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「スタートアップ育成5か年計画」  ファイナンス面を深掘りします

 岸田内閣は2022年11月28日に、「スタートアップ育成5か年計画」を新しい資本主義実現会議で決定し公表しました。また、「令和5年度税制改正大綱」が2022年12月23日に閣議決定されました。現在、これらの政策の具体論については、2023年1月末に始まった通常国会で本格的に議論が開始されています。大きな混乱がなければ、3月末までに衆参両院で可決され23年度(令和5年度)以降、順次実現していくことになります。
 (※以下長文なので、具体施策だけみたいよ、の人は3以降の各項目だけ拾って読んでくださいね)
 「5か年計画」についてはメディアでも注目され、短いコメントや個別事項の解説なども断片的に出てるようです。ただ、ファイナンス面で前提知識や経緯も含めて整理したものはあまり見かけないので、関連する税制改正や融資制度なども含めてまとめておきます。

1.スタートアップ育成5か年計画の概要

(経緯)
 スタートアップ育成5か年計画は、「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画」「新しい資本主義実行計画工程表」(2022年6月7日閣議決定)において、司令塔を立ち上げ、22年末までに「スタートアップを5年で10倍増を視野に」作成するとされたものです。
 上記方針に沿って、スタートアップ育成分科会が立ち上げられ、3回の分科会開催を経て2022年11月28日の新しい資本主義実現会議で決定されました。
(狙い)
 岸田政権では、新しい資本主義を「成長と分配の好循環の実現する仕組み」と捉え、スタートアップの育成を成長の牽引役として重視しています。社会課題の解決を成長に転換させ、欧米等に比べ開業率やユニコーン数等で劣後する情勢を挽回するには、スタートアップを短期間で集中的に増やして裾野を広げるとともに、大企業とのコラボレーションも推進することで、ユニコーンの増加につなげよう、ということを狙いとしています。そのため、(具体的な目標)
2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けて、5年間で以下の実現を目指しています。
①スタートアップへの投資額として、2027年度に現在の10倍を超える規模(10兆円規模)とする
②ユニコーン100社の創出、スタートアップ10万社の創出

(3本の柱)
 スタートアップ育成には、まず担い手である起業家が増えること・その質が向上することが大事です。人材強化および投資、そして出口戦略です。そこで育成計画では以下の3本の柱をパッケージの方向性として推進します。
①スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
②スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
③オープンイノベーションの推進

 若干補足すると、①の人材強化には誰でも納得するところと思いますが、ネットワークの構築というのは、スタートアップや起業家は、いわゆるエコシステムの繋がりの中で多数輩出されてくる、という欧米等における経験を踏まえたものです。また②のうち、出口戦略の多様化とは、スタートアップ投資の出口(投資成果の回収)として日本がIPOに偏り過ぎている状況から、M&Aに選択肢を多様化するという狙いがあります。③については、イノベーションの実現には、スタートアップだけでなく、既存の大企業との協業・投資といったコラボレーションがより効果的と考えられているからです。

2.ファイナンス面のサマリーとロードマップ

 前振りが長くなりましたが、ここからはファイナンス面(3本の柱のうち、主に②の面)にフォーカスして見て行きましょう。
 以下に、5か年計画のロードマップのうち、「第二の柱」だけ切り出したものを置いておきます(表が大きすぎて画像として載らないので💦)

 ロードマップにあるとおり、非常に広範囲の施策が載っています。考え方としては、
 ・米国等にくらべ、成長ステージごとの資金調達手段の多様性が不足
 ・ベンチャーキャピタルによる投資が国内・海外とも不足
 ・ストック・オプションやRSUなどの使い勝手悪い
 ・スタートアップ投資への呼び水となる税制に改善余地
 ・IPO以外の出口戦略が少ない
などが挙げられており、これらを解決する一連の施策を行う、という流れです。
 以下では、5か年計画をスタートアップ企業の現場実務に沿って、以下のように整理し直してみていきましょう。
 3.エクイティ報酬回り
 4.IPO制度見直し
 5.融資関係
 6.非上場株式のセカンダリー、クラファン、特定投資家
 7.公的資金
 8.税制
 9.まとめと展望

3.エクイティ報酬回り

(1)ストック・オプションの使い勝手の改善

・行使期間延長

(結果)
 税制適格ストック・オプションの行使期限を、設立5年以内の企業については「10年→15年」に延長する(上場企業は対象外)。※ロードマップでは23年度中
(解説) 
 税制適格ストック・オプションは、スタートアップが役職員へのモチベーション手段、あるいはキャッシュ報酬の代替手段として用いる重要不可欠なツールです。このうち、ストック・オプションの行使期間については、現行規制では「株主総会や取締役会などにおける付与決議から、2年経過後から10年経過まで」を行使期間とするよう定められています。
 しかし、上場株式市場の株価停滞や、当面非上場で成長路線を目指す、といった企業にとって、行使期限の10年を経過してしまうと税制非適格となってしまう、という不都合が以前から指摘されていました。今回の改善では、「設立5年未満の企業については、行使期間を付与決議から2年経過後15年経過までに延長する」というものです。

・保管委託要件

(結果)
 税制適格ストック・オプションの権利行使後の保管委託義務を廃止する。
 
※ロードマップでは23年度中。
(解説)
 税制適格ストック・オプションは、権利行使には以下のような義務があります。
「権利行使によって取得された株式は、発行会社と証券会社又は金融機との間であらかじめ一定の管理等信託契約を締結し、個人が取得した後ただちに、当該証券会社又は金融機関等で保管又は管理等信託がされることを必要とする」
 これは、取得された株式の所在をきちんと管理させようということで、税制上のお墨付きを与えている当局からすれば厳格に把握しておきたいことの表れと思います。しかし現実に保管委託を実行するには株券を発行して権利行使者に渡し、同時に現物を預けさせない限り厳密な保管の有効性を立証するのは難しい、とされてきました。一方、非上場スタートアップの多くは株券不発行会社ですから、ストック・オプションのためだけに株券発行会社になるのは不合理かつ高コストです。そもそも上場したら株券はなくなりますし、その点でも不都合でした。今回、この保管委託要件を不要とされることになりました。これによって、非上場のまま権利行使→株式の譲渡、などがやりやすくなりますね(後述のセカンダリーの話などとも絡みます)。
※上場企業では株式は全て電子化され証券保管振替機構(ほふり)上で管理・移動される仕組みになっており(株券というものがない)、このような不都合は元から生じません。

