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短篇小説

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それ以外すべて

 その日、ひとりの作家が死んだ。三十四歳だった。「唯ぼんやりとした不安」のなか服毒自殺した作家だって三十五歳だったのに。当時の私は毎朝起きると、バナナ一本だけ食べて、歯も磨かずにFM局の景品の万歩計をジャージーに差し込んでは出かけた。町内をぐるっと途中工場内のカフェで休憩を取りながら、ウォーキングをこなしていた。彼と同じ三十四歳だった。その日は、よく晴れた風が強い金曜日で、日本と韓国が昼から対戦し

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衝突

「もっと明るく」
 ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 
              (高橋義孝訳)

 Ⅰ   

 一九九八年四月のある日、彼は寝不足のままロフトから降りた。備えつけの冷蔵庫には麦茶しか入っていないので、当然のようにサンダルを履いて、駅前まで川沿いを歩いて食べに出かけた。気分は最悪だった。さいきんの外食ばかりの下宿浪人生活は、初めは楽ちんだったが、そのうちあまりにも非効率

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天使の写真(抄)

 1

 僕は鋭く尖った小石を、あたう限りの力で女に投げつけた。憐れみをかけることもなく頭に命中したその投石は、首をガクリと傾げた女になんの反応も起こさなかった。僕はがっかりして、用意していた数個の小石を地面に落とした。野良犬が、動かなくなった女に何度か吠えた。
 町はずれの処刑場の参加者たちは、とっくに興味を失って誰もいなくなっていた。行刑官が囲いの中に入って、壁から鎖で垂れ下がった手枷を外し、

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