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「悲哀の月」 第67話

 それから三十分後。
 里奈のベッドを多くの医療スタッフが取り囲んでいた。医師だけで四人。臨床工学技士が三人。看護師は十五人近くいる。エクモの装着ともなれば、それほど大掛かりになってしまうのだ。
「それじゃあ、今からエクモを装着します」
 輪の中心にいる来生が作業の開始を宣言した。
「はい」
 周囲に立つスタッフが返事を返す。
「里奈さん。今からエクモを付けますね。怖いかもしれませんけど、大丈夫ですからね。少し我慢して下さい」
 準備が整ったところで来生は、優しく声を掛けながらエクモの装着に取り掛かっていった。この病院では五例目のエクモ装着だが、誰もが慣れていない。緊張の面持ちで作業に当たっている。
「これで平気かな」
 一通りの作業が終わったところで来生が確認を取っていく。まずは太ももの付け根の管だ。この管は血管から血液を取り出し、エクモ本体へと運ぶ。そして、その血液を受け取ったエクモは血液中から二酸化炭素を取り除く。その血液を首の付け根に刺した管を通して血管へ戻すことで、体内の臓器に酸素が行き届くようになる。これが大雑把なエクモの流れだ。確認したところ、動きに異常は見られない。
「どうやら大丈夫みたいですね。正常に動いていますから」
 同じように確認作業をしていた臨床工学技士の男も納得したようだ。
「では、これで様子を見ることにしましょうか」
「わかりました」
 確認に当たっていたスタッフの口から同様の声がいくつも出たことで、エクモの装着作業は終了した。
「里奈さん。エクモの装着は無事終わりましたからね。次は里奈さんが頑張る番ですよ。もしかしたら一人で不安かもしれませんけど、大丈夫ですからね。そばにはスタッフがいますから。だから、絶対にあきらめないでくださいね。いつも通り前向きな気持ちを忘れないで下さいね」
 来生は里奈の耳元で優しく声を掛けた。ただし、この後は大変だ。二十四時間体制で監視し、万が一血栓ができた場合は、すぐに処置しなければいけない。また、管の方も定期的に交換しなければいけないし、床ずれを防ぐために数時間おきに体制を変えなければいけない。片時も目が離せない状態が続く。
「これで、どうなりますかね。何とか戻ってきてくれるといいんですけど」
「そうだな。里奈さんの体力と若さを信じよう。レムデシビルも投与したわけだから、我々にはもう祈るしかないよ」
「はい」
 来生と看護師達は、期待を込めた目をベッドで眠る里奈に向けている。彼女はたくさんの管につながれた状態で、胸を上下させていた。


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