・ストック・オプションプール

(結果)
 ストック・オプションプールの実現に向け、会社法や税制上の制度整備を行う。※ロードマップでは2024年度末までに実施?
(解説)
 スタートアップがストック・オプションを発行する場合、足元の役職員への付与に加えて、戦略的に将来入社してくるであろう人たちのために予めストック・オプションの発行「枠」(=プール)を確保しておきたい、というニーズがあります。ストック・オプションは潜在株ともいわれるように株式の希薄化要因でもありますから、株主にVC等のプロ投資家が入ってくる場合、プール分を”握って”おかないと後で揉めることになりかねないからです。厳密には、株主間契約に記載し、たとえば「新株予約権の発行は事前合意事項とする。ただしストック・オプションとして発行されるものは10%までは除く」といった内容で規定されます。ただ、現行のストック・オプションプールはあくまで契約上の「お約束」の話に過ぎず、実際に予約権を発行するときには通常の機関決定手続きが必要となりますし、発行条件もその時に決めることになります(予め発行条件を決めておくことはできない)。これではプールがあったとしても機動的・柔軟に使うことができないので、改善しようという話なのです(→次項の「信託型ストック・オプション」の意義がこの辺にあります)。
※現在の会社法では、株主総会で決議しておけば、発行上限と行使価額の下限の範囲内で、取締役会決議で発行することができますが、期限は総会後1年間だけです。

・信託型ストック・オプション

(結果)
 信託型ストック・オプションの実態調査を行い、必要な措置をとる。※期限記載なし
(解説)
 今回、信託型ストック・オプションについては改善アクションについて明確な言及がありませんでした(実態調査の結果次第となりました)。信託型ストック・オプションの仕組みについては以下のプルータスさんの記載もご参照ください。

 信託型の狙いは、要約すれば「予めストック・オプションプールを設けておきつつ、その際の時価で、付与対象者を業績評価に応じて後から決めることができる」というものです。ストック・オプションプールの項で説明しましたが、通常のストック・オプションの行使価格は付与時の時価とすることとなっており、市場価格の無い非上場スタートアップの場合は、株価算定によって公正価値評価をするか、第三者割当増資と同時に抱き合わせで発行する(外部第三者が応じる増資時の株価は一応、公正価値と推測される)、といったケースが大半となります。この時価を保存したまま、後から入社してくる役職員に「安い」行使価格でストック・オプションを付与することはできないのです。信託型ストック・オプションを利用することで、時価の保存の問題と、付与者を後決めする、の2つの課題を解決する1つの方法となっている、ということですね。
 ただし、信託型にはまだ課題もいくつかあります。主なものは以下のとおりです。
 ①設計費用が高い
 ②委託者に資金負担がある
 ③受託者手数料がかかる
 ④外部への説明に手間がかかる
 ⑤IPO上の審査
 このあたりの解説もとても長くなるので、詳細についてはSOICOさんもまとめられているのでご参照ください。

 スタートアップの現場実務の検討ポイントとしては、単純に手数料コストが高いため、それを超える導入メリットがあるかどうかです。今のスキームで導入できるのは、大型資金調達をした場合やスタッフの急増が見込まれる場合でしょう。シードはもちろん、アーリー~ミドル企業でも資本政策での必要性とコスパの関係をよく検討する必要があるのではないでしょうか。また、信託型ストック・オプションは税制適格ストック・オプションのように「型」が一択で決まっているわけではないため、組成を提案するコンサルティング会社や弁護士等との綿密な相談が必要なことにも注意してください。

・種類株式の取り扱いの見直し

(結果)
 種類株の価格算定ルールの明確化を図るとともに、どのような場合において種類株主総会の特別決議が必要か、要件の明確化など必要な検討を行う。※ロードマップ上は25年度末まで
(解説)
 本件は、やや細かい前振りをしないと本論に辿り着かないので以下やや細かい話を書いておきます。
 ストック・オプションを発行するにあたっては、ストック・オプションの①原資産となる株価の公正価値の評価と、②デリバティブの一種としてのオプションの評価、の2つの評価が必要になります。このうち、②ついては、原則論としては本源価値+時間価値となりますが、市場株価のない非上場のスタートアップでは算定自体が困難です。したがって、非上場会社のストック・オプション評価は会計基準上、本源価値で代えることでよいとされています。加えて、税制適格ストック・オプションでは行使価格は付与時点での自社株の時価以上が要件とされていますから、コールオプション価値としてのストック・オプション評価額は株価ー行使価格≦0となり、無償でよいことになります(会社法上は有利発行の決議をします)。
 以上を前提として、多くのスタートアップでは、種類株式(優先配当株式等)による増資に併せてストック・オプションが発行されることがよく行われています。したがって、税制適格ストック・オプションも増資時の発行株価をもって行使価格に充てることが普通に行われています。ところが、種類株式の評価は一般にとても困難で、一般論が確立しているとは言えない状況にあります。しかも、役職員向けのストック・オプションの目的となる株式は種類株式ではなく普通株式ですから、たとえ種類株式の価格を求めても、普通株式の評価をそこからある程度の差をもって求める必要があるわけです。種類株式には、配当の優先権・残余財産分配の優先権その他の権利があり、それらをモンテカルロ・シミュレーション等の技法によって求めるといったプロセスを踏みますが、複雑で個別性が強くなります。シリーズA、B、Cなど多くの種類株式を発行していればなおさらです。自然と外部第三者に依頼する評価書の価格も高めとなり、スタートアップとしては使いにくいことになるわけです。
 種類株式の評価を巡っては、すでに日本公認会計士協会や経産省などから報告書として一定の方法論が示されてはいます。それでもユーザーサイドとして容易に理解可能なかたちで定型化/普及するには至っておらず、結論にはなお時間がかかりそうです。

(2)RSU

(結果)
 1億円以上のRSUを発行する場合に、有価証券届出書の発行が必要かどうかの取り扱いを明確化する。※ロードマップ上は25年度末まで
(解説)
 RSU(Restricted Stock Unit)は、欧米で一般的に使用されている株式報酬の一つで、日本では事後交付型譲渡制限付株式とか譲渡制限付き株式ユニットなどと呼ばれています。日本でも上場企業で徐々に発行されつつあります。RSUについてはSOICOさんの以下のページでもまとまっています。

 RSUについては、1億円以上の規模で発行する場合に、金融商品取引上が求める発行開示(有価証券届出書の作成・提出)が必要かどうか不明確との指摘があるため、今後この取り扱いを明確化することとなりました。
 今後、ストック・オプションに加えてRSU、RSA(Restricted Stock Award、譲渡制限付株式報酬)などの使い勝手がより向上して、役職員の入社時期・業績評価・付与タイミングを考慮した最適なインセンティブ設計の幅が広がっていきそうです。

4.IPO制度見直し

(1)総論・方針 

(結果)
 22年4月の「IPOプロセスの見直し」に基づき、業界・当局で対応を着実に進める。
(解説)
 IPOプロセスの見直しの件は非常に多岐にわたるためとてもこのnoteで要約しきれません💦 ここでは直近の変更および進行中の検討案件のうち主なものを挙げて、少しだけコメントしておきますが、政府方針のポイントは、①公開価格決定プロセスの透明化、②上場審査日程の短縮・柔軟化、③市場へのアクセス方法の複線化やM&Aとの両立化、などです。なお、内閣官房が発表した主要項目は以下の新しい資本主義実現会議(第5回)の参考資料「IPOプロセスの見直し」に記載されています。

