#17 人生のどん底で出会った不思議な彼女の話

営業研修は過酷を極めた。

生命保険の基礎知識は分かったが、肝心の営業手法はまるで教えてもらえなかった。

与えられた担当地区や、職域と呼ばれる会社に、突然飛び込んで行って、ヘラヘラとへりくだりながらチラシを配ったり、アンケートをお願いしたりする日々。

それをどう契約に結び付けたら良いのかも分からないまま、僕らは「ダメで元々」の営業を繰り返していた。

一人、また一人と、心が折れた仲間がやめていく。
最初は15人ほどいた研修生も、数カ月で半分ほどになっていた。

ここから逃げ出したら、またどん底の選択肢しか残されていなかった僕は、必死で食らいついていた。

研修生をまとめて交流会を開くのも率先してやっていた。
お互い営業の愚痴を言ったりしながら、成功体験と失敗談の情報交換を行っていた。

その研修生の中に、エリカはいた。

エリカは、けして群れなかった。

何度か飲み会にも誘ったが、「一対一でないと話ができないから」という理由で断られていた。

人が苦手なのだろうかと思うと、ハキハキとした口調で電話をかけてアポイントを取る。

抜けてるようだが鋭く、引っ込み思案のようで臆さない。

独特の空気をまとった不思議な人間だった。

研修生の中で、素性が知れないのは彼女だけだった。

元々好奇心の強い僕は、彼女のことが気にかかっていた。

ある日転機が訪れる。

「私、将来自分の接骨院を持ちたいんだよね」

研修で隣の席になった彼女が、そう教えてくれた。

彼女は元々柔道整復師だったそうだ。

生命保険業界には、ファイナンシャル・プランナーの資格を取りに来たそうだ。

既に彼女は、難しい2級の試験に挑戦しようとしていた。

僕はますます彼女に興味を持った。

「僕の先輩が隣町で接骨院をやってるけど…見に行く?」

「行く」

彼女は即答した。

「車で40分の距離だけど…僕の車でいいの?」

よく知りもしない僕の車に乗れるのなら、運転するのは構わなかった。

彼女は黙ってうなずいた。

「いつがいい?」

スケジュール帳を開きながら僕が予定を聞く。

「今」

「今?」

確かに研修は15時で終わる予定だったが…先方の確認も何もせずに今すぐという意思決定に、僕は少々面食らった。

「いいよ」

面食らいながらも、僕はワクワクしていた。

何か"イベントが始まった"という感じだった。

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