【民俗学漫談】炭素原子
ネットワークについてです
ネットワークは、何かと何かを結ぶものなんですが、AとBを結ぶ。
これでは、いわゆるホットラインであって、ネットワークとは呼びません。
では、AとBとCを結んでみる。
AとB、BとC、CとA。
これでネットワークになったんでしょうか。
まあ、ネットワークと呼べないことはないんですが、なんか、遠回りしている気がします。
これに、DやEが加わると、結びつける線が無駄に増えて混線しそうです。
そこで、ふつう、ネットワークには、「ハブ」を設けます。
「ハブ」は中心、中枢の事です。
第一の意味は、車輪のこしきの事です。
「こしき」っていうのは、車輪の中心、そこを中心に回転する部分のことです。
自転車の車輪の方がイメージしやすいかと思いますが、あれがハブです。
で、ネットワークにおいては、ハブを設置して、そこを介して各ノードを結ぶ。
ノードっていうのは、さっき言った、AとかBとかのことです。
ハブをいくつか置いて、ノードを結ぶ。それを眺めると網の目のようになっているから、ネットワークと呼ぶことにしました。
社会のネットワーク
今、言っているのは、電子ネットワークのことですが、近ごろは、脳の構造も人間社会の構造も、ネットワークとして示すようになりました。
まあ、分かりやすいものに、たとえたがりますからね。人間の習性ですね。
そこで、人間社会をネットワークでたとえて見ます。
個々の人間がノードですね。
ノードとノードが社会的な関わり合いをするにつれ、ネットワークが広がってゆきます。
知り合いが増えるたびに、新たなリンクができます。
逆もあります、仕事をやめたりして、組織から抜けると、それまでかかわっていた人たちと、ほとんどかかわらなくなる事もあります。
人間社会がネットワークなら、当然ハブがあります。
これも人です。
いますよね。交際関係が広くて、付き合いがよくて、知り合いが普通の人の十倍も百倍もいる人が。
知り合いが多いということは、入ってくる情報が多いということです。
人間は、昔から情報を求めてきました。生きるのに必要な情報を、です。
そこで、今でも、とりあえず情報は欲しがる習性があります。
知り合いが多い人は、人間の社会で、ハブのような役割をするようになります。
その人を介せば、目的の情報、人にたやすく行けますからね。皆、利用するわけです。
皆、その人に近付くから、ますます、その人のハブの役割は増してゆく。
さらに、すでに存在しているネットワークとネットワークがハブで結ばれる。
ジャンルの違う人と人とを結びつけるのも、ハブなんです。
何であれ、一つの物が売れたり、流行ったり、利用されたりするのは、ネットワーク型社会の自然現象のようなものなんです。
そのままにしておけば、ハブに集中します。
その反面、既存ネットワークへのリンクが薄れてゆく人も増えてゆきます。
現代の問題は、情報リテラシーのあるなしじゃなかったんですよねえ。
たやすく情報が、大量に手に入るがゆえに、一斉に一つの物へと向かうという、自由民主主義ならぬ、全体民主主義へと向かっています。
全体としては、自由を失っているんですよ。制度が。
コンマ数パーセントの者が経済的利益を抱え込む。
現代は、経済社会ですから、わざわざ「経済的」と断る必要はありませんね。
その他大勢、9割以上の人びとは、他の人びとと同じこと、同じ手続きをしないと生きてゆけなくなってしまっているんです。
働き方、人との付き合い方、生活の仕方、情報の得方、人生の「作り方」まで。
これは、全体主義社会ですよ。
脳の構造
で、今回は、そういう批評的なことを言いたかったんじゃないんです。
脳の構造もネットワークで表されています。
使う部分はネットワークが形成されて、使わなければ、衰えてゆきます。
で、脳の話をしたいんじゃないんですよ。
炭素原子の話
何の話をしたかったかというと、原子です。
しかも、炭素原子です。
物質には無機物と有機物があります。
無機化合物と有機化合物と言った方がいいかもしれません。
有機化合物は、炭素原子が入った化合物のことで、生物は、これでできています。
無機化合物は、有機化合物以外の化合物です。
分かりやすい定義ですね!
で、数から言うと、有機化合物が圧倒的に多い。
詳しくは知りませんが、1000倍は差があります。
有機化合物は数千万種類ありますから。無機は数万種類だった気がします。
そう言うと、有機化合物を構成する原子は、さぞかし種類が多いんだろうなあ、と思いきや、炭素、窒素、酸素、水素などを主なものとして、10種類ちょっとでほとんど作っているんじゃないんでしょうか。
何ゆえ、そんなに数少ないもので多くのバリエーションができるのか。
ポイントは、炭素原子にあります。
炭素原子は、他の原子と結合しやすいんですよ。
原子と原子は、どうやって結合するのかというと、基本は、「共有結合」です。
簡単に言うと、電子というものを持っています。原子は。原始の外側に電子が存在しているんですが、そのいちばん外側に存在している電子のうち、どうも、片手が空いているのがいる。手をつなぐ相手を待っているのがいるわけです。
そう言う電子、他の原子と結合できる状態にある部分を、炭素原子は4つも持っています。水素は一つです。酸素は二つです。
で、二個の水素原子と結合して、水分子になるわけです。
炭素は4つも持っている。4つの原子と結合できる懐の深さを持っているわけですね。
自分をあいまいにしているわけですよ。
余地を残しておくんですね。自分は自分! もう完成している、と金やプラチナのような依怙地なことは言わないんですよ。炭素は。
しかも、結合の仕方によって別の物質にもなります。元素の種類、数がまったく同じでも、手のつなぎ方を変えると、別のものになるんですね。
こうして、炭素原子は、有機物の数を増やしていったわけです。
人間にとって、常温で固体なのも便利なんですよ。
水素や酸素、窒素など、他の物は気体ですし。
結合の仕方によっては、ダイヤモンドにもなります。
ちなみに、ダイヤモンドは、炭素だけでできているので、「単体」です。有機物とか、無機物とかじゃありません。
さらに、炭素は、単体で鉛筆になりますね。
鉛筆は、炭素がはがれやすいような構造になっているから、字が書けるんです。
人類にとって、鉛筆は、ダイヤモンドよりはるかに重要なんですよ。
みんな、若いうちは、金やプラチナになりたいんでしょう。
私もそうでした。
珍しいし、変化しないし、ちやほやされるし、輝いているし。
でもね、金よりも炭素の方がはるかに役に立つんですよ。
『欲しいもの』を見たらそれが人でも物でも、手をのばして、自分の領域、プライベートに入れたがります。
相手の情況より、自分の『欲しい』を優先させようとします。
それよりも、人と自分との関係性を保つことを意識してみてはどうでしょうか。
いわゆる距離感ですね。
関係性を保ったまま、進んでゆく。
相手を自分の意志で動かそうとしない。
あくまで相手の自然な成長や喜びを手伝う、応援するという感じです。
よく、ゲームの主人公で、自分は特に夢や目標はないんだけども、関係した周りの友人たちの成長を促し、夢を叶えることを応援しているようなものがあります。
まあ、主人公ですから当たり前ですが、そういう人は周りに人が集まってきます。
そうして、周りを成長させ、自分は周りを成長させることで成長する。
そういう人は、いわばハブのようなものですし、皆が皆、自分の人生で主役になりたがっている中で、好かれると思いますよ。
自分なりに、どのような生き方、生活様式を選ぼうが、人の情け似た弱らずに生きてゆける分だけのものはいりますよ。
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