上記の内閣官房の「見直し」のもととなった公正取引委員会の報告書の本体および概要版はこちら↓ これまでの公開価格決定プロセスについて非常に深く検討されており勉強になります。

また、公取委の実態調査を受けた、日本証券業協会の報告書はこちら↓ これも関係者は必読ですね。

(2)公開価格の決定プロセスの改善

①新規上場会社に対する公開価格等の納得感のある説明
 本件は22年7月に日証協規則でルール化済です。
 そもそもは、以前から初値が大幅に公開価格を上回る事例が少なくなかったことから、本来であれば新規上場会社がもっと多くの資金調達が可能であったはずではないか、という声があったとされています。この点につき2022年に公正取引委員会が実態調査に乗り出し、業界としても慣行を見直して自主規制規則上、見出しのようなアクションを義務付けることになったものです(日証協「有価証券の引受け等に関する規則」等の一部改正)。 

②主幹事証券会社別の初期収益率等の公表
 この件も22年7月に開始されています。
 上記の「納得感のある説明」と対になる措置で、初値と公開価格の関係を客観的な数値情報として日証協が公表することにより、ファクトに基づいた説明・判断が可能となるよう環境整備された、ということになります。実際に下記のページで銘柄別・主幹事証券別に仮条件・公開価格・初値・初値収益率を確認することができます。ダウンロードして色々いじれるので興味深いですね。

③プレヒアリングの実施
(結果)
 国内募集に係るプレヒアリングは、IPOの場合は禁止対象外であることを明確化する(※23/1月 日証協パブコメ終了)
(解説)
 ロードショー前のプレヒアリングはもともと実施可能でした。ただ、禁止されていると誤解しているIPO準備会社や証券会社が相当あるとの実態があり、日証協規則であらためてプレヒアリングはOKの旨、規則で明文化することになりました。
 なお、「プレヒアリング」と「ロードショー」の違いについてたまに訊かれることがあります。一般用語では(というか雑に言えば)、どちらも「公開価格決定前に機関投資家に価格(レンジ)を訊くこと」ではあります。ただ、厳密なIPOプロセスという意味では、プレヒアリングは有価証券届出書の提出前(=想定価格記載前)、すなわち「想定価格設定のため」のヒアリングであり、ロードショーは想定価格記載後に「仮条件(価格帯)設定のため」の面談を指します。仮条件が設定されればその後はブックビルディングというわけです。

④実効性のあるロードショーの実施
(結果)
 ロードショーの結果について、主幹事証券会社が実名で新規上場会社に開示することを自主規制上ルール化(※23/1月 日証協パブコメ終了)
(解説)
 ロードショーは、上場承認後からIPO前までに、ブックビルディングに備えて新規上場会社が主幹事証券とともに機関投資家を訪問して会社内容や事業戦略を説明し、IPO条件(公募や売出の価格など)の妥当性を探るための面談を行脚することです。数日間にわたり多数の機関投資家と面談し公開条件の妥当性などを聴取するわけです。
 従来は、このロードショーにおけるヒアリング先の選定において主幹事証券が新規上場会社と十分にすり合わせていないとか、機関投資家からのフィードバックの結果を十分に新規上場会社に伝えていないといった声がありました(結果として不当に安い公開価格に繋がっている可能性)。今回の規制改正により、主幹事証券はヒアリング先の実名・株価・参加意向など仮条件決定に際し重要な情報を新規上場会社に伝えることになります(※「実名」の開示は相手方の同意を得た場合)。

⑤仮条件の範囲を超える公開価格の設定
(結果)
 仮条件の上限価格を上回る又は下限価格を下回る公開価格(=仮条件を超える公開価格)を決定する場合には、協会が定める一定範囲内であれば再度のブックビルディングは不要とする(※23/1月 日証協パブコメ終了)。
(解説)
 従来の仮条件の決定プロセスにおいては、仮条件の価格帯の基準などについて主幹事証券から新規上場会社が聞かされていないケースや、そもそも仮条件を超える公開価格の決定が許されないと説明を受けていたケースがあったようです。今回の措置は、このようなやや曖昧な仮条件決定プロセスの透明化を図ったものといえます。この措置に先行して、22年6月の日証協規則改正において、主幹事証券は新規上場会社に対して「募集・売出の引受けについて協議すること」や「想定価格・仮条件・公開価格の決定に際して価格又は価格帯について根拠を説明すること」が定められています。なお、実際に新規上場会社が仮条件を超える公開価格を決定する場合には、あらかじめ有価証券届出書等において、仮条件を超える価格決定となる可能性があること、および価格・株式数の範囲について記載が必要になりました。

(3)上場プロセスの短縮、柔軟化

(結果)
  上場承認日から上場するまでの期間を現行実務の約1ヶ月から3週間程度に短縮する(※日証協、23/1パブコメ終了)。併せて、上場審査も柔軟化させる(※東証、23/1パブコメ終了)。
(解説)
 現行の実務では、上場承認日から実際に上場するまでの間に、約1ヶ月ほどの時間がかかっています。今回の措置は、この期間に市況変動のリスクがあることから公開価格が過度に抑えられてしまうのではないか、との声を反映した改善となります。本件は大小多岐にわたる項目があるため、とりあえず列挙しておくにとどめます💦。詳細は下記の日証協の「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ報告書」と東証の「IPOプロセスに関する上場制度等の見直しについて」をご参照ください。

(日証協)

・有価証券届出書の提出日の前倒し(上場承認日→上場審査終盤、※今回措置)
・会社法上の募集事項決定日の前倒し(仮条件決定日→同決定日より前)
・公開価格決定に伴う訂正目論見書の交付不要に(公開価格等の公表方法を記載すれば足りることとする ※今回措置)
・上場承認後の上場日変更方法を簡素化(上場申請取り下げ→訂正届出書で足りることとする)

(東証)

・監査報告書の提出期限の変更(申請時不要→上場承認時のみで可とする)
・組織再編時の財務情報(重要性の高い会社のもののみでよいとする)
・事業継続年数の要件短縮(取締役会設置からの経過年数は不問に)
・時価総額の算定方法の変更(想定価格→公募・売出価格)
・定時総会の到来後であっても、申請から1年間は審査を継続可(再申請不要)
・業績予想:審査時は前提や根拠等の確認とし、上場後の修正自体は問題視しないことを明確化
・直接上場銘柄の上場日における成行注文禁止(株価乱高下の抑制)

