見出し画像

COVID19とサバイバーズ・ギルト

サバイバーズ・ギルトと敗戦後

新美南吉の「ごんぎつね」や夏目漱石の「こころ」が敗戦後になって国語教科書に広く掲載されるようになったのは、サバイバーズ・ギルト(生き残りの罪障感)がモチーフになっているからだという仮説を提示したことがあります。2004年5月の「敗戦後文学としての『こころ』―漱石と教科書」が最初に公にした論考です。

こちらはウェブ記事ですが、かつての私がこんなことを書いています。

死者と生者をめぐる似たようなモチーフを抱えこんだ物語が、定番教材やベストセラーとして消費されてきた理由を分析するには、“敗戦後”という時空を生きてきた日本人の精神のありようを考えるべきなのだろうと思います。
 つまりこれらの物語の起源は、戦争の死者たちを踏み台にして新しい時代を歩み始めた日本人の、“生き残り”の罪障感という問題につながっているはずなのです。

ちくまの教科書「定番教材の誕生」という連載の「第2回 “生き残りの罪障感”―定番教材の法則」の最後のページに書いてありました。

サバイバーズ・ギルトは、戦場で勇敢に突撃していった戦友が死んで自分だけが生き残ったというような場合や、ジャングルを行軍する中で力尽きて倒れた戦友を見殺しにして自分だけが帰還したというような場合などがわかりやすいケースですが、戦争の際だけに起こることではありません。

たとえば、大震災のときに隣に寝ていた家族がタンスの下敷きになって死んでしまった場合、家族が搭乗した飛行機が墜落してしまった場合などにも起こり得ます。

「なぜ母親をあんなところに寝かせていたのか。私があの場所に寝ていたら、母親は死なずに済んだのに…」とか「なぜ旅行に出かけることを認めてしまったのだろう。一緒に車で温泉旅行に行こうと誘ってあげたら、あの飛行機事故に遭遇しなくても済んだのに…」などという形で、生き残った側に心理的な負債(罪悪感)を残すのです。

年間の自殺者がおよそ2万人に達する日本社会において、「なぜ気づいてあげられなかったのだろう?」「自分にも何かできたはずだ」「自分のせいかもしれない?」という悔悟の念に襲われている人たちがおそらくたくさんいます。だとすれば、サバイバーズ・ギルトの問題は、数十人に1人ぐらいの広がりを持っていても不思議ではないわけです。

抱え込んでしまった「汚れ」(罪悪感)が浄化され、生き残った者たちが許され、何かに包摂されていくような物語は、そういう人たちに救いや癒やしを与えてくれます。

サバイバーズ・ギルトがモチーフとしている物語が敗戦後の日本人にとって魅力的であり続けたのは、そういうことが理由になっているのではないかというのが、私が提示した仮説でした。

たとえば、「『ノルウェイの森』と『家政婦のミタ』の共通点」は、他の多くの小説やテレビドラマにもあてはまります。映画や漫画の中にも、同じような特徴を持った作品がたくさんあります。

仮説を証明することは簡単ではないですが、定番教材だけではなく、きわめて多くの作品の中にサバイバーズ・ギルトの問題が見いだせることは確かなのです。

ぼんやりとしたうしろめたさと現代日本社会

現代日本社会を生きる者の中には、身近な人の自殺や大震災、戦争体験などとは関わりがなく生きてきた人も多いはずです。

だとすれば、サバイバーズ・ギルトだけでは説得性がないかもしれません。

そう考えた私が、新たな仮説として付け加えたのが「ぼんやりとしたうしろめたさ」という心理です。

日本社会が世界でも稀な豊かさを謳歌した80年代から90年代にかけて、メディアを通じて貧困や飢餓にあえぐ海外の人びとの姿が可視化されていきました。90年代後半からゼロ年代に入ると、インターネットの急速な拡大によって、それまでのマスメディアが十分に可視化してこなかった世界中の悲劇がすぐ目の前の光景としてディスプレイ上に映し出されるようになりました。

「あの人たちのために何かできることがあるはずだけれど、何をしていいのかわからないし、行動を起こす勇気もない。」
「ああいう悲劇が起こることは防ぎようがないし、仕方がないよな、でも…」
「もしかすると、あの人たちの犠牲の上に、私たちの繁栄は成立しているのかもしれない」

資源を浪費し、地球温暖化に加担し、産業廃棄物を「輸出」して成り立っている経済大国ニッポン。

そういう事実が可視化されていくことによって、人びとの心に沈殿していく「ぼんやりとしたうしろめたさ」が、美しいもの、かけがえのないもの、弱い者、正しい者の犠牲を踏み台にして生きていかざるを得ない者たちを主人公とした物語を欲望しているのではないか、というのが、私が考えていたことでした。

そして今、With コロナという状況の中で、ぼんやりとしたうしろめたさやサバイバーズ・ギルトが新たな形で私たちの社会に広がり始めている気がします。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?