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ショートショート︰おまじない

どのくらい経っただろう。思ったより早く目が覚めてしまい、布団に潜り込んでこのまま時が止まればいいのになんて思っていたのに、きっかり決まった時間にアラームが1日の始まりを告げてくる。

リビングに行くと誰もいなかった。お父さんはとっくに仕事に行ったし、お母さんも支度をしているのだろう。4月は家の中が何かとせわしない気がする。

食パンがトースターで焼けていくのを眺めていたら、お母さんがぱたぱたとリビングにきた。
「あら、おはよう、今日から学校あるよね。」
「うん。今日は午前だけ。」
「そっか。お母さんもう出ちゃうから。」

私の話を聞いてるんだか聞いてないんだか、鞄にお弁当を入れながら話すお母さんを横目に、焼けたトーストを取り出してジャムを塗る。

「じゃあお先に、行ってくるね。」
そう言いながらお母さんが私の前にグラスを置いた。オレンジジュースが入ったそのグラスには赤いストローがささっている。
お母さんを見たら、にこっと笑っていた。
「好きでしょう?」

じゃあね、と言って玄関に向かうお母さんの背中を見送って、私は視線をストローに戻した。
そんなの、昔の話なんだけどな。

小さい頃、私がへこんでいたり機嫌が悪いときにお母さんはよくジュースを出してくれた。そこには決まって赤いストローがささっていたらしい。らしいっていうのは私は覚えていないからで、そのくらい小さかった頃の話だ。

ハサミを使う練習をしていた私が勢い余ってイラストの恐竜のしっぽを切り落としてしまい泣いたので、なだめようと思ったお父さんがジュースを渡したら私が余計に大泣きしたらしい。
ちがう、これじゃない、って泣くから白いストローを赤に替えたら満足そうにジュースを飲んだのよ、といつだったかお母さんが笑いながら話していた。

ジュースを一口飲むと、オレンジの甘酸っぱさが朝の寝ぼけた体に染み入るのを感じた。トーストを食べ終えて空いたお皿とグラスを見たら、なんだか満たされた気持ちになっていた。

*********
毎日のことなのに朝はいつもバタバタする。朝ご飯を作って食べさせて着替えさせて…と同時に自分の身支度や部屋の片付けまでしなきゃいけない。今日もいつものルーティーンで1日を始める。

「さあ、今日は何色にする?」
「うーんとね、あか!」

元気いっぱいの答えにつられて思わず笑みがこぼれた。袋から赤いストローを一つ取り出してグラスにさす瞬間、心の中で願いをこめる。

”君にいいことがあるように”


-あとがき-
aikoさんの楽曲『ストロー』からアンサーソングならぬ、アンサーノベル(的なもの)を勝手に作らせていただきました。

君にいいことがあるように 
今日は赤いストローさしてあげる

赤いストローがこんなにも意味があるものになるなんて。この曲の歌詞には愛のある言葉が詰まっていますね。頑張らなきゃいけない時、元気を出したいとき、私はこの曲にたどり着きます。

この曲の登場人物の関係性にはいろいろな解釈があると思いますが、個人的には母親が子どもの幸せを祈るような思いが一番しっくりきたので、そんなお話にしてみました。

4月、なんとなく気が張っている自分自身と、いろいろと大変な毎日を過ごしているあなたに、心ばかりのおまじないを。

2024年4月
nolan


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