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Arkki 環境と人をつなぐ触媒としての建築教育_【教育視察レポート⑥】2019年/Finland編

Arkki(アルキ)は、フィンランドの首都ヘルシンキに本部を置く非営利の教育機関です。放課後教室やワークショップイベントなどの建築を通した学びの場を4歳から19歳という幅広い年齢層向けに提供しています。

日本はもちろん世界にも類を見ないその建築教育のカリキュラムについて知りたくて、2019年9月25日の午後、Arkkiを訪問しました!

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ヘルシンキおよび近郊のエスポー、バンター地域に5拠点を持つArkkiの本部は、かつてのケーブル工場をリノベーションした複合施設の5階にあります。(Arkkiもそうですが、視察が多いフィンランドの教育機関ではちゃんとした見学用プログラムが用意されていることが多いです。)

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Arkkiの施設内。ガラスで3つに仕切られた教室はアトリエのような雰囲気。ペンや工具、素材などは子どもたちが手の届く高さの棚やワゴンに、制作途中と思われる作品はもう一段高い位置に置かれていました。

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大きな画材などは一角に集められ、絵の具の大きなボトルなどを収納する備品室のようなスペースもすぐ横にあります。

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週に延べ700人ほどが通っているわりにはコンパクトな印象。一見ごちゃごちゃしているようで実は合理的に整備されていて、見学させてもらった授業中も、子どもたちが使いやすそうでした。

子どもの撮影NGのため授業中の写真はありませんが、訪問した時のクラスは2つ。(もう1つは外に出て活動していたようです。)

【7〜9歳クラス】
卓上サイズのコンテナハウス模型の製作。前週に、港にあるコンテナの写真やコンテナハウスの事例などを学習したようで、子どもたちは自分で考えたコンテナハウスを作っていました。おしゃべりしながらも手は止めずに、マイペースに集中している様子でした。

【4〜6歳の親子クラス】
公園や森で拾ってきた素材を使って、自然の一部を再現するオブジェ作りに親子で取り組んでいました。大人と子どもの作業のバランスは親子によって様々。担当のベテランの先生はアメリカの先住民のティーピーの話なども混ぜ込み、子どもだけでなく親の教育にもなっているように感じました。

なお、Arkkiの教師陣はすべて建築士(フィンランドでは建築の修士号を取ることで建築士となる)。常勤講師は一部で、建築事務所に勤務しながらの非常勤が多いそうです。実社会と繋がる学びをつくる上で、重要なポイントであると思いました。

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Head Teacher/Product CoordinatorのJere先生のプレゼンと丁寧に質問に答えてくれた内容を、以下ご紹介します。
※訪問に同行してくれたフィンランド在住(当時)の友人・塩野明子さん作成のレポートをもとにしています。

ちなみにJere先生は、大学在学中に興味があってインターンのような形でArkkiで働き、そのまま常勤講師として就職したのだそう。

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● Arkkiの創設は1993年。Tuuli Tiitola Meskanen, Miina Vuorinen, Pihla Meskanenの3人の建築家が開いた放課後クラブが始まりです。この頃、フィンランドは教育改革を進めており、Tuuli自身、政府の委員として改革に参画し、建築を義務教育学課程の芸術分野の科目として取り入れることに一役買っています。

●フィンランドの国家教育委員会は、義務教育の目的を“人間性(humanity)、倫理的に責任ある市民(ethically responsible citizenship)に向けた生徒の成長をサポートすること、生きる上で必要な知識と技能を与えること”と定めていて、このために具体的に身につけるべきものとして7つの横断的な能力を上げています。(写真はプレゼン資料)

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●国のカリキュラムで芸術系の科目は音楽、ダンス、演劇などの「舞台芸術(performing arts)」と、絵画、建築などの「視覚芸術(visual arts)」があり、義務教育の9年間で計500時間の一般教育が行われます。さらに、課外活動として1300時間に及ぶ拡張教育(extended education)が用意されています。

●芸術科目のシラバスの中で、建築は人間が生きる環境をデザインし実現していく過程における定性的な概念として位置付けられ、美学、機能性や効能、技術、そして生態学を集結したものと捉えられています。また技術的、数学的、社会問題との関連性も重視されています。

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●Arkkiの目的は建築のノウハウを習得させることでも建築家を育てることでもなく、建築を学ぶことで自分を取り巻く環境に関して積極的且つ情緒的な繋がりを形成すること、環境をよく観察しその良し悪しを判断できる目を養うこと、を目的としています。

●建築は人間性と科学の橋渡し役を担う芸術の一種であり、STEAM教育の要素を束ねるものとして無限の可能性を秘めていると位置付けています。

●学習の柱はPlay→Create→Succeedの循環。まず探究するために基礎となる知識や素材を提供し、楽しく遊ぶ《Play》。次に、建築において一つの正解があるのではなく等しく正しい可能性のある解が複数存在するため、いくつでも創造できる《Create》。そして一つ一つの課題を成功体験で締めくくる《Succeed》。

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●放課後の建築教室のほか、シンボリックなプログラムでもあるHut Building Campや、実際の都市再開発に関わるプロジェクトなどもあります。コースには、ファッション、アニメーション、プロダクトデザインなど建築とは一見異なる多様なテーマがあり、すべて「Play → Create → Succeed」の理念が応用されます。

●制作する過程での学びに重きを置いているためArkkiに評価はありません。Learning by Succeedingという教育理念のもと、成功とそれに伴うポジティブな感情(何かを成し遂げた、良い作品ができた、という喜びや達成感)こそが次の学びにつながるとしています。

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まず、非営利で公的資金が入っているとはいえアフタースクールが国の教育方針やカリキュラムとしっかり繋がっていることに正直驚きました。

『先生の学校』主催の教育視察ツアーに絡めて訪問したArkkiでしたが、フィンランドの教育について学びながらのタイミングで話を聞けたことで理解を深めることができたと思います。

それは同時に、「自立した市民を育てる」「well-beingのため」という教育の理念を共有すること無しにArkkiは成し得ないと気付くことでもありました。

実際、建築教育のカリキュラムや教師育成ノウハウをライセンス化して海外展開しているArkki International(営利組織)でも、事業展開の難しさはそこにあるとJere先生が仰っていました。

もしカリキュラムだけ日本に持ってきたり仕組みだけ輸入しても、おそらく同じ環境や成果は実現できない(期待すべきでない)と感じました。

フィンランドの人たちが自国のデザインや文化に誇りを持っているように、日本の建築には世界に誇れる歴史や技術があります。Arkkiの理念や27年間で培ってきた取り組みを参考にしながら「日本ならでは」のアプローチを創っていきたい、今はそう思っています。

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【フィンランド教育視察ツアー2019のその他レポートもぜひご覧ください】

フィンランド教育視察レポート①「森と湖の国へ」
フィンランド教育視察レポート②「市民に愛される図書館 Oodi」
フィンランド教育視察レポート③「保育園〜小中学校〜高校見学」
フィンランド教育視察レポート④「職業学校 OMNIA」
フィンランド教育視察レポート⑤「教員養成プログラムと学校環境」





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