(4)ダイレクトリスティング

(結果) 
 グロース市場への新規上場申請者は、新規上場時において時価総額250億円以上となることが見込まれる場合は、新規上場に際して公募の実施を求めないこととする(※東証、23年3月目途実施)。
(解説)
 ダイレクトリスティングとはその名の通り日本語では直接上場のことをいいます。直接上場とは新規上場時に新株の発行(公募)と引受証券会社による引受をせず既存株主の売出しによってのみ、市場に株式を供給することをいいます。新株発行と新投資家の新株購入の間に引受証券会社が介在しない点を「直接」と表現しているのですね。今回の規制緩和により、グロース市場で解禁される見通しです(プライム市場・スタンダード市場では現在でも実施可能です)。ダイレクトリスティングのメリットは以下の点などです。
①引受がないためそれに係る各種の審査手続きや公開価格決定などの上場プロセスが短縮できる
②したがって上場準備コストも抑制できる
③証券会社の意向で公開価格が抑えられてしまう懸念がない
④既存株主にロックアップ期間がなく、上場後直ちに持株を売却できる
⑤新株を発行しないので株が希薄化しない
一方、リスクとしては次の点が挙げられます。
①公募増資をしないので資金調達ができない
②新株が市場に供給されないため流動性が低くなるリスクがある
③需給が不安定化するため、株価が乱高下する恐れがある
④引受審査による公開価格の綿密な設定がないため、新投資家にとって参照できる株価が分からない

このように、ダイレクトリスティングにはメリット・デメリット双方がありますが、近年、米国では非上場のまま大型の資金調達を行い、資金需要が乏しい(と思われる)ユニコーンが既存投資家の出口戦略としてダイレクトリスティングを選択する例がいくつもありました(スポティファイ、スラック、アサナ、パランティアテクノロジーズ、ロブロックス、コインベース等。21年には資金調達を伴うダイレクトリスティングもNYSEで解禁されています)。日本でも最近はユニコーン(候補)による大型調達が目立つことや、そもそもIPO銘柄が欧米に比べ「小粒」である、などの点から、ダイレクトリスティング導入により、大型上場を促すことが期待されているわけです。
 なお東証ではダイレクトリスティング円滑な実施のための方策として、以下のアクションも平行して必要としています。
 ・上場後の価格形成が不安定になりうる旨を取引所から周知
 ・幹事証券会社に対して、流動性確保のための方策を確認
 ・新規上場申請会社に対して、新規上場日までに有価証券報告書の提出が必要

(5)企業特性に合わせた円滑な上場審査

(結果)
 先端的な技術を活用して成長を目指す研究開発型企業(いわゆるディープテック企業)の上場審査及びリスク情報等の開示について検討中(※東証、23年3月までに結論を得る)

(解説)
 ”ディープテック”に関する厳密な定義はありませんが、たとえば以下のような表現があります。
「特定の自然科学分野での研究を通じて得られた科学的な発見に基づく技術であり、その事業化・社会実装を実現できれば、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決など社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術」(「ディープテック・スタートアップ支援事業について」(経産省産業技術環境局、2023年2月)
 こうした企業については、「…先端的な領域において新技術を活用して新たな市場の開拓を目指す研究開発型企業(ディープテック企業)に関しては、技術開発及びビジネスモデルの構築が途上であり、相対的に企業価値評価が困難であるという特性がある」(「IPO等に関する見直しの概要」東証、2022年12月)とされます。
 こうした問題意識のもとで、東証では以下のような施策が予定されています。
 (対象企業)
  ・上場前に、機関投資家(十分な目利き力があり、継続的投資が見込
   まれる)からの資金調達があり(例:100億円規模)、相応の企業
   規模がある
  ・上場時においても機関投資家から大規模な資金調達を行うこと
   (例:上場時時価総額1,000億円規模)
 (施策の内容)
  ・機関投資家によるビジネスモデルや事業環境等に対する評価を確認
   し、事業計画の合理性を審査
 (開示)
  ・企業価値評価が困難→事業計画・成長可能性資料の開示を拡充
   → ビジネスモデル、競争優位、R&D、今後の投資計画、市場
    規模、リスク情報など
 量子、AI、宇宙、バイオなどの分野は①内容自体の理解が困難、②研究開発の不確実性が高い、③製品化(商用化)までに時間がかかる、④多額の資金を要する、といった特徴がありますから、通常の上場審査(形式審査やビジネスモデルの審査)では判断しにくい実態があります。一方で、取引所が判断できなから上場できないとなると投資家の出口がなく、結局投資案件として成立し得なくなる、あるいは小出しの投資に留まる、というのが海外に比べた日本の市場の悪循環だろうと思います。今回の措置は、目利き力の高い機関投資家の判断力にある程度委ねる形で、とにかくローンチさせよう、というある種の「見切り」をしたうえでリスク管理の手当をする、というスタンスです。こうした方向へ舵を切るのはスタートアップファイナンス市場のあり方として大歓迎すべきですね。

(6)SPACの検討

(結果)
 SPACについては、必要な制度整備について、海外動向や投資家保護に注意しつつ検討を進める。※ロードマップでは中長期課題
(解説)
 SPAC(Special Purpose Acquisition Company、特別買収目的会社)は、主に米国で用いられている買収専用の特別目的会社です。いわゆる「空箱」という点では不動産証券化等でよく利用されているSPCと似ていますが、SPACはIPOに特化して使われる点が異なります。
 SPACは仕組みとしては1980年代からあったようですが、近年での米国での隆盛は「IPO準備の手間や時間を短縮してキャピタルゲインを得る手段」という目的が大きいといえます。米国での利用例などをみると、SPACは自身では事業内容を持たず、IPO向けに有望そうな企業を買収する目的でのみ設立されます。スポンサーは少額を出資し、著名人などを代表に据えてIPOし一般投資家から多額の資金を調達します。その資金を元手に24か月以内にIPO準備企業を買収・合併します。スポンサーはその際に20%相当の株式を報酬として受け取ります。買収した企業(事業)が値上がりすれば、一般投資家・スポンサー・被買収企業オーナーのいずれも大きなキャピタルゲインを得られることになります。一方で、SPACを利用したIPOは従来のIPOに比べ準備や審査が疎かになるリスクがあるとされ、実際に買収後に問題が表面化した事例もありました。
 米国では数年前からSPACによるIPOが大盛況となっていましたが、昨今の株式市況の下落で逆に一挙に案件が落ち込む状況となっています。日本では米国の動向に追いつけといった議論もありましたが、本場でSPACが下火になったこともあり現在は冷静な検討の継続、という位置づけとなっています。真面目な議論としては、①ディープテックなど大型の資金需要がありながら評価が難しい先への新たな大口調達ソースになりうること、②SPACとの交渉を通じた価格発見機能の発揮が期待できること、③(プロ)投資家にとってもAlternativeな運用手段になりうる、などのメリットが挙げられます。一方、諸外国の状況からは、一般投資家の参加を制限するケースもみられ、投資家保護との両立が論点になるし、東京プロマーケットの状況をみてもプロ投資家からの調達が実質を伴うのか、という意見もあるようです。
 SPACについては日本取引所の研究会が総合的に検討していますので、こちらもご参照ください。

