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侠客鬼瓦興業 第50話「お慶さんとピンクのスイートピー」

「はい、お待ちどお様でした」

お慶さんは微笑みながら、僕達が座るカウンターテーブルに沢山のご馳走を用意してくれたあと、冷えたビールの蓋をあけると、高倉さんの前にそっと差し出した。
「高倉さん、ご無沙汰しちゃってすいません、はいどうぞ」
「おう、ありがとう、お慶ちゃん」
「はーい、銀ちゃんも久しぶり」
「すんません、いただきます」
高倉さんと銀二さんは、お慶さんからビールをついでもらっていた。

「君たちは、ご飯だよね」
お慶さんはご飯を山盛りによそうと
「おかわり、沢山してね」
まるでお祭りの時の鬼のような形相とは正反対の、優しい顔で僕達に大盛りご飯を出してくれた。

「吉宗と鉄は未成年だからな、酒は駄目だ酒は・・・、かわりにたらふく食えよ」
「それじゃ、若頭、乾杯っす」
「おう、乾杯~!」
カチン
高倉さんと銀二さんはピンクに火照った笑顔で乾杯をすると、もっていたビールをきゅーっと一気に飲み干した。

「ぷはーうめえ、風呂上りのビールはやっぱ最高だなー、銀二」
「いやー、うまいっすねー」

「ふふ、あいかわらず、いい飲みっぷりですね、お二人とも」
お慶さんは笑いながら二人の空いたコップにビールを注ぎいれた。

「いいなー、若頭と銀二兄い・・・」
鉄がご飯をほおばりながらうらやましそうに、つぶやいていた。

僕はそんなみんなを横目に、お慶さんが出してくれた、ご馳走を口にした。

「お、おいしい~」
遅くまで仕事をしたうえ、ソープランドでのドタバタ騒動、お腹がぺこぺこだった僕は、それから夢中でお慶さんのご馳走をほおばり始めた。

「おいしい~、おいしすぎる~」
ガツガツ、ムシャムシャ

「よっぽどお腹がすいてたのね、はいお茶碗出して、おかわりどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お慶さんは僕の手からお茶碗を受け取ると、なれた手つきでご飯をよそい、そっと僕にさしだしてくれた。

「はい、どうぞ、泣き虫お兄さん」
「えっ?泣き虫って」
「だって、あまりにもすごい泣き方だったから、頭に焼き付いちゃってるのよ、君のあの時の顔」
お慶さんの言葉に、僕は顔を真っ赤にしながらうつむいた。

「でも、さっきはごめんね、君にもあんなひどいこと言っちゃってさ、何しろ気が動転してたものだからさ」
「あ、いや、僕こそ生意気なこと言ってしまって、す、すいません」
「ううん・・・、君の言ってたことは正しいよ、あれから考えさせられちゃったわ私も」

お慶さんは恥ずかしそうに微笑んだあと、高倉さんと銀二さんのもとへ戻ってビールをお酌していた。

(これが、あの時の恐かったユキちゃんのお母さんだなんて信じられない、こんなに暖かい笑顔で本当はとても優しい人だったんだ・・・)

僕はお慶さんのことを真剣に見つめた。

(でも、こんなに優しい人が、あんなに鬼のようになってしまうなんて・・・、いったいお慶さんと追島さんの間には、何があったんだろう)

「いやー料理の腕、やっぱり落ちてねーなお慶ちゃん、うますぎだよ」
「えー、そですか?高倉さん」
「まじ、うまいっすよ、でも自分、お慶さんの手料理また食えるなんて夢にも思ってなかったすよ」
「そうだね、銀ちゃん」
お慶さんは懐かしそうに微笑んでいた。

「そうだ、銀ちゃん、鬼瓦の親父さんと姐さんは元気?」
「ええ、元気元気、親父さんなんて、あいかわらずパワーもりもりですよ、ははは」
「へえ~良かった、本当にお世話になっちゃったから、ご挨拶に伺いたいんだけどね、なかなかね~」
「しかたねーよな、お慶ちゃんもいろいろあった訳だしな」
高倉さんはグラスを置くと、難しい顔で腕組みをした。

「ちょっとちょっと、そんな顔しないで楽しく飲んでくださいよ」
「おう、そうだな、ははは」
「そうですよ、若頭、今日は楽しい感想会なんすから」
銀二さんの言葉にお慶さんがいたずらな顔で
「ねえねえ銀ちゃん、感想会って何の感想会よ?」

「え?あ、いや、あの、あっ!映画です、そう映画感想会です」
「映画ー?ぷーー!」
お慶さんは銀二さんの苦し紛れのことばに、顔を真っ赤にして笑い出した。

「まあ、映画って事にしておいてあげるわね」
お慶さんは笑いながら、銀二さんにビールをお酌したあとカウンターに置かれたスイートピーの花束に目をうつし
「あー、いけない、お花うっかりしてた」
慌てて、花束を包み紙から取り出すと、可愛い白い花瓶に生け始めた。

