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(ほぼ)毎日更新ブックレビュー【ふくほん】野中幸宏選01

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講談社BOOK倶楽部のブックレビュー「ふくほん(福本)」に掲載された野中幸宏レビュー分をまとめています。
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記事一覧

物語に登場した英雄たちは誰もが最後は非命に斃れたのです──井波律子訳『三国志演義』

物語に登場した英雄たちは誰もが最後は非命に斃れたのです──井波律子訳『三国志演義』



吉川英治、柴田錬三郎、横山光輝、宮城谷昌光、北方謙三等々の作家に共通している作品が『三国志』です。ゲームを加えたらあるいは本場中国より日本の方が『三国志』という名を冠した作品・コンテンツは多いかもしれません。

羅漢中という人が原作者と言われていますが井波さんによると
「羅漢中(生没年不詳)の役割は、大量の先行する三国志物語を整理・編纂し、首尾一貫した長編小説に仕立て上げるところにあったといえ

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私たちは歴史化しえない(できない)無数の物語の中で生かされているのかもしれません。──小熊英二他『平成史』

私たちは歴史化しえない(できない)無数の物語の中で生かされているのかもしれません。──小熊英二他『平成史』



27年という四半世紀を超えた「平成時代」ですが、小熊さんと同様に平成がどんな時代かと問われると「変化があるにもかかわらず、なぜ「大きな変化はなにも起こっていない」ように感じられるのか」という感覚を持たれる方も多いのではないでしょうか。平成はのっぺらぼうではありません。社会事件としてはバブルの崩壊、阪神淡路大震災、オウム事件、東日本大震災、政権交代、また特異な宮崎勤事件をはじめとする事件・犯罪も

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ファンタジーのお手本のような宝物──ポール・ギャリコ『雪のひとひら』

ファンタジーのお手本のような宝物──ポール・ギャリコ『雪のひとひら』



読むたびに美しい姿を変えてくる万華鏡のようなファンタジーです。読んだ時の私たちの心の状態で感動する個所が違ってくる、そんな小説ではないでしょうか。確かに主人公は女性として描かれていますが『女の一生』(モーパッサン)というより、人間というか生命というものの姿を綴っているように思えます。

美しい、雪のひとひら(『ひとひらの雪』は渡辺淳一さんですね)は遙か彼方の空で生まれ、地上へと舞い降りてきます

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日本人の人情の原型ここにあり──小林まこと『瞼の母 劇画・長谷川伸シリーズ』

日本人の人情の原型ここにあり──小林まこと『瞼の母 劇画・長谷川伸シリーズ』



「かんがえてみりゃあ俺も馬鹿よ……」
「自分ばかりが勝手次第にああかこうかと夢をかいて母を恋しがっても……」
「そっちとこっちは立つ瀬が別っこ……」
「幼い時に別れた生みの母は……」
「こう瞼の上下ぴったり合わせ」
「思い出しゃあ絵で描くように見えてたものを」
「わざわざ骨を折って消してしまった……」

忠太郎のこのシーン、舞台なら観客から声がかかる名シーンです。(もしくはすすり泣く声が聞こえ

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幾たびも喜びや悲しみに出会いながらも自分の生を生き抜くこと──若松英輔『生きる哲学』

幾たびも喜びや悲しみに出会いながらも自分の生を生き抜くこと──若松英輔『生きる哲学』



若松さんが出会ったのは柳宗悦の言葉でした。それは「悲しみ」についてのものでした。
「悲しみは悲惨な経験ではなく、むしろ、人生の秘密を教えてくれる出来事のように感じられるようになった。(略)悲しみに生きる人は──たとえ、その姿が悲痛にうちひしがれていても──私の目には勇者に映る。勇気とは、向こう見ず勇敢さではなく、人生の困難さから逃れようともせず、その身を賭して生きる者を指す言葉になった」

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確かにかつては大家族という小宇宙が私たちの周りにはあったのです──小路幸也『東京バンドワゴン』

確かにかつては大家族という小宇宙が私たちの周りにはあったのです──小路幸也『東京バンドワゴン』



古くは『七人の孫』(源氏鶏太原案)から『寺内貫太郎一家』(向田邦子脚本)、あるいは『時間ですよ』(橋田壽賀子他脚本)も加えてもいいかもしれませんが、かつてはテレビドラマに大家族ものというジャンル(?)がありました。
この小説はそんな大家族の雰囲気を思い出させるのではないかと思います。知らない人には大家族というものがどのようなものなのか考えるきっかけになるかもしれません。(この小説も少し前にテレ

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歴史家というより優れたジャーナリストの手法を生かして日本を正面から捉え直そうとした日本論です──デイヴィッド・ピリング『日本─喪失と再起の物語』

歴史家というより優れたジャーナリストの手法を生かして日本を正面から捉え直そうとした日本論です──デイヴィッド・ピリング『日本─喪失と再起の物語』



日本人は日本論が好きだとはよく聞かれる物言いですが、それはとりもなおさず近代日本の成立、戦後日本の復興の姿には、必ずやどこかに日本独自の発展史があるように思える(信じようとしている?)からでしょう。確かに明治維新の特異性はさまざに論議され、やれ絶対王政だ、ポナパルティズム(ナポレオンですね)だ、いや半封建制だといろんな議論がかつてはありました。