5.非上場企業のエクイティ調達、セカンダリー、特定投資家

(1)クラウドファンディングの調達額上限の緩和

(結果)
 現在の発行総額上限(1億円)を超える資金をプロ投資家から調達することを可能とすることなどを検討する。※ロードマップでは25年度末まで
※「プロ」(特定投資家)については後述
(解説)
 株式型クラウドファンディングは、非上場企業が株式を発行し、ネット通じて一般投資家から少額ずつ資金を集めるサービスです。業界最大手のFUNDINNOをはじめとして数社が参入しています。正直なところ、コロナ禍前あたりまではあまり活発ではなかった印象です。しかしコロナ禍以降は対面での投資家アクセスが途絶えたスタートアップなどの利用が急増し、加えてリモートワークの普及などで投資家サイドもクラウドでの資金提供へのハードルが下がったこと、認知度の向上、エンジェル投資への関心向上などなどで、普及が進んだ感があります。
 2022年1月には金商法改正により以下の規制緩和が実現しています。
 ①「1億円の壁」の緩和
  クラウドファンディング実施後1年間は、クラウドファンディング以外
 の方法も含めエクイティファイナンスは通算1億円まで
  → 1億円の壁の撤廃(ただしクラウドファンディグだけの通算規定は
    残る)

 ②「50万円」の撤廃
  投資家の投資額は、1年間当たり・1社当たり50万円まで
  → プロ投資家(特定投資家)に限り、50万円の上限を撤廃
 ③「6か月」の通算期間の緩和
  クラウドファンディング後、同一種類の有価証券で6か月以内に資金調
 達する場合には、有価証券届出書の提出が必須
  → 「3か月」に短縮
  クラウドファンディングでは従来1年間に1億円まで、しかも手数料が結構高いですから、実質7~8,000万円までの調達が限界でした。しかもそれ以外のエクイティ調達も通算しての「枠」が1億円でしたので、並行してVCや事業会社から増資を受けようとしても「残枠」が少なくなり思うような調達が困難でした。クラウドファンディングの審査項目のポイントは「次回調達の可能性」でしょうから(事業の継続性や投資家保護から)、制度設計自体が次回調達の可能性を狭めている部分がありました。昨年の規制緩和は、その点で大きな前進でした。とはいっても、引き続き上限が1億円であることに変わりはないので、昨今大型化しているスタートアップの調達規模からすると物足りないところです。今回の5か年計画では、この上限をさらに緩和するものです。ただ、この点は、一般投資家向けの募集と特定投資家私募をクラウドファンディング上で分けることに帰着するのかなと。制度設計をうまくやらないと少人数私募に穴が空いてしまうだろうし一方で特定証券情報・発行者情報の作成対象が広がり、その負担が有価証券届出書・報告書並みだとしたら、そもそも制度として使われない懸念もありそうです。この辺りの帳尻をどう合わせていくかですね。

(2)未上場株式のセカンダリー流通促進

(結果)
 証券会社が運営する私設取引システム(PTS)において、プロ投資家が非上場株式を取扱えるようにするため、23年度中に金商法を改正する。※ロードマップでは23年度中
(解説)
 証券会社が運営する私設取引システム(Proprietary Trading System、PTS)は、証券会社が取引所を通さずに自社のコンピュータシステム上で同時・多数者を相手に有価証券売買を付け合せる仕組みで、金商法で認可取得が必要となっています。PTSでは現在、上場株式の取引のみ可能となっていますが、特定投資家の範囲の拡大・特定投資家私募制度の制度が整備されたことで、PTS上でも特定投資家に限り、非上場株式の取引を解禁すべきではないか、というのが問題意識です。
 非上場株式の取引については、プライマリー(発行)市場については、VCやCVC等による機関投資家による引受けや株式型クラウドファンディングの普及により、近年かなり広がりつつあります。一方、セカンダリー(流通)市場については、既存の株主コミュニティ制度のほか、FUNDINNOさんが始められたサービス(FUNDINNO MARKET)などがあるものの、本格化はまだまだこれからという段階です。米国・英国などでは非上場株式のマッチングプラットフォームが隆盛であり、IPOを敢えてしない大型成長株の流通や、VCなどの投資家の出口、非上場スタートアップの役職員の株式報酬の出口などとしてかなりのニーズがあるとされています。日本でも、特定証券情報・発行者情報という非上場会社向けのディスクロージャーの仕組みが一応できたことで、PTSはじめいろいろなプラットフォームでセカンダリー取引が活発化することが期待されます。
 現在の市況に即して補足すると、ここ数年の上げ相場の間に資金調達を重ねたユニコーン銘柄では、上場株式市況が停滞気味なこともあってIPOを見送りしている先もあると思います。するとファンド期限が迫るVC投資家の出口問題がいろいろな所で起きています。機関投資家については、事業のピボットやIPO時期の変更により、会社と投資家の合意のうえで株主構成を変更するというニーズもあるでしょう。また、転職で去る役職員が保有する株式・新株予約権の処理をどうするか、という問題もあります。機関投資家の問題については、他のファンドや事業会社が買い受けるケース、創業者による買戻し、会社による自己株式取得、などがありますが選択肢に乏しく、株価の納得性も高くないと思われます。後者の問題についても、会社を応援したい気持ちがあっても、株式なら簿価での引き取りや、ストック・オプションの場合は自動的に放棄させられてしまうケースが多いはずです。セカンダリー市場の活性化はこうした問題の一つの解決方法になりうると思います。

(3)特定投資家私募の見直し

(結果)
 特定投資家私募に対応する、発行体側の事務負担が重いとの声に対して、制度活用状況やニーズ・投資家保護等、必要に応じて見直しを図る。※ロードマップでは活用状況のフォローアップが先行(~23年度中)
(解説)
 そもそも特定投資家とは何か、からのおさらい。
 金商法では、投資家の知識・経験・財産の状況などから、投資家を「特定投資家」と「一般投資家」とに分けており、特定投資家については、一般投資家に比べて投資家保護に関する規制が緩和されています。
 具体的には、特定投資家には適格機関投資家(機関投資家)・上場企業・資本金5億円以上の会社・一定の要件を満たす個人投資家などいわゆる「プロ」の投資家が分類され、これらの投資家には金融商品取引業者の行為規制(事前説明義務、書面交付、広告など)の一部が除外されるのです。
 この特定投資家の範囲について、2022年7月に制度変更が行われ、一般投資家である個人から特定投資家への移行要件の基準が緩和されました。緩和前は「純資産3億円以上などの保有+投資経験1年」の単純な要件だけでしたが、緩和後は資産要件に加えて収入や資格要件など、複数の選択肢が用意され、投資家層の拡大が期待されています。詳しくは、たとえばSiiibo証券さんの説明もご参照。