「それ、もしかして、お慶ちゃんのコレからかい?」
高倉さんは笑顔で親指を突き上げた。

「え? たぶん、そうです」
お慶さんは綺麗に飾ったスイートピーをカウンターに置きながら、幸せそうに微笑んだ。

「そうかー、お慶さんくらいの人に男がいねーわきゃ、ないっすよね」
お慶さんは銀二さんの言葉にしばらく、考えた後、恥ずかしそうに口をひらいた。

「実はね、私、婚約したんだ・・・」

「えっ!?」 
僕はその言葉に思わず箸をくわえたまま固まり、お祭りで見た追島さんとユキちゃんの涙の抱擁を思い出してしまった。

「そ、そんな・・・、婚約だなんて、それじゃユキちゃんは!?」

「バカ!吉宗!!」
慌てて立ち上がった僕を、銀二さんが恐い顔でにらみつけた。

「あ!す、すいません・・・」
僕はしかたなく静かに席についた。

お慶さんはそんな僕に優しく微笑みながら静かに頭をさげた。

「ありがとう、ユキのこと心配してくれて、でもね、ユキも良く知っている方なんだ、だから大丈夫よ」
「ユキちゃんも、ですか・・・」
僕は、なぜか悲しく切ない気持ちになりながらうつむいた。

「ねえねえ、もう大声で泣き出したりしないでよ、お兄さん」

「えー!?」

「そうだぞ、吉宗、まーた、婚約はだめれすらー、なんて言うんじゃねーぞ、おい」
僕とお慶さんの様子を見ていた銀二さんが、笑いながら突っ込んできた。

「えー?、れすらー、なんて言ってませんよ僕」
「言ってないって、何いっちゃってんのお前?」
「うん、確かに言いました、れすら~って」
「そ、そんな~、言ってませんって」

その時、カランカラン・・・
僕達の後ろのドアが音を立てて開くと、一人のスーツ姿のお客が大きな紙袋をかかえて入ってきた。

「いらっしゃいませー、あっ!?」
お慶さんがそう言いながら、嬉しそうに頬をそめたのを僕は目撃してしまった。

「慶子さん、開店おめでとう~」
スーツの男は笑顔で話しながら、僕のとなりのカウンター席に腰を下ろした。僕は、直感的に隣の男が、お慶さんの婚約者と気がついて、そーっとその客の顔を横目で覗き込んだ。

ビシッと決まったスーツ姿に整った髪、痩せ型で30代後半と思われるその男は、優しそうな笑顔でお慶さんを見つめていた。

「研二さん、何を飲まれます?」

「じゃあ、ワインを、グラスは二つね、慶子さん」

お慶さんは頬を赤くしながら、上品なワイングラスと、ボトルワインをカウンターに用意すると
「研二さん、どうぞ」
嬉しそうに、研二という男のグラスにワインを注いだ。
そして研二という男は、お慶さんの持っていたワインボトルを受け取ると、もう1つのグラスに注ぎはじめた。
「さあ慶子さん、乾杯しよう」

僕はそんな二人の様子を真剣に見ていた・・・
 
「ん?」 

「あの君、僕の顔に何か?」
突然、隣の研二という男が僕に声をかけてきた。

「あ、いや、何でもないです」

「そうそう、研二さん紹介するわ、昔、私がお世話になった方々なの」
お慶さんはそう言いながら、慌てて、カウンターで飲んでいる、高倉さんと銀二さん、それに僕達を紹介した。

「あー、そうだったんですが、はじめまして、沢村です」
研二という男は、そう挨拶をしながら、ガラの悪い高倉さんたちに一瞬戸惑いの顔を見せた。

「あの、高倉さん、実はこの沢村さんが先ほどお話した」

「お~、この人がお慶ちゃんの、始めまして高倉です」
高倉さんはカウンター越しに渋い笑顔で、お慶さんの婚約者、沢村研二に、軽く頭を下げた。

「山崎銀二です」
「鉄です」
「あ、は、はじめまして」
研二は高倉さんに続いて、銀二さん、更に不気味顔関東一の鉄に挨拶を受け、さすがに動揺した様子だった。

やがて研二の顔が僕の前で止まった。
僕は、ユキちゃんと追島さんのことを思うと、どうしても気持ちの良い挨拶をすることが出来なかった。そんな僕に研二が作り笑いを浮かべ挨拶をしてきた。

「沢村です、よろしく」

「あ、一条です」
僕はぶっきらぼうにそう返事を返すと、研二から顔を背けて目の前のおしんこをほおばった。

「研二さん、これ、研二さんでしょ?ありがとう」
お慶さんが恥ずかしそうにスイートピーの花束をかかえあげた。

「え?」

「あれ、研二さんじゃなかったんですか?」
研二の反応にお慶さんはきょとんとした顔で首をかしげた。

研二はスイートピーの小さな花束を見て
「ふん」と鼻で笑うと
「君の晴れの門出だよ、僕がそんなもの贈るわけないじゃないか」
そう言いながら手にしていた紙袋の中から、真っ赤な大きなバラの花束を取り出した。

「慶子さん開店おめでとう、コレが僕からのプレゼントだよ」

「うわー!すごい研二さん、高かったでしょ、こんなに」
お慶さんは研二が差し出したバラの花束を嬉しそうに受け取った。

「中に手紙入ってるから、後で、ね!」
研二はそう言いながら、まるで僕達を邪魔者といった表情でチラッと見た。

(うっ!)

高倉さんと銀二さんはお風呂の感想会で夢中になっていて気がつかなかったが、僕はその一瞬見せた研二という男の目に、背筋が凍るような寒い何かを感じた。

(この男、僕、嫌いかも知れない・・・!)

僕は、直感的にそんなことを考えながら、研二という男を横目で睨んでいた。

そして、その研二の先には、誰が贈ったのか、謎を含んだピンクのスイートピーの花束が、優しくひっそりと咲いていたのだった・・・。

つづく 

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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