちは、ここに集まったすべての———あらゆる運命の中でも最も幸福な運命を持ち合わせた———小さな子供たちに、まず眠りから覚めるように言いました。そして目覚めた赤ちゃんたちはみんな一粒ずつ、スノードロップの花の蜜でできたキャンディーをもらいました。すると何とも不思議なことに、まだ生まれて間もない赤ちゃんたちが、ぱっちりと目を開け、自分の足で立って歩きだしたのです。見守っていたみんなはこの瞬間、はっと息をのみました。限りなく古い時代から幾度となく繰り返されてきたことですのに、この不思議な出来事に胸を躍らせない妖精は、毎年一人もいないのです。
 スノードロップの妖精と赤ちゃんたちは、みんなで手をつないで輪を作り、キノコの輪っかの中にすすみ出て、楽しく踊り始めました。赤ちゃんはどの子も大はしゃぎでした。まるで、手に入れたばかりの身体をしばし忘れ、羽のように軽やかだった身を取り戻したみたいに。満月は一番明るく輝いていますし、星の妖精たちが鈴を鳴らすように笑い声を立てています。春の花の妖精たちは、手をたたいたりうたったり。中には花を楽器にして奏でる妖精もいるのですもの、それはそれはにぎやかな光景でした。この素晴らしい景色を見て、心根の優しい春が笑顔にならないはずがありません。ついに、春はにっこりとほほえみ、次には皆と一緒に踊り始めたのです。

 春はどんどん楽しくなって、くるくると回りました。春が優雅に回るたび、あたたかい風が一つ吹いて、それが野を越え山を越え、雪を溶かしていきました。春が笑い声をあげるたび、地面の中に眠る球根があくびをして、外に起きだす支度を始めました。もちろん、スノードロップの花たちは、大喜びで次々に咲き始めました。これでようやく、皆さんの知っている「春」が、地上に訪れたのです。
 でも、こんなに素敵なことのすべては、赤ちゃんのお母さんたちが疲れてぐっすり眠っている、ほんのわずかな間だけに起こったことなのでした。おまつりのあと、スノードロップの妖精たちは赤ちゃんの一人ひとりを、春の風の乳母車に乗せてお母さんのもとに返しました。春はそれぞれの枕もとで、そっと頭を撫でてやりながら、静かな祝福の言葉をかけました。それは、人間にも、ほかのどの動物にもわからない言葉です。今夜のことを、大人になっても覚えている赤ちゃんはきっと一人もいないでしょう。でも、春に祝福されたこの幸運な子供たちは———たとえワニであっても、ライオンであっても、人間であっても同じように———どんな時も雪解けのように清く、花のように優しく、陽だまりのように明るく、そして春のように誰からも愛される大人になるのです。そしてこの春の宴が夢でない証拠に、子供たちは決まって歌や踊りの大好きな大人になるのです。生まれてまもなく、すばらしい舞踏会に参加したのですから、それもうなずけることです。
 とくに、その年のおまつりに最後に招かれたあの人間の男の子は、スノードロップの妖精や春だけでなく、あらゆる春の花の妖精たちから感謝されましたから、一番たくさんの贈り物をもらったのです。その瞳を永久に閉じるときまで、彼に与えられた魅力が衰えることはないでしょうし、その時が来れば、必ず春と妖精たちが迎えに来て、生まれたその日に招かれたような素晴らしい宴に再び、そしていつまでも迎えられ続けるでしょう。

 これで、スノードロップの妖精たちの大事な仕事のことや、優しい性格のことをみなさんにも知ってもらえましたね。はじめにも言いましたけれど、彼らを見かけたら、じっと待ちましょう。踊りの大好きな彼らなら、きっと仲間に入れてくれるはずです。そうでなくても、決してつかまえたりしてはいけません。彼らがいなくては、春は訪れないのですから!

おしまい

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