見出し画像

杉千代今昔物語

20代の頃、右京区梅ヶ畑なる僻地に住んでいた。
新丸太町通から山越通を上がり、高雄へ抜ける
小さな山頂にポツリとマンションが建っている。
ベランダから望む山間には市内の夜景が映り、
裏の山裾には猿(ましら)が下りてきたりする、
とにかくそんな孤立して不便なところだった。

麓の生活基幹道路となる新丸太町通り、特に花園橋や
常盤周辺の飲食店には本当によくお世話になった。
花園橋では、生前母が「パル」という名の小さな
喫茶店を営んでいたこともあり、
周辺を通過したりするといまだに懐かしさが
込み上げてくる。

先日SNSで、この地のラーメン店にまつわる投稿があり、
それが甚(いた)く自分の中の琴線に触れてしまった。
奥様の不在中、ご子息と二人きりのラーメンタイム。
さして会話のない照れの少し混じった時間の中で
35年前の自分と父親に想いを馳せながら、
ご子息もまた父親となって自分と祖父と同じ様に
我が子とここでラーメンを啜っているのではないか...
との心境が優しい視線で綴られている。

そのお店というのが花園橋と常盤のちょうど間にある
ラーメンてんぐ」さん。惜しまれつつも閉店し、
未だに多くのファンを魅了し続ける「杉千代」さんの
系譜を受け継ぐお店だと聞いている。

驚くほど天井の高い広い店内の2人掛け席に案内され、
嫁と二人してメニューを開く。
醤油と塩をそれぞれオーダー、共に固麺なので
ほどなく2杯のラーメンが目の前に供された。
鉢の左手には大きな海苔、右手には見覚えのありそうな
大きな巻きチャーシューがでーんと盛り付けられ、
誇らしげに鉢からはみ出している。

スープと麺を啜る前に、箸で巻きチャーシューを
リフトしてみた。ほろり、と箸先から肉が割れ目に
沿って崩れ落ちる。杉千代さんだっ!
思わず心の中で待合の透明のビニールハウスの中で
長時間並んでいた頃のことを思い出した。

いつ行っても行列で、みんなこの巻きチャーシューを
堪能するために暇(いとま)を惜しまず、
ストーブの周りに寄り添うように固まってたっけ。
その時横に座っていた女性が目の前に、あれから
何年くらい経ったのだろうかと指折り数えてみた。

画像1

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?