#7 アルコール依存症
「電話……ですか? どうして?」
「お相手は、状態からアルコール依存症である可能性が非常に高いです。暴力を改善するにしても、まずアルコール依存症の治療から始めなければなりません」
せっかく離れたのに、自ら呼び寄せるのか。
それに彼が、僕のために治療に応じるなど、あるはずがない。
あんなに道具のように扱われたのに。
『お前は本当に自分のことばっかりだな』
まるでゴミでも見るかのように、僕を見下す彼の顔が思い出された。
「ダメならダメで良いじゃないですか」
確かにそれはそうだ。
看護師に励まされながら、震える手で彼に電話を掛けた。
『……もしもし』
5回目のコールで、彼が電話に応じた。
僕が勝手に出てきたのに、電話に応じただけでも驚いた。
「……君にアルコール依存症の治療を受けてほしい」
『……わかった』
やりとりは、それだけだった。
電話を切ると、ドッと汗が吹き出した。
また報復されたらどうしよう。
会うのは怖い。
目を彷徨わせていると、看護師さんがガッツポーズをしながら「良かったですね!」と微笑んだ。
良かったのだろうか。
何が良かったのだろうか。
この人は、この人達は、僕がまた暴力を受けたら、責任を取ってくれるのだろうか。
自分で自分の行為に責任を持つことは、もうできなくなっていた。
自分で決めたら、
また間違えて、
怒られるから。
約束の日、彼はきちんと時間通りに病院に来た。
問診票を書き、飲酒量を書き、そして「自傷行為をしません」と宣誓書にサインをした。
「アルコール依存症ですね」
簡単な問診後、医師は事も無げに言った。
「そう、ですか」
彼は腑に落ちていないと言った様子だった。
きっと僕にハメられたとでも思っているのだろう。
二人きりになったら何を言われるか、それが恐ろしくて、僕はずっと彼と目を合わせていることができなかった。
「講習会を受けてください」
渡された講習会の日程は、月に一度で全12回。
彼は渋々とそれを受け取った。
講習会では、アルコール依存症についての基本的な知識を学ぶことができた。
アルコール依存症と言えば、昼も夜も構わず飲まずにはいられなくなり、手がブルブルと震え、常に酒浸りでなければいけなくなった状態のことだと思っていたのだが、そうではなかった。
依存症とは、一度始めたら自分ではブレーキをかけられない状態を指すのだということ。
そして、「やりたくないのにやってしまう」というのが、ただの酒好きとの線引きだと教えられた。
飲みすぎて具合が悪くなるのは本人で、次の日の仕事にも支障があって困るのは本人なのに、二日酔いになるまでやめることができない。
またアルコール依存症者のいる家庭で育った男性の5割がアルコール依存症者に、女性の5割が依存を助けてしまう「イネイブラー」になってしまうそうだ。
「自分はアルコール依存症だと思いました」
講習会の後の問診で、彼は観念したように呟いた。
「なぜなら父が……アルコール依存症だったからです」
うなだれた彼に医師は、引き続き講習を受けるように伝えた。
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