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「悲哀の月」 第47話

 雨宮の仕事は順調だった。動画の方は好評を博している。この日は新たな動画を撮ることになっていたが、ゲストが来ていた。
 バンドメンバーの長内と重松だ。二人は雨宮がギター初心者の教則動画を作っていると聞き、自分達も力になりたいと名乗り出てくれたのだ。
 そこで今回は特別編として、バンド演奏についての動画を作成していった。と言っても、密を避ける現在のため、一つの画面に三人が収まることは出来ない。画面を三分割し、一人ごとの映像が流れるように作り上げた。
 また、一曲演奏した後で解説を加えた。今まではギターのみの演奏だったが、バンド演奏となると難易度は増す。他の演奏や歌声にも耳を傾け、テンポを合わせなければいけない。決して一人が先走った演奏をしてはいけないのだ。バンド演奏は、順応力が求められる。
 雨宮はその点をわかりやすく説明し、悪い例として実際にわざと一人を先走らせ、バラバラになった演奏を聴かせた。そうして、今回の収録は終了した。
「ありがとうな。今日は」
 いつものように編集は杉田に任せると、雨宮は二人を見送った。
「いいよ。俺も楽しかったから。もしまた必要な時があれば、いつでも声を掛けてくれよ。俺達はいつでも飛んでくるから。遠慮はいらないぞ」
「そうだよ」
 二人は笑顔を見せている。
「ありがとう」
 そんなメンバーに雨宮は感謝した。
「ところで披露宴の方はどうなりそうなんだ。その後、話し合っているのか」
 重松からの質問だ。
「あぁ、話はしているんだけどな。でも、今はこんな状態じゃないか。いつまで続くかもわからないし。会場の方も営業を自粛していて、再開の目処も立っていないと言うからさ。俺達としても、どうにもならないんだよ」
 雨宮は説明した。と言っても、これは自分で問い合わせたわけではない。テレビで窮状を訴える式場関係者の話をしたにすぎない。現在は里奈がコロナウィルスと戦っている状態だ。本人は平気と言っているが、コロナだけに不安は尽きない。実際、最近弁当を届けに行くと、ドアの向こうから聞こえてくる咳き込む声は、悪化している。加えて、LINEを送っても返信が遅い。昨夜の夕食に対する返信は今朝になって届いたほどだ。雨宮からすれば、里奈のことが心配で披露宴まで目が向くはずがなかった。
「そうか、まぁ、いずれ落ち着くだろうからな。そうなったらまた、考えていけばいいじゃないか。別に今しか出来ないことじゃないんだから」
 長内が話をまとめた。
「まぁ、そうだな。この状況じゃ、何も出来ないからな」
 重松も納得したようだ。
「それじゃあ、帰るよ。お互い、気を付けような。コロナには」
「あぁ、ありがとう」
 雨宮は、手を振って二人を見送った。
「動画の方はこんな感じでいいですかね。今回は結構、長めになってしまったんですけど。内容が濃いので」
 仕事場に戻ると、杉田はすでに仕事を終えていた。モニタを見せてきた。
「どれどれ、見せてくれるか」
 気持ちを切り替え、雨宮はモニタに目を向けた。
「おっ、いいじゃないか。これはいいよ。完璧だ。すぐに公開しよう」
 一度、動画を見ると雨宮は満足した。自分が伝えたいポイントは全て、以心伝心したかのようにまとめられていた。これでは文句のつけようがない。
「わかりました」
 笑みを浮かべて頷くと杉田はすぐに動画を公開した。
 そして、今回の動画もまた視聴者から好評を得ることとなった。特に、動画に長内が出演していたことに驚いている人が多かった。一部の人からは話題を集めたほどだ。そうして今回の動画も成功に終わった。


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