第5回 経営会議のシステム・ダイナミクス
経営会議の存在意義
スタートアップに限らず、経営においては迅速かつ柔軟な意思決定が求められ、その中で、経営会議は非常に重要な位置付けにあります。スタートアップにとっての経営会議の存在意義としては、次の3つの観点があります。
(1) 問い=アジェンダを立てる
すべての企業にいえることですが、特にスタートアップは未知への挑戦をする事業体であるため、日々の業務の中でさまざまな問題に直面します。これらの問題のうち、重要なものをアジェンダとして特定し、それを解決するための方針を決定しなければなりません。
(2) 解決ポリシーとリソース配分を決定する(投資判断)
スタートアップはリソースが限られているため、どの問題の解決にどれだけのリソースを配分するかの意思決定は、その後の成長に大きく影響します。リスクマネーを調達して経営するスタートアップとしては、中期的・長期的な観点から最もROIの高いアジェンダに対してリソースを配分しなければ、投資家の期待に答えることもできません。その意味で経営会議は、「リソース配分・投資の意思決定の場」です。
(3) 投資後のモニタリング
リソース配分・投資のパフォーマンスは、当初の想定どおりとなるとは限りません(上振れ、下振れいずれの方向性も)。外部環境も刻々と変化していきますので、それに適応する形で、追加投資、投資縮小、撤退、などの判断をしていかなければなりません。そのため、経営においては、投資後のモニタリングを行い、リソース配分の見直しをしなければなりません。各部署からの数値報告は、「報告会」ではなく、あくまでもリソースアロケーションのためのモニタリングです。
「システム・ダイナミクス的」経営会議
経営会議や取締役会の具体的な運営方法としては、Y Combinatorのこちらの記事や、Sequoiaのこちらの記事が参考になります。具体的な会議オペレーションやto-doについてはこれらの記事に譲るとして、以下では、どのような思考回路で経営会議に臨むと効果的なのかについて整理していきたいと思います。
1. システム・ダイナミクス的なアジェンダ設定
経営会議において、重要な「問い」を見落とすと、その問題は議論のテーブルに上がらず、結果的に解決の方向へと進むことができません。しかし、真に重要な問いを明確にするのは容易ではありません。どのようにして問いを明確化すればいいのでしょうか。
ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」によれば、「問題の明確化(境界の選定)」にあたってのポイントは次のとおりです。
ここでは、システムの境界をどのように定義するかがひとつの鍵となります。狭すぎる境界を設定してしまうと、本質的な問題を見逃してしまうリスクが高まります。部門という単位なのか、会社という単位なのか、はたまた業界という単位なのか、国という単位なのか、レベルはさまざまです。ある挙動が、国というシステムの構造によって生み出されている場合、それは一企業として解決に取り組んでも徒労に終わる可能性が高いでしょう(だからこそ、業界団体を通じたロビイングなどアプローチが存在します)。また、実はマーケットに起因する問題が発生しているのに、システムの境界を「営業部門」に設定してしまう場合にも有効なアプローチを発見することは難しいでしょう。
経営陣には視座の高さが求められると一般に言われますが、それは「その方が偉い」からではなく、単に視座が高いほうが適切なアジェンダ設定ができる可能性が高いからです。
また、長い時間軸をカバーする視点を持つことも極めて重要です。例えば、過去の業績データを時系列でグラフ化(可視化)することは、問題の根源を特定しやすくするだけでなく、経営陣として長期的な視点での変動やトレンドを認識しやすくするための手段です。
2. システム・ダイナミクス的な解決ポリシー
① システムの構造を解明する(特定の人や状況のせいにしない)
「システムの構造がその挙動を生む」という観点に立ち、何かしらの問題について、それを特定の人や状況のせいにするのではなく「構造的に解決する」という意識が極めて重要です。
例えば、新しいプロダクトの開発が遅れているという問題があるとします。安直に考えると「開発チームのスキル不足やリソースの不足が原因している」とされてしまうところですが、実際の原因は組織内のコミュニケーションの不足や意思決定のプロセスの煩雑さといった「システムの構造」に原因がある可能性もあります。システムの構造を見直し、開発プロセスやコミュニケーション方法の再設計を行うことで、この問題を解決できる可能性もあるわけです。
このときに、繰り返しになりますが、「システム」や「構造」をどの範囲で捉えるかが重要です。
② 「遠因」を探してみる
次に留意するべきは、問題の原因・源流やボトルネックは、時間的・空間的に離れていることが多いという点です。
例えば、ローンチした新プロダクトの販売が予想よりも伸び悩んでいるとします。短絡的には広告運用やマーケティング戦略の失敗が原因に思えますが、実際の原因は旧プロダクトのクオリティやカスタマーサクセスの質の低さにある可能性もあります。すなわち、旧プロダクトの時点で顧客の信頼を失っていたというケースです。
遠因を見つけるためには、繰り返しになりますが、定量的かつ長期的なデータを、時系列で視覚化することが重要です。
③ 内因性にも焦点を当てる
前回の記事でもご紹介したとおり、自社として行なった意思決定が問題の解決を阻んだり、新たな問題を生み出すケースが少なくありません(「問題のすりかえ」や「応急処置の失敗」など)。
とても乱暴な言い方をすると、西洋的な思考が基盤となっている我々は、何か問題が起きると、自らを独立した主体として、操作するべき客体を探してしまう傾向があります。顧客の志向が変化した、競合の動きが活発化した、景気が悪くなって消費が冷え込んだ、取引先が手のひらを返した、などです。その発想自体も重要なのですが、(これまた乱暴な表現ですが)東洋的に、全体性や相互関連性を重視し、自分たち自身が原因である可能性(内因性)にも気を配るべきでしょう。