もちろんそんな論議はいつも後知恵のように思えた

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広がり続ける読書(=本)の可能性は未来への扉を開けるものです──池澤夏樹『本は、これから』

広がり続ける読書(=本)の可能性は未来への扉を開けるものです──池澤夏樹『本は、これから』



本について37人の識者が思いを綴ったものです。それぞれの方たちの本(この場合は紙の本のことです)に対する愛情がいっぱいに詰まっています。上野千鶴子さんのように「デジタル情報もアナログ情報もとうぶん併存しつづけるだろう。書物はなくならない、今度は「伝統工芸品」として」というものもあり、また、外岡秀俊さんのように「「書籍」に対する愛着が深ければ深いほど、「紙」と「電子」の違いには、こだわらざるを得

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天命を知り己を知って生きている弥十郎には声援というより温かい言葉を掛けたくなる中年の星なのです──北重人『月芝居』

天命を知り己を知って生きている弥十郎には声援というより温かい言葉を掛けたくなる中年の星なのです──北重人『月芝居』



主人公は江戸留守居役を勤めている小日向弥十郎、年の頃は50過ぎ、立派な(?)お年寄り。この留守居役といえば諸藩の外交官のようなもので、さまざまな情報集めや、幕閣の意向、動向を知るべく慌ただしい毎日を送っています。

さて物語の時は老中・水野忠邦の治政、いわゆる天保の改革です。妖怪を異名をとった甲斐守鳥居耀蔵が町奉行の要職を務め、この二人三脚での大改革の真っ最中。この改革、奢侈の禁止と物価の統制

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私たちの先入観や独善をすっきりと解きほぐしてくれる清涼剤──池田清彦『世間のカラクリ』

私たちの先入観や独善をすっきりと解きほぐしてくれる清涼剤──池田清彦『世間のカラクリ』



声高に論じたいわけではないけれど、少し気になり、それがずっとつづいていることは意外と多いのではないでしょうか。たとえば、気候変動は一体どうなっているのか、自然災害はふせげるのだろうか、寿命ってどうなっていくのだろうか、そして癌治療はどうなっていくのだろうかと……。

池田さんはこの本のなかで、専門の生物学に裏打ちされた知見で私たちの気になっているけどどうしていいかわからないことをやさしく解き明

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火花散らす論戦こそが今必要なことなのかもしれません。政治哲学が不在な日本では……──小川仁志・萱野 稔人『闘うための哲学書』

火花散らす論戦こそが今必要なことなのかもしれません。政治哲学が不在な日本では……──小川仁志・萱野 稔人『闘うための哲学書』



とても挑発的な本だと思います。誰に対して挑発的なのか。萱野さん、小川さんの二人の間でもあり、読者との間でもあり、またここに取り上げられた哲学者たちへのものなのかもしれません。

哲学といってもさまざまなものがあります。哲学内でのギリシャ哲学、分析哲学などや、論理学、倫理学といったものもありますし、また政治哲学、経済哲学といったように呼ばれるものがあります。この本で対論されているのは、どちらかと

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「抽象的な行為」に陥ってしまう人間というものが持っている悲喜劇を活写──町田康『告白』

「抽象的な行為」に陥ってしまう人間というものが持っている悲喜劇を活写──町田康『告白』



言葉と行動が一致しないというのはよくあることですが、この場合、言葉は思いと同一なのが前提でしょう。ところがこの物語の主人公・熊太郎は、思いと言葉が一致しないことに困惑しながら生きているのです。
「俺の思弁というのは出口のない建物に閉じ込められている人のようなもので建物のなかをうろつき回るしかない。つまり思いが言葉になっていないということで、俺が思っていること考えていることは村の人らには絶対に伝

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官閥+世襲閥政治の日本にもの申す。多才な論客との討論が浮かび上がらせる今という時代──小熊英二他『真剣に話しましょう』

官閥+世襲閥政治の日本にもの申す。多才な論客との討論が浮かび上がらせる今という時代──小熊英二他『真剣に話しましょう』



「対談というからには、やはり相互のやりとりが大切だ。お互いに共通の認識や、基盤があることは重要だが、意見の違う部分を交換して、一人だけでは至れない地点に発展させるプロセスがもっと重要である。自分が対談をやるからには、そういうことをやってみたい。うなずきあいの対談では面白くないし、「人の悪口は当人の前でしか言わない」のが私の信条でもある」
という言葉通り舌鋒鋭い論を闘わせている対談というより対論

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心の優しさがあふれているショート・ショート集。穏やかな夢の世界へ私たちを誘ってくれます──ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』

心の優しさがあふれているショート・ショート集。穏やかな夢の世界へ私たちを誘ってくれます──ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』



イタリアを代表する児童文学者ジャンニ・ロダーリさんのショート・ショート集です。仕事で遠くへ行った父親のビアンキさんがお話好きの愛娘のために、毎晩電話でお話をするという設定で語られた物語です。娘が受話器をしっかりと耳にあてて父親の話をじーっと聞いているシーンが浮かんでくるようなお話が一杯です。しかも(?)どうも長距離電話らしく、電話代が大変なのでショート・ショートになったということです。

子ど

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