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インドネシアのハントゥたち

視えないものの捉え方

インドネシアは一万を優に超える島々があり、350もの民族が暮らす国だ。基本的にはムスリムが多い。けれど、イスラム教的な教えとともにその土地に深く根付いた文化の下暮らしている。

例えば、イスラム教には「幽霊」の概念がないらしい。イスラム教における怪異現象は、天使か悪魔か精霊によるものである。
だからこそ、『アラジン』では魔法のランプから出てきた何かが、幽霊でなく精霊(ジン)であったのだろう。
(アラジンはもともとは中国舞台だというのは今回は目をつぶろう……)

しかし、旅をしているうちにインドネシアではハントゥ(hantu)と呼ばれる様々な幽霊や妖怪が幅を利かせているのを聞く。
なんなんだハントゥ。そもそも、海外の幽霊や妖怪の類はクレイジーなやつが多い。かの水木しげる先生もインドネシアの妖怪の絵を描いていたような……。ジャカルタは東京にも勝るような大都会であるし、幽霊や妖怪が出る隙間などないような気がする。
「あそこのマーケットにはハントゥが出る」だの「首だけの女が飛んでいるのを祖父が見ただの」聞いているうちに、わたしもハントゥに興味が出てきた。今回は、見聞きしたハントゥたちの話を書いていこうと思う。

背景を知っているからこそ怖いもの

はじめて、ハントゥの話を聞いたのはインドネシアで日本人向けガイドをしている知人のアリさんからだった。知人の営むホテルの玄関でたむろしながら、ぼんやりとサテを食べ、タバコをふかし、アリさんと数人で夕涼みをしていたのだ。近くの草むらでゲッコウが鳴き、何度でも思い出すようなイメージどおりの東南アジアの夜であった。

私は、前日に呪術的な治療を受けていた。足をくじいてしまい引きずって歩いていたら、アリさんがマッサージ師兼呪術師みたいなおじいさんを呼んでくれたのだ。はじめは半信半疑(むしろこれで悪化したらどうしようなど、失礼なことを考えていた)であったが、施術後すっかり治ったのでおどろいた。この話はいつかまた別に書きたいと思っている。
前日にそんなびっくり体験をしていたわたしは彼らと話しながらも、インドネシアには呪術的なものがあり、土着信仰ともいえるような様々な神や妖怪やその他のよくわからない有象無象たちが今もなお徘徊しているのではないかと気になって仕方なかった。

「日本では暑い日に幽霊などの怖い話をするのが定番だ」と言い、怪談話を聞くこととした。今思えば、一年中暑いインドネシアではそれこそ毎日する羽目になる。彼らは君が聞きたいのならば、と話し始めてくれた。本当にいい人達なのだ。
そこでアリさんが話してくれたのが、ポチョン(pochong)と呼ばれる幽霊の話だ。
私が「そんなに怖いのか」と聞くと大変恐ろしいと彼らは口を揃えて言う。
聞けばそのポチョンが2009年ごろ撮影され、YouTubeにアップされたらしい。どれ見てやるかと思い、検索しようとすると「呪われるかもしれない」
「怖いので今夜寝れなくなる」などと言ってくる。
より一層気になる。彼らが絶対自分には見せないでくれというので一人、YouTubeで検索するとその動画が出てきた。
以下に掲載した動画だ。

元来怖がりの私でも、うーーんと思ってしまうような様子。シーツを被ったような見た目は、ハロウィンの仮装のようだとすら感じてしまった。

このシーツのような見た目には理由がある。
インドネシアでは人を埋葬する際に、白い布で包んで埋めるそうだ。その時の様子のまま、現れるらしい。インドネシア版ゾンビともいえる。足はなく、飛んで移動するかぴょんぴょんと跳ねて移動するとのことだ。
背景を知ると途端に怖くなった。埋葬された死体が、森の中に立っているのだ。さながら柳の下で白装束を見てしまったかのような気分。

次にわたしが日本の幽霊について話した。あの有名な皿屋敷の話だ。
夜な夜な井戸から出てきて「o~ne~~t~wo~~~no~~t enough~~~」と、私が合っているのか定かでない英語で話すと、彼らは笑う。
確かにどう考えても面白い。井戸から女が出てきて、皿を数えるのだ。そして必ず一枚足りない。コントかよ。
それは日本の井戸のイメージや当時の武家社会の在り方など、いろいろな日本で生まれ育ち自然と身についたバックグラウンドを苗床に恐怖は生まれるのかもしれない。

私が、インドネシアのポチョンを「どこかカワイイ名前」だとか「なんで仮装みたいな恰好をしているのだろう」とか「なぜここに居るだけなのか」とか、恐怖よりも不思議を感じてしまったからこそ、恐ろしさを感じなかったのかもしれない。結局その後、ポチョンのバックグラウンドを知り途端に怖いものとして認識する。

恐ろしいものの系譜は、その土地土地で育まれた文化の中でこそ真価をはっきするのだ。当たり前みたいなことに、これを書きながら気づいた。

でもポンチョ、名前はかわいいよね。

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