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処暑 ここ最近の考え事を

長かった夏が終わろうとしている。
まだまだ茹だるような暑さは健在だが、夜明けの空気や真昼の空から、ふとした瞬間秋の兆しを感じる。
「暑いほんまに、もう夏いいわ」と言っている間に、ほんの数日間の秋がやってきて、あっという間に冬になり、年末、年始、と新しい年に流されていく。どれだけ長くても、やはり夏はすごい速さで過ぎていくのだ。
そしてまた新しい春が来る。そういえば今年はどんな春ソングを聴いていただろうかと、なぜか今春を振り返ろうとしている自分に気づいて制止する。今そんなことしてたら脱線がすぎるぞ。

書きたいことが多い割に、今は執筆に対するハードルが高い。なぜだろうか心当たりは無いが、そんな問題に振り回されていても始まらないので、まず何を書きたいのかタイトル的な部分だけ書き出してみる。
(追記:書き出すと、中身も書けた)

・AIには書けない文章 AIには作れない物
今後どんどんAIに仕事が侵食されていく、というか代わりにAIに任せられる仕事が増えるのだろうと思う。わたしは音楽を広める仕事がしたい。
そんな中で、例えばアーティストについて紹介したりレビューを書いたりする場合に、私はAIに取って代わられない中身を書けるのだろうか、と考えていた。単なる事実の羅列だとか、表面だけ掬い取った浅はかな表現だとか、そんなものは、きっと取って代わられるしあまり価値がない。何が求められていて、どう応えていけばより良くなるのか。分からないことばかりなので、やってみるしかないのだと思う。

・存在価値がないことについて
・表現したいものは何か
・分からないなりの振る舞い方

以上3点の「書きたいこと」は、1点目のAIの話の部分とも重なる部分が多い。というかほぼ同じ。
意味のないことはしたくない。かっこつけた言葉で薄っぺらいことを語りたくない。語ることには責任が伴い、語るためには知識がいる。
いくら身近な人から「あなたは唯一無二の存在だ」と言われたとしても、やはり社会から見ればわたしはただの一人に過ぎず、代わりはいくらでもいるのだ、ということを考えている。
一見ネガティブな感情に見えるかもしれないがそんなことはなく、実は超ポジティブな考え事である。
今のところ代替可能な自分の、本当に唯一無二な部分はどこなのか、本当に求められているのは何なのか、考えるのが楽しい。ただ、それを形にするのは難しい。


・沖縄に移住した友達に連絡できない
20代にして「もう都会に飽きた」と、沖縄に移住した友達がいる。気付かぬ間にSNSも全て辞めてしまったようで(アカウントは残っているのに全く動かないのだ)、連絡手段が断たれていた。様々な繋がりから探し当てて連絡を取ることは可能なのかもしれないけど、そうしなかった。怖いのだ。ものすごく。もし、SNSを意図的に辞めたのではなかったとしたら。もし、もう二度と連絡が取れないのだとしたら。少しばかり想像できてしまう嫌な予感を、絶対に現実にしたくなくて、現実を知らないままにしている。きっと彼女は、SNSと離れてのんびり沖縄ライフを楽しんでいるだけなのだろう。いつか、ふらっとこっちに戻って来た時には連絡ちょうだいね。

・歯医者さんの予約をしなきゃ
歯医者さんに行くハードルってものすごく高くないですか。何でこんなにハードル高いんやろう。
「歯医者さんに行かないと」と思い続けたまま1ヶ月が過ぎてしまった。夏が終わってしまうまでには行きたいと思っている。思っているのだけれど、わたしの行動より時の流れの方が早い予感がしてしまう。
そう思うたびに私の頭では、とあるバンドがとある曲を演奏しだすのだ。「NO MUSIC NO LIFE」そんなキャッチコピーをふと頭に思い浮かべては、ずるいなと思う。



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