 さて特定投資家になると何がいいのか?以下のことができるようになります。
 ①東京プロマーケットでの銘柄購入
 ②特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)の非上場銘柄。具体的には以下↓
  ・店頭有価証券(株式、新株予約権、新株予約権付社債)
  ・投資信託
  ・投資証券(投資証券、新投資口予約権)
 ③株式型クラウドファンディングにおける購入金額制限(1年間に1社50万円まで)がなくなる(※案件により制限あり)

詳細は日本証券業協会のJ-Shipsの説明もご覧ください。

 さて、ここまでが前振り(長い、笑)。
 特定投資家私募の規制緩和についてです。特定投資家私募の制度は、2022年7月1日に日本証券業協会の規則により可能となったものです(「店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則」)。もともとは、金商法によって特定投資家私募の定義自体は以前からありました。しかし、必要となるディスクロージャー制度が整備されていなかったことや、協会規則で証券会社が非上場株式への投資勧誘を禁止されていたことで、機能していなかったのです。金融審議会のWGでの提言を受けて金商法の関連布令と日証協規則が改正され、特定投資家への投資勧誘(=特定投資家私募)が可能になったというわけです。
 特定投資家私募の内容は以下のとおりです。
 ・勧誘対象:特定投資家のみ
 ・人数制限:なし
 ・条件:取扱いは日証協が指定した証券会社のみ。発行体は「特定証券情報」と「発行者情報」の投資家への提供か公表が必要

 特定投資家私募制度のキモは(取扱証券会社がビジネスとして取組む採算があうのか、という問題はさておき)、発行会社による「特定証券情報」と「発行者情報」の作成・開示にあります。業者が投資勧誘を始めるまでに特定証券情報を、証券の発行後は毎年、発行者情報を投資家に提供するか公表しなければなりません。5か年計画では、これらのディスクロージャーに対して発行会社サイドから作業負担が重すぎる、という声がでていることに対応したものです。特定証券情報・発行者情報の様式は上記「…投資勧誘等に関する規則」に記載されています。有価証券届出書より多少簡素化されているとか監査は任意であるとか手加減はあるものの、作成負担自体はあまり変わらない内容かなと感じますし、これをIPO直前でもない限り、スタートアップが作成するのは容易ではないと思われます。もっとも、すでに多額の資金調達を行い、スタッフの量・質面をある程度揃えている先であれば、これら事務に対応可能な場合もあるでしょう。いずれにしても、投資家層が広がったこと、(ビジネス的に採算が合うかは別として)証券会社が非上場株式を取扱えるようになったことは、今後の市場拡大にとって歓迎すべきですね。

6.融資関係
(1)創業融資における経営者保証

(結果)
 ①創業5年以内の場合、経営者保証を徴求しない信用保証制度の創設
 (23/2月相談開始)※上限3,500万円無担保
 ②日本公庫における創業5年以内の場合の経営者保証を求めない要件の
  緩和(23/2月~)
 ③商工中金におけるスタートアップ融資の経営者保証の原則廃止(22/
  10月~)

(解説)
 日本における開業率が欧米より見劣りする中、起業しない理由として借入や保証を忌避する傾向があるとのデータが新しい資本主義会議でも取り上げられ、このハードルを下げるために「経営者保証に依存しない融資慣行の確立」が推進されることになりました。一連の措置はそれを具体化したものです。このほか、政府から民間金融機関に対しても経営者保証を徴求しない融資の促進要請や、「経営者保証ガイドライン」の浸透・定着、保証料を上乗せすれば経営者保証を解除できる制度の創設流動資産担保融資(ABL)に対する経営者保証の廃止(24/4月~)、などを通じて一層進めることとなっています。
 ③はもちろんのこと、①②もすでに具体的に現場の窓口で相談対応は始まっているようですから、融資をご検討の皆様はぜひ公庫さんなどに問い合わせてみてはいかがでしょうか?
(※なお、コロナ禍対策や事業再生方面の融資施策は、スタートアップ以外にフォーカスが広がって際限がないため省略しています)

(2)事業成長担保権

(結果)
 不動産等の有形資産担保によらず、事業全体を担保に金融機関から成長資金を調達できる制度の原案が固まった(※金融庁 23/1月金融審議会WGで報告書案公表)
(解説)
 スタートアップ企業や再生企業などでは、業容が小さい場合や、業績不振が続いている状況にあって、不動産等の有形資産担保けい経営者保証等がなければ資金調達が難しいことが普通です。政府においても、こうした点が企業・経済の持続的成長の障害として認識が高まっていました。そこで、金融庁では22年9月に「事業性に着目した融資実務を支える制度の在り方等に関するワーキング・グループ」を設置し、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度の検討を行ってきました。23/1月末にそのスキームの報告案が出来上がった状況です。事業成長担保権(案)の概要は以下のとおりです(従来にない担保概念なので、主なポイントをやや詳しく記載しておきます。詳しくは下段リンク先の報告書案をご覧ください)。
 ①担保目的財産
  企業の総財産
 ②設定者(債務者)
  法人に限定する(当面は営利を目的とする法人に限定)。個人は事業用
 財産と私生活のための財産を区別することが困難なため。
 ③担保権者(被担保債権、極度額)
  ・担保権者
    事業成長担保権の設定を信託契約とし、担保権者は当該信託契約の
   受託者とする。この信託事業については新たに事業成長担保権の信託
   に関する業(信託会社)を創設して、免許制とする。受益者は2種類
   あり、受益者(与信者)は、基本的に既存の担保権の被担保債権者と
   同じ扱いとする。受益者(一般債権者等)は、一般債権者等の取り分
   の確保のために指定されるものとする。
  ・極度額
    設定は任意とする。
 ④対抗要件
  登記によって具備する。担保目的財産を構成する財産が日々変動する
  ことから、将来発生・流入する財産に対しても対抗要件の効力が及ぶ
  ものとする。
 ⑤経営者保証等の制限
  経営者保証に過度に依存しない融資慣行の確立の趣旨から、経営者に
  よる保証契約等の権利行使を制限する。
 ⑥設定者の権限
  通常の事業活動の範囲内における取引の相手方については、設定者が
  財産の管理処分権を有する。
 ⑦労働者保護
  事業成長担保権の趣旨(事業の継続など)を踏まえて、既存の担保制
  度に比べて、労働者保護をより強く図る。
 ⑧債務不履行(担保権の実行)
  裁判所に選任された管財人が担保権を行使する。事業価値の維持・事業
  継続を優先し、そのために必要な棚卸資産等の売却は管財人の判断で行
  える。

 事業成長担保権ができると、高成長で資金不足ながら担保化できる資産がないシード~アーリーステージのスタートアップや、もともと不動産などの担保化できる資産をもたないビジネスモデルのスタートアップにとって融資が革命的に変わる可能性があります。いわゆるベンチャーデットもこの担保概念が導入されれば大きく広がる可能性があります。当然、借り手としても事業成長担保権が利用できるように事業を磨き上げる必要がありますし、金融機関側もより有形資産担保がないだけにガチで事業性を審査することになります。借り手も貸し手も実力の差が歴然とでる融資、ともいえますね。僕もそういう会社を一層応援したいです。

