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【エッセイ】ゆっくり介護(19)

ゆっくり介護(19)<身近な買い物(無人販売店)>

『介護は親が命懸けでしてくれる最後の子育て』
*この言葉は「ぼけますからよろしくお願いします」(著:信友直子)より引用


 母は年々、遠くには行かなくなった。以前は、手押し車を使い、スーパーマーケットにも買い物に行っていたのに、そこまでも行かなくなった。


 買い物に行かなくなると、不思議に人が我が家にくることが多くなった気がする。高齢になると、必要なものがあるから買い物に行くだけではなく、買い物先に出かけることやそこで会う人と話すのが楽しみだと分かった。


 応接間には、誰が来るかどうかもわからないのにお茶菓子や急須が置いてあった。いつ誰が来てもいいようにと母が準備をしていたのだ。準備しても誰も来ない日も多い。それでもいつも用意をしている。


 電話が鳴る。そして、母の知り合いが来る。大きな声が応接間から聞こえてくる。それがお互いに楽しい時間なのだろう。


 母より、年が少ない来客者は、手押し車がなくても買い物にいける人が多い。スーパーマーケットの帰りに寄ることもある。


「こんなのがあったから一つ買ってきたよ」

「いろいろ買ってきたけど、これ食べるかい」


 そんな会話が応接間から聞こえてくる。お茶菓子を用意しているのにお茶菓子持参でやって来る。お茶菓子を食べながらお茶を飲むだけではない。買い物帰りにたい焼きやたこ焼き、焼き芋、お寿司やおにぎりなどをスーパーマーケットで買ってから、我が家に寄る方もいる。一緒に大きな声で話をしながら、それらを食べている。そんなに食べたら、きっとお互い夕飯は食べられないだろうなと思いながらも、応接間からは元気な声が聞こえてくる。


 スーパーマーケットまで行くことができなくなってから、母は近くの無人販売店まで行くことが多くなった。道端にある無人販売店。三段の棚がありそこに野菜などが置かれている。その棚には小さな箱がぶら下がっている。
  朝8時半頃に農家の方が軽トラックで野菜などを持ってくる。そこにある野菜などはみな100円。代金はぶら下がっている小さな箱に自己申告で入れるだけ。

 「100円玉、あったら取っておいて」

母の声がした。

 今は、無人販売店に行くことが楽しみなのだ。朝、8時からのNHKのドラマを見終わると、無人販売店へ行く準備をする。徒歩5分ほどなのに。


 農家の方が軽トラックから下ろすときには、その場にいたいらしい。
「今日は、小松菜があったよ」
「今日は、銀杏があったよ」
 そんな会話が朝の定番となった。母が買ってきたものから季節感を感じる。母の会話のおかげだ。


 無人販売店の話は、その後、応接間からも聞こえてくるようになった。

 人と話すこと
 
 人と会うこと

今、母は楽しんでいるようだ。

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