④ 短期的な犠牲・事態の悪化も厭わない
前回の記事でも説明したとおり、「問題のすりかえ」が起きてしまう原因は、短期的な結果の追求をしてしまう点にあります。
中長期的な成果を得るために短期的な犠牲を受け入れるという考え方は、技術負債の解消の場面などで発揮されているのではないでしょうか。マルチプロダクトを展開するスタートアップにおいて、プロダクト基盤を整えるという意思決定も、短期的には結果が出ない投資意思決定です。会社自体を筋肉質化して再成長させるためにリストラを行い、一時的な事業の停滞をあえて受け入れるという例もわかりやすいでしょう。いずれも簡単ではない決断ですが、短期的な犠牲を受け入れなければ、事態がますます悪化していく状況は容易に想像できます。
3. システム・ダイナミクス的なモニタリング
① モニタリングとは注意制御である
経営会議では、KPIやKGIのモニタリングを行うのが一般的です。モニタリングは文字通り、経営状況を把握して、次の打ち手につなげることが一義的な目的です。一方で、モニタリングには「注意制御」の機能もあります。「注意制御」とは、文字通り、人間の注意を特定のエリアにフォーカスさせることをいいます。特定のトピックに対して「注意制御」することで、マインドシェアを確保し、それにより注入するリソースの量が担保され、そして最終的には成果に結びつくことを狙いとしています。
そもそも、人間は貧弱な認知能力しか持っていません。大前提として、人間は生物的に知覚可能な信号も限られており、我々は独自の環世界に生きています。そしてその環世界の中でも、我々は無意識に、選択的な情報処理を行なっています。
ある特定の情報・信号に対してあえて注意を向けなければならないとき、我々の注意がそこに必ず注がれるように環境・状況を設計する必要があります。そして、その一つの手法がモニタリング項目(KPI)の設計です。また、KPIの目標数値の設定も、似たような機能を果たしています。
単に計測・観察のためだけではなく、会社全体、部門ごと、個人ごとにおいて、「何にリソースを投下する必要があるのか」を前提として、そのために「何に注意(マインドシェア)を割かなければならないのか」「常に注意を払ってほしいものは何か」という観点も取り入れて、モニタリング指標を設計するとよいでしょう。世間一般でいわれる定番のKPIも参考にしつつ、自社の状況に適したものを設定するのが理想です。
② 「遅れ」への対処
あるアクションを取るにあたって、人間は、「認識(観測)→判断/意思決定→行動/実行」というプロセスを経ます。そして、このプロセスそれぞれに遅れが発生する可能性があり、この遅れが積み重なることによって、対処が手遅れになる可能性があります。
スピード勝負な側面の大きいスタートアップは、認識(観測)→判断/意思決定→行動/実行の遅れを可能な限り減らすという考え方で経営する必要があります。「PDCAや意思決定を高速化する」というより「遅れの原因を取り除く」という考え方のほうが、実際の工夫に結びつきやすいのではないかと考えています。
「認識(観測)」のステップにおける具体的な工夫については、以下が考えられます。
「遅れ」の自覚:すべての情報やフィードバックには、ある程度の遅れ(時間差)が存在することを、経営陣として自覚することが大前提です。情報自体に遅れがあることを考慮した意思決定を行うことで、より現実的で効果的な経営が可能となります。
組織構造の簡素化:組織の階層を極力増やさないことで、情報の伝達速度と正確性を上げることも重要です。階層が増えると、情報伝達リレーの数や説明コストが増大し、情報を捕捉できるタイミングが遅れ、伝言ゲームにより内容自体も歪みます。
実績値管理体制の整備:月次報告が翌月の下旬に行われているようでは、スピード勝負のスタートアップにとっては遅すぎます。数値管理体制を整備し、実績数値を可能な限り早く把握し、迅速な意思決定を行います。
先行指標の重視:無論、結果指標は遅行指標ですので、これだけに頼っていると対応が遅れるリスクがあります。先行指標をモニタリングすることで、未来の結果を予測し、早期の対応を可能にします。これにより、「遅れ」(時間差)を考慮したモニタリング設計が求められます。
フィードバックの予測:さらに一歩踏み込んで、数値的にはまだ発生していないものの、将来的に遅れて発生するであろうフィードバックを予測することもときには必要です。これにより、未然に問題を防ぐための対策を講じることができます。
「意思決定」のステップについては、以下が考えられます。
CEOの現場解像度の維持:CEO自身が現場の状況を正確に理解し、即断即決できるような現場解像度を維持することも重要です。これにより、経営のトップが迅速かつ適切な意思決定を行うことが可能となります。
権限の委譲:事業が拡大してくると、すべての意思決定をCEOが行うのは非効率的です。優秀な幹部を登用し、彼らに適切な権限を委譲することで、組織全体としての意思決定スピードを上げることができます。
長期的なトレンドの確認:観測した数値が一時的なブレなのか、それとも新たなトレンドを示しているのかの見極めは非常に重要です。一時的な変化に過剰に反応してしまうと、結果的に手戻りが発生し、リソースの無駄遣いとなる可能性があります。そのため、長期的なトレンドを定量的に確認できるように、データを整理・蓄積しておく必要があります。
最後に、「遅れ」に対処する姿勢をどのように身につけるかについて、以下の引用をご参照ください。
次回は、「行動/実行」に関連して、システム・ダイナミクス的観点からスタートアップのマインドセットについて整理します。
【参考文献】
- ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」
- 西村行功「システム・シンキング入門」
- バージニア・アンダーソンほか「システム・シンキング」
- 湊宣明「実践 システム・シンキング」
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