7.公的資金

 スタートアップへの資金供給の強化のため、公的資金面(官民ファンドも含む)から以下の対応を行う。
(結果)
①中小企業基盤整備機構
 資金力やスタートアップ育成ノウハウのある内外VCに200億円の出資機能を強化。※23年度~
②産業革新機構
 過去4年間で実施した1,200億円規模の投資の2程度の規模のファンドを新規に立ち上げる(※22-23年度~)。また運用起源を2034年から2050年まで延長する。
③その他の官民ファンド
 ①②以外の官民ファンドも、NEDOやJETROと連携して内外のVCファンドに出資する。※22年度~
④日本政策投資銀行の特定投資業務の拡張
⑤NEDOによる研究開発型スタートアップ支援のための基金を新設(5年間で1,000億円)※23年度~
⑥AMEDによる創薬ベンチャー支援のための基金を上積みする(10年間で3,000億円)。※23年度~
(解説)
 国内スタートアップ投資はこの10年ほどで大幅に増えましたが、欧米に比べるとまだ非常に大きな差があるのも事実です。これを5年で底上げするため、国としても様々なルートを通じてスタートアップへの出資や補助の仕組みを構築しつつあります。特にNEDOやAMEDからの支援は、ディープテックでの起業にとって大いに追い風になりますね。また、5か年計画では優れた海外の知見を国内に呼び込むという意味で、海外スタートアップエコシステムとの関係強化という観点も重視しており、海外VCへの出資も視野に入れているのも特徴です。
 実務家として注意すべき点としては、NEDOやAMEDに限らず、公的資金は、年度初めに色々と公募の告知が出て、気づくのが遅れると応募の締め切りが過ぎてた、というパターンです。初物の補助金などは審査ハードルが低めだったり、1件あたりの補助枠が大きかったりするので、こまめにチェックして早めに準備しましょう。

8.税制

 令和5年度税制改正大綱において、スタートアップ企業向けの税制改革、スタートアップへの投資を促進するための投資家向けの税制改革がいくつもなされました(実施時期は国会審議によります)。エンジェル税制等については、この方面に詳しい税理士の先生方の説明の方が僕の説明よりよほど分かりやすい(プラス、より正しい)と思うので、この辺はご参考程度となります💦
 要点的には、以下の経産省関係の税制改革まとめもご覧ください。

より詳しくは、たとえばこの山田パートナーズさんの素晴らしい解説など。

(1)エンジェル税制等の見直し

(結果)
 ①シード期の会社向け(新設)
 ・上場株式等の売却益のうち、設立1年未満のスタートアップへの「設立
  時の株式への」再投資分について非課税にする(※販管費÷出資額>
  30%等の条件あり)。
 ・上記はエンジェル税制と選択適用できる。取得したスタートアップ株式 
  の譲渡時には、その取得価額は、上記控除額のうち20億円を超えた部
  分を取得にようした金額から控除した金額とする。
 ②アーリー期の会社向け(エンジェル税制の緩和)
 ・上場株式等の譲渡所得または20億円のいずれか低い金額を、スタートア
  ップへの再投資分の取得価額から控除可能(投資時には、上場株式等の
  譲渡所得からスタートアップ株式の取得価額を控除している)。
 ・対象は、a)設立10年以内+ファンド又はクラファンからの出資の場
  合、またはb)設立5年未満+営業赤字+税務上の試験研究費÷出資額
  ≧30%等の場合。
 ・b)については、特定グループからの出資比率が5/6以内→19/20以内
  に緩和する。
 ➂上記b)に該当する会社の株式の譲渡取得についての緩和(同)
 ・対象会社の株主グループの要件を➁b)と同様とする。
(解説)
 スタートアップ、特にシード~アーリーステージの企業については、製品・サービスが固まらず(当然PMFも見えず)、スケーラビリティも分からない段階で、融資もVCからの出資の可能性も低いのが一般的です。この段階ではエンジェル投資家による出資が成長の起爆剤になることが少なくありません。今回の措置は、スタートアップの「設立時」の株式取得に焦点を当てて、上場株式の譲渡益を再投資する場合の非課税措置を設けたほか、既存のエンジェル税制における対象企業の株主構成の緩和を行ったものです。
 なお、①はエンジェル税制と似ていて紛らわしいですが、エンジェル税制と選択適用可能な新設の手続きです。そして、株式の譲渡時の取り扱いが素人には分かりにくいですが、要は、改正前は、取得したスタートアップ株式の譲渡時に、取得価額=払込額-上場株式等の譲渡所得となっていたのが、改正によって取得価額=払込額ー(上場株式等の譲渡所得-20億円)となり、取得価額をその分圧縮できるようになった、という理解です。

(2)エンジェル税制の手続簡素化

(結果)
 ・以下の書類の提出を不要とする。
  ①設立日の貸借対照表
  ②確定申告書別表(1)
  ③法人事業概況説明書
  ④株式の発行を決議した書類
  ⑤個人が取得した株式についての株式申込証または総数引受契約書
 ・以下を簡素化する。
  ⑥確認申請書
  ⑦設立後の各事業年度におけるキャッシュフロー計算書
(解説)
 エンジェル税制は、スタートアップに投資してくれようとするエンジェル投資家のインセンティブとなる制度ですが、その準備対応のためには、投資対象であるスタートアップ自身から貰わないといけない書類が多くあります。結局のところ、スタートアップ自身に事務対応のお鉢が回ってくるわけです。税務なのでしかたない面もありますが、「投資したことを証する」にはあまり重要性が高くないものも含まれるのでは?という指摘もありました。今回の措置はこうした事務負担によるハードルを少しでも下げようという趣旨です。

(3)オープンイノベーション促進税制の拡充

(結果)
  国内対象法人が、スタートアップの株式を取得する場合、新規発行株式
 に加えてM&Aによる取得も対象とする。具体的には以下のとおり。
 ・対象株式:総株主の議決権の50%超を取得する場合
 ・所得控除上限額:50億円/件
 ・取得額換算:200億円/件
 ・株式取得下限額:大企業1億円・中小1千万円→5億円/件
 ・5年以内に成長投資または事業投資の要件が未達の場合は所得控除を益
  金算入する(※成長投資は主にR&Dや設備投資に関する額と成長率の数
  値基準、事業成長は売上高・同成長率の数値基準。それぞれスタートア
  ップの成長ステージに応じて、売上高成長類型・成長投資類型・研究特
  価型類型でクリアすべき目標値が定められている)。

