八日目の蝉

買い物から帰ると家の駐車場のところに
小学校低学年くらいの男の子が立っていた。
バックで車を駐車場に入れようとすると
よけてくれたが立ち去る様子はない。
私が車を停めるのを待っているようだった。

エンジンを切って車を降りる。
「こんにちは。暑いね」
と声をかけると
「ほら」とアスファルトの地面の方を指差した。
「さっき飛んできて落ちた」
蝉が仰向けに転がっていた。
「しょうがないんだよ」
男の子が教えてくれた。
「蝉はずーっと土の中にいてね、
出てきたら一週間しか生きられないんだよ」

私は何と答えるのが正解なのかわからず
「そっか」とだけ言い、蝉をゆっくりと掴んだ。
虫が本当に苦手な私だが、
そうしなければいけないような気がした。

蝉はもう抵抗することも鳴くこともなく
私の右手の中でじっとしていた。

昔読んだ本の
角田光代氏の「八日目の蝉」を思い出していた。

もし今日が八日目だとしたら、
七日で死んでいった仲間たちが見られなかったものを
この蝉は見られたのだろうか。

芝生の上にそっと蝉を寝かせた。
「ここならフカフカだし気持ちいいかも」
男の子が嬉しそうに言った。
小さな背中を丸めて、じっと蝉を見守っている。

かすかに足が動いている。
八日目の蝉の目に、
横たわって見るこの世界は
どう映っているのだろうか。


2023年8月18日 金曜日


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