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おりょうさん

かなり酔っていたが千鳥足ではない。
スタジオ近くの三条商店街の居酒屋を出て、
〆のラーメンは千本丸太町まで歩き、
「祇園泉」さんで濃厚さで定評のある
【鶏白湯ラーメン】を戴いた。
とろりとしたスープに
フライドオニオンの香ばしさが加わり、
飲み明けの一杯としては中々のパンチ力で
空腹を満たしてくれる。 

一旦スタジオに戻り、
タクシーをつかまえるべく普通なら
堀川通りに出るのだが、
四条大宮の喧噪が懐かしくなり、
今度は南へ向けて細い路地を歩き始めた。
気がつけば、ここはいったいどこなんだろう
という感じの知らなかった路(みち)に
行き当たり、束の間の迷宮巡りを
しているような錯覚に囚われていた。 

その先に神社がある。
こんな時間にも係らず、漆黒の中で
煌々と提灯の灯りが鳥居を照らし、
落ち着き払った周りの住宅からこぼれる
団欒の明かりとは、明らかに質の異なる
妖しさを放っていた。
その灯りに誘われ、まるで虫たちが
罠に嵌るなどとは露知らず、本能のまま
吸い込まれていきそうな危うさを感じながら、
ふらふらと石畳に近づいていった。 

武信稲荷神社、と読めた。鳥居をくぐり抜け、
奥の本殿へと歩みを進める。
賽銭箱の前まで来た時、後ろから
「もし」という女性の声に呼び止められた。
恐る恐る振り返ると、そこには日本髪を結った
着物姿の若く美しい女性が凛として佇んでいた。
小柄ながら真っ直ぐ通った気品溢れる背筋や、
意志の強さを感じる切れ長の眼の涼しさに
一瞬で魅き込まれ、思わず息を呑み込んだ。 

その瞳はこちらの顔に真摯に向けられている。
ああ、このまま絡めとられてしまうに違いないと
覚悟しながら、時が動くのを俟つしかなかった。
すると哀しげな視線を下方に逸らしながら、
「りょうま...」と呟き、名残惜しそうに
その姿を霧散させていった.. 

神社の南には江戸時代、幕府直轄の六角獄舎という
牢獄があり幕末、勤王の志士が多数収容されていた。
その中に 坂本龍馬の妻おりょうの父である楢崎将作が
勤王家の医師であったため捕らえられていた。
おりょうは父の身を案じ龍馬と共に何度か訪れるが、
当時女性が牢獄へ面会できることもなく、
龍馬自身も狙われる身であり面会はかなわない。
その為、神社の大木の上から様子を探ったという。
その後命を狙われ追われる龍馬は身を隠し、
二人は離れることとなる。 

おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していた。
そんなおり、二人で何度も訪れた武信稲荷神社の
榎の木をふと思い出し訪れてみた。
するとそこには龍馬独特の字で『龍』の字が
彫ってあったという。
自分は今も生きている。そして京都にいるのだ。
そういう龍馬からの伝言であった。 

四条大宮からのタクシーの中で、
京都に住んでいるという事は、
かなりのアドバンテージがある、
ということに改めて気付かされた。
鶏白湯を食べた帰りに、
街中で「おりょうさん」と出会ったり、
時には「りょうまさん」と間違われたり。
そんな街はそうざらにない。

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