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「悲哀の月」 第21話

 コロナ病棟では、看護師は八時間勤務と決まっていたが、それでもハードな職場だった。未知のウィルスに神経を尖らせながら患者に接するのだ。軽症者であれば雑談に応じることも出来るが、重症者は意識がない。床ずれ防止の体制を変える作業も六人がかりでやらなければいけない。それも、体にたくさんのチューブが繋がった状態だ。作業が終わったところで、防護服を脱ぐ作業も神経を使う。ウィルスがどこに付着しているかわからないため、体のあちこちを消毒しなければいけない。
「これは想像以上に大変だわ」
「そうね」
 まだ三時間しか経っていなかったが、早くも里奈と貴子は疲労困憊だった。局で事務作業をしているものの、疲れた顔をしている。
「軽症者の方であれば、症状によってはすぐに退院できるみたいだけど、その分、新しい患者さんが入ってくるわけでしょ。今後はその繰り返しになるって話だったから」
 不安らしく貴子は確認を取った。
「そういうこと。ずっとね」
 里奈はこめかみに手を当てている。マスクやフェイスシールドを付け続けているため、こめかみや頭が痛くなっていた。
「ところで、医療物資って、そんなに予備はあるのかしらね。一度きりで捨ててしまうけど」
「そうね。私もそこは感じたわ」
 貴子は頷いた。
「マスクとかであれば、予備があるんでしょうけど、防護服はあまり聞いたことがないからね」
「そうよね。なら、後で先生に聞いてみよう」
 二人がそう話している時だった。
 部屋の電話が鳴った。
 すぐにそばにいた看護師が取る。
 二人が様子を見ていると、どうやら感染者に関しての受け入れを確認しているらしい。丁度医師が戻ってきたところで、確認を取っている。
 医師が実際に電話に出て聞いたところによると、患者は軽症者と言うことで受け入れることとなった。十分ほどで搬送されてくると言う。
「これは、本当に大変なことになっているわね。まだ、ここが始まって三時間くらいでしょ。それなのに早くも受け入れ要請が来るんだから」
「本当よね。他でも受け入れ体制が整っている病院があるはずなのに、こっちに回すってことは、どこも埋まっているってことでしょうからね」
「そうみたいね」
 二人がそう話しているそばから病棟は慌ただしくなった。どうやら患者が近付いてきたらしい。しばらくすると、ストレッチャーが運ばれてきた。酸素マスクをしていることからも、症状は決して軽症というわけではないようだ。
「これからはこういうことが日常茶飯事になるから。覚悟しておいてね」
 搬送手続きを終えた後で医師は言った。
「わかりました」
 頷いた二人は、運ばれてきた患者の家族に今後の説明をする係になった。コロナ病棟には入れないため、別の階で話し合うこととなった。部屋に入ると、すでに中年の女が座っていた。
「あらっ、あなた達はコロナ病棟で働いている方なの」
 席に着き二人が身分を名乗ると、女性はあからさまに怪訝な表情を見せた。マスクを強く押さえ椅子を二人から離したほどだ。
「はい」
 その行為に言葉に出来ない何かを感じたが、里奈達は説明をしていった。



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