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あにの 野球の話

 我々兄弟は野球を知らないと言っていたが、んなこたぁない。

 仮にも昭和から平成にかけて小学生だった兄であります。クラスの男子の半数は野球帽をかぶって登校し、放課後はマンホールの蓋をベースに見立てて、プラスチックのバットでゴムのボールを飛ばして遊んでいた少年時代。さらにかっとばせキヨハラくんの7巻と8巻を愛読していたのだから、もはや野球少年であったといっても過言ではないでしょう。
 とくにひいきの球団もなかったのですが、父の職場の大阪出身の後輩に阪神帽をもらって以来30年以上うっすらと阪神ファンを自称しています。スキな選手は……新庄とか。

 前述の通り父も野球には大した興味がなかったわけですが

「息子と一緒にキャッチボールをする父」
「息子と一緒に野球を見に行く父」

というステレオタイプの父親像には憧れがあったらしく、クリスマスにグローブをプレゼントされたり、弟同様一度だけ東京ドームに野球観戦に連れて行かれたことがありました。
 しかも伝統の一戦、阪神巨人戦です!

 テレビの中でしか見たことのないプロの野球選手たちが見れる!
 しかも場所は完成して間もない東京ドーム!
 頻繁にテレビや漫画の舞台になっている(そして愛読書のかっとばせキヨハラくんにも度々出てくる)東京ドームです!
 しかも兄は聞いたことがある! プロ野球の試合では、ホームランボールをキャッチしたらそのままもらっても良いのだと!
 グローブはあっても、昔母が嗜んでいたソフトテニスのボール以外のボールがない我が家に、ついに野球ボールが!! しかももらえちゃうんです!! タダで!!
 わりとミーハーな上にいじきたない兄少年、もうホームランボールをキャッチしたくらいの気持ちでテンションマックスです!

 そのテンションは3塁側内野席に座った時点で8割方冷めてしまいます。
 あとはもう消化試合です(プレイボール前)
 なんかまわりは巨人ファンばっかだし。

 肝心の試合の方はというと、巨人が2回裏に外人選手が打ったソロホームランで得た1点を守り抜くという、大変に玄人好みの展開です。もっとパカパカ打ってバカバカ点が入るものだと思ってたのに。ほとんど出塁もしないし。ホームランこっちに飛んでこないし(ここは内野席)。なんか遠くてよく見えないし。
 買ってもらったお弁当もジュースも平らげた兄少年、かなり退屈をしておりました。靴どころか靴下まで脱いで、かたい椅子の上にあぐらをかいて座り、もう自宅のようなリラックスムード。手に持った紙コップはすでに空になって久しいけども、ゴミ箱は遠く置き場もなく持て余していました。

 そんな折、打席には平成の若大将こと原辰徳。この人はさすがに兄でも知ってます。がんばれクワタくんにもよく出てきてたし、ニュースでも度々取り上げられる、わざわざここで説明する必要もない大スターです。
 しかし当時の原は、長島監督の起用で三塁手として復帰するも怪我が悪化し絶不調。この日もその時点で快音は聞かれませんでした。
 その打席も1球目2球目を見逃した原。ワンストライクワンボールで迎えた3球目をバットが捉えます。
 打球はグングンのびてこちらの方へ……

 こちらのほうへ!?

 原が打ったボールが三塁側内野席側へ向かって飛んできます!
 確実にファールです。おそらく投手も打った本人も、もう打球を目で追うことすらしていないでしょう。
 しかし我々がいる三塁側内野席は、蜂の巣をつついたような大騒ぎです!
 周りにいるそれまで退屈そうにしていた大人たちもやにわに立ち上がり、自分がキャッチしてやろうと意気込みます。
 ボールはまさにこちらに向かって飛んで……こちらにといっても、兄少年が座っている席の三列前左側の若いお兄さんの方へ向かっていきました……
 そうです。こんなに広い球場の観客席に小さなボールが1個。そんなにうまく自分のほうに向かって飛んでくるわけがありません。しかも周りは平日火曜の夜だというのに生で野球をみようなどという野球狂ばかり。たとえ真っ直ぐにボールがこちらに飛んできたとしても運動と名のつくものを忌み嫌って生きてきた兄少年はあぐらのまま微動だにすることができません。ボクが取る前に回りの誰かが上手に取るにきまっt……

 ここでお兄さん痛恨のエラー!

 お兄さんの手をすり抜けた打球は硬いベンチにぶつかりイレギュラーバウンド。兄少年の方に向かってきますが……球は遥か頭上。右隣にいた父がベンチの上に立って飛びつきますが、山とギターをこよなく愛するが、野球はさほど愛していない父の指先に触れることはなく、右側5列後方のお姉さんの方に向かいます。

 ここでお姉さんまさかの神回避!

「きゃー!」って言ってましたよ「きゃー!」って!
 お姉さんが避けたボールは更に真横に跳ね、誰も座っていないベンチにぶつかりました。
 3度のバウンドで勢いを失ったボールはゆっくりと弧を描きこちらへ。そして……

すぽんっ!

 と、兄少年が手にしていた紙コップの中にホールインワン。

(ここからナレーション下條アトム)

 兄のぉ

 手元にぃ

 原辰徳のぉ

 打ったファールボールがぁ

(ここまでウルルン滞在記調)

 



………そのあとの事はあまり良く覚えていません。

 ボールを記念に持って帰ろうと、兄少年の姿を隠そうとする父。

 テンションが上がってしまいボールをこれみよがしに掲げる兄少年。

 そこへやってくるジャイアンツのユニフォーム風衣装をきたお姉さん。

 ジャビットくんのテレホンカードと交換されるボール。

 少しだけ原辰徳とジャイアンツが好きになったという話でした。





 その後父の財布の中に使い切られたジャビットくんのテレホンカードを発見し、少しだけ父が嫌いになりました。

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