(解説)
  オープンイノベーション税制は、大企業が自社内のリソースで事業完結させるのではなく、広くスタートアップと協業しつつ事業拡張する際に、スタートアップの株式取得額の一部を課税所得から控除できることで、オープンイノベーションを後押しする、という制度である。
 現行法制では、「新規発行株式を取得するとき、上限25億円まで」という制限付きとなっていますが、これをM&Aによる株式取得の場合にも拡張したのが今回の措置です。スタートアップの出口戦略は、日本では従来からIPO偏重となっていますが、海外、特に米国などではM&Aが出口の主体となっています。様々な種類・規模の出口戦略が可能となることで、オープンイノベーションと投資の両立が計りやすくなっているわけですね。日本でもこうした大企業によるスタートアップのM&Aの動きをさらに促進しようというのが制度拡充の狙いです。
 「オープンイノベーション」の要件面も、現行では設立年数や大企業の出資比率、オープンイノベーションに向けた取組みがあること、などいくつか項目がありますが、今回の拡充に際してスタートアップの現場により即した形で明確化されています。スタートアップの成長ステージ毎に、成長投資・事業投資の2面から定量的基準を設けて、投資されるスタートアップにも、投資する大企業側にも高い緊張感、高いコミットメントが要求される仕組みになっているからです。
 オープンイノベーション税制は、次項のパーシャルスピンオフ税制とコインの表裏をなすものであり、大企業⇔スタートアップの協業を税制面からサポートすることが期待されます。

(4)パーシャルスピンオフ税制

(結果)
 大企業発のスタートアップ創出や事業ポートフォリオ再編を促進するため、「パーシャルスピンオフ税制」を創設する(※2024年度末までの時限措置)。具体的には以下のとおり。
 ①スピンオフ元はスピンオフした会社の持株比率20%未満
 ②スピンオフ元は産業競争力強化法上の事業再編計画の認定を受ける
 ③スピンオフした会社の従業員のおおむね90%以上が承継した業務に従事
 ④スピンオフした会社の役員に対してストック・オプション付与
 ⑤スピンオフした会社の株式はスピンオフ元の株主に現物配当。スピンオ
  フ元の譲渡益、株主が受け取った現物配当へは非課税(要件あり)

(解説)
  経済活性化のためには、単にスタートアップを増やすだけに留まらず、大企業による成長も重要です。大企業は複数の事業部門や事業ポートフォリオを持ち、新規事業のタネも多数抱えている場合が少なくありませんが、組織が大きいことや既存事業との兼ね合いなどから、必ずしも機動的・柔軟に事業の入れ替えや新規事業の迅速な展開ができるわけではありません。
 今回の措置では、大企業からの事業切り出し(スピンオフ)に際して、スピンオフ元の株主と会社自身を一定の条件の下で非課税とすることにより、こうした目的を果たすのが狙いです。
 これは私見ですが、この数年ほど、かなりの数の大企業でCVCやスタートアップ投資・連携部門が強化されてきており、スピード感、事業開発・経営ノウハウや人的なエコシステム形成などの感覚や実務が蓄積されつつあると思います。もう数年すると、スタートアップへの一方的な投資だけでなく、自社の事業をスピンアウトさせ、そこに積極的に若手・中堅を活用していく(独立を支援する)、という流れも出るのではないでしょうか?

(5)国外転出時課税制度の納税猶予など

(結果)
 国外転出時課税制度の課税対象株式について、株券に対する質権設定に加えて、株券不発行会社でも担保提供を可能とする。
(解説)
 スタートアップの役員・従業員等が海外進出のため渡航する際に、1億円以上のスタートアップ株式等を保有していると国外転出時移転課税制度の対象となり課税されます。多額の金融資産や有望事業を保有したまま海外に居を移すことを水際で抑制する仕組みです。納税猶予を適用してもらうには保有株式を担保提供することとなりますが、現行制度では株券の発行が必要と解されています。一方、いまどき大抵のスタートアップは株券不発行会社ですから、会社運営と税務対応が不整合になっていました。今回の規制緩和により、株券なしでも質権設定による担保提供が可能となり、スタートアップの海外進出の障害が一つ減りました。

(6)暗号資産の保有に係る期末時価評価課税

(結果)
 法人が事業年度末において保有する暗号資産について、時価評価するにより損益を計上するおのの範囲から以下を除外する。
 ①自己が発行した暗号資産で、発行時から継続保有するもの
 ②発行時から継続して以下の譲渡制限措置が行われているもの
  イ)他の者に移転することができないようにする技術的措置
  ロ)一定の要件を満たす信託の信託財産としていること

(解説)
 ブロックチェーンを利用した暗号資産は、Web3などの先端技術分野で用いられるとともに、アート等の権利証明や所有権移転手段として活発に用いられています。そして、これら分野のスタートアップの多くがそうしたサービスのための暗号資産を発行・保有したり、自社が発行した暗号資産を開発代金として支払に用いる・コミュニティ形成手段としてファンや投資家に配布する、といったことが行われています。しかし現在の制度では、法人が期末に保有する暗号資産は、保有の経緯が何であれ時価評価してその評価損益を計上し、評価益に対して課税されることとなっています。スタートアップにとっては事業の萌芽段階で未実現利益に係る多額の納税を日本円で行うことは実質不可能であり、結果としてこの分野のスタートアップや起業家が国内での事業をあきらめ、海外に流出する例が後を絶たないと言われています。本件の除外措置はこうした流れを是正し、暗号資産関連スタートアップの国内回帰を促す狙いがあります。なお、時価評価が除外されるのは、上記の趣旨から「発行時からまったく譲渡がない部分」だけであり、自己発行で継続保有しているものと、発行時から技術的に譲渡制限がかかっており、かつ財産的裏付けが確保されている(信託財産)もの、に限定されています。

9.まとめと展望

 1~8の大項目に分けた整理、いかがだったでしょうか。育成計画をチラ見したことがあっても、各項目の前提知識や経緯、直近の状況まで含めて理解するのはなかなか大変なのではないでしょうか(僕も骨が折れました💦)。その意味で多少とも皆さまの頭の整理に役立ったら幸いです(量も範囲も多いので、間違いとか「ここはさらにこう変わってるよ」などあれば教えてください)。
 「スタートアップ育成5か年計画」は、非常に広範な領域にわたって、現在の実務で改善急務な点と、中長期で日本の成長を見据えた施策の両方をカバーしており、深掘りして読むと非常に示唆に富んでいます。政府当局の取りまとめの努力には頭が下がりますね。5か年のうちには、スタートアップファイナンス界には以下のような潮流は本格化してくると思います。
 ・IPO銘柄の規模・質が向上
 ・IPO、M&A、非上場のままでの成長が大きな選択肢として並列する
 ・非上場株式のセカンダリ―市場の成長
 ・ベンチャーデットの広がり
 ・株式報酬の多様化、使い勝手の向上
 ・Web3回りの調達手段が国内でも使えるようになる

楽しみ過ぎますね!しかしこれらの予想を実際に試行錯誤して使い、真にスタートアップ(を含むビジネス界全体)を盛り上げていくのは、スタートアップ自身とそこに絡むわれわれ現場です。いっしょに汗をかいて頑張って参りましょう!

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