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青葉きらめく街へ帰る

ゴールデンウィーク前半、夫とともに帰仙した。
仙台に帰ることを、帰仙と言う。

正確に言うと、私の実家は仙台市ではなく、宮城県内の田舎の町なのだが、通っていた大学や以前の職場が仙台にあるし、宮城というよりも仙台といったほうが県外の人には伝わりやすいようなので、仙台出身ということにしている。

それはともかく、私の住む街へ帰るときにも仙台を経由する。

仙台に到着してすぐ、私と夫は、メーナという小さなレストランへと向かった。

駅から少し離れていて、奥まった場所にあるこのレストランは、学生時代、近くのマンションに暮らしていた夫が偶然見つけたお店だ。

本格的な料理なのに、お財布にやさしい。ランチだと1,000円以下でパンとごはんとスープが食べ放題で、お肉かお魚かカレーかビーフシチューかパスタが選べる。

この日のお肉ランチはハンバーグ
食べ放題のパンもとてもおいしい
ビーフシチュー

ランチタイムでも、ランチメニューだけでなく、アラカルトから好きなメニューを選べるのもうれしい。

アラカルトから
砂肝のコンフィサラダ

夫が関東の企業に就職するまで、メーナには何度も訪れた。
安くておいしい思い出の味は、今も変わらずおいしいままだ。

ここに通っていたのはほんの少し前のことのようなのに、結構時間が経っていることに驚く。
久しぶりに来ました、変わらずおいしいですね、とお店の人に話して店を出る。


歩いていると、私と夫が付き合い始めた公園を通りかかる。今年付き合いはじめてから10年が経つ。

ちょうど付き合いはじめたのも5月だった。

あのときと同じような、爽やかな風が吹き抜けていた。


公園を横切って、向かった先は大好きなジェラート屋さんGERATI BRIO。

この日は、オレンジ味と、リコッタチーズ味。果物の味がぎゅぎゅっと濃くて、チーズクリームは濃厚なのに爽やかで、甘すぎなくて、洗練された味。


せっかくここまで歩いたなら、定禅寺通りの木も見ていこう、という夫の提案に乗る。ジェラート屋さんに近い青葉通りも十分綺麗だけど、やっぱり仙台といえば、この並木道。

ビル街の中でこの木漏れ日に出会えるのが、仙台なのだ。サラサラと新緑の葉が揺れる。


仙台駅から電車に揺られること1時間。ようやく私の家の最寄駅に辿り着く。

電車を降りると、木と草の香りがした。

虫と小鳥とカエルがうるさいほど鳴いていた。


家では、父がバーベキューの火をおこしていた。
せせり、ハラミ、ジンギスカン、ステーキ、ソーセージ、カレイ、メバルを焼いて食べた。

バーベキューをするときいていたから
お土産にソーセージとベーコンを買っていった
父の釣ったメバル


家に帰ってから、今回は何か食べたいものある?と父に聞かれ、おにぎり、と答えると、へえ?と父は不思議そうな顔をした。

父がときどきつくってくれたおにぎり。お弁当箱だと邪魔になってしまいそうなときも、いつも食べている味の方が安心できるだろうから、と父はおにぎりを握って持たせてくれた。

父のおにぎりは、ちょっと大きくて、ぎゅっと握ってあるけれど、口に入れるとほろっと、ふんわり。最初から最後まで美味しく食べられるように、具が全面に入っている。絶妙な塩加減。ベタベタしないように、ほどよく乾かしてからラップに包んでいる。

やっぱり、父のおにぎりがいちばんおいