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虐待の「通報」は「(緊急)支援要請」に代えましょう。

フェイスブックとXで、

「虐待の通報っていう言葉を変えて欲しい。親子への支援要請でしょう?」「虐待の通報っていう言葉を変えて欲しい。支援要請でしょう?」

と書いたら、多くの人が読んでくださったので、note にも書いておきます。

虐待を疑ったときは、通報するのではなく、支援要請するのだと捉えるようにしたら、地域の人たちも、通報される方も、行政や警察の人たちも、意識が変わるのではないでしょうか。

現在は、通報・相談、連絡、対応という言葉で書かれているのですよね。


私の投稿を読んで、『叱る依存が止まらない』の著者で臨床心理士の村中直人さんも、虐待の緊急支援要請、というふうに書いて、賛同して下さいました。

虐待なので、いつでも緊急、です。
だから、虐待の通報に当たる場合は、確かに、緊急をつけるといいなあと思いました。

一方、もし、そうでなくて、
1)この家族、ちょっと大丈夫かなあ、と思って、
2)でも、自分では直接支援ができない、という場合
   ←これ、結構重要なポイント。
    可能なら近所の人が支えるのがいいから。
    でも、そういう地域の人間関係がなくなっているのが今の時代。
3)信頼できる子育て支援の場などに連絡して、相談して、対応を検討する
4)その上で、緊急性に応じて児童相談所へ。

ということになるのだろうと思います。

ただ、児相に相談しても、児相が忙しすぎたり、より重大案件があったり、対応の力がなかったりする場合もあって、そうすると、現実的には十分な対応をしてもらえないこともあります。

むしろ悪化するというアンケート結果もあります。

掛ける側もためらいますよね。


子ども家庭庁が、地方自治体と一緒に、潜在的な虐待を洗い出そうという事業(←デジタル庁からの移行)を始めているのですが、もし虐待を見つけても、対応、というか、適切な支援ができなければ、逆効果になりかねません。

かたつむりを突っついたら、引っ込んじゃう、みたいなこと・・・親に注意喚起をしただけで、支援がなされず、子どもが死んでしまった事例・・・もこれまでに少なからず起きています。

虐待対応はとても難しいので、通報(緊急支援要請)がうまく支援につながるかというと、現時点ではそうも言いきれないのです。それがなんとなくわかるから、みんなためらってしまって、対応が遅くなるという面もあると思います。

そのためにも、まず手始めに「通報」という「悪い人を警察に突き出す」ための言葉を変えて、みんなでどうやったらこの虐待をなくして親子が幸せに暮らせるように手伝えるか、と考える方向に意識を変える必要があるのではないでしょうか。

もちろん「通報」しなければならないレベルの生死にかかわる事例があることは承知しています。それにしても、必要なのは「緊急介入」なんですよね。そして、もっと早い時点で子育ての「支援」が必要だった親なんです。
加害者と呼ばれ、通報されるのは、子育てがどんなことなのかを「知らない」「わからない」、自分もひどい扱いを受けてきた人たちなのだから。

だから、ぜひ、厚生労働省、子ども家庭庁には、通報、という言葉を変えてほしいと思います。


※ さて、先日、大阪釜ヶ崎にある「こどもの里」をお昼から訪問して、荘保共子さんにお会いして、夕方までがっつりお話を聞いてきました。

夕方から、監督の重江良樹さん、西成プレーパークのMotoko Negishi Minamiさんも合流♪ 

荘保さんにいろいろお話をうかがう中で、

  一時保護はむしろ社会による虐待じゃないかと思う

という言葉が印象的でした。

一時保護とは、「加害する可能性のある親から被害を受ける子どもを保護するために安全に別の場所に住まわせて、親から引き離す」対応なのですけれど、

そうすると、子どもは、親ばかりでなく、慣れ親しんだ土地や友達からも、引き離されて、新しい場所で暮らさなければなりません。ただでさえ、リソースの少ない子どもをそうすることがいいことなのかどうか。

子どもの環境はできるだけそのままにして、その地域から引き離すべきは加害者の親の方ではないか、ということです。

本当にそうだなあと思います(現状ではそれが難しいことだというのはわかりますけれど、でも、本来はこちらが正論ですし、その方向に向けての検討がなされてしかるべきと思います)。

いろいろと変えていくとよくなることがあると思います。
発想の転換が必要だと思います。
皆で議論して、できるところから、気がついたところから、アクションを。


#虐待 #通告 #支援要請 #子育て #社会的マルトリートメント
#マルトリートメント #一般社団法人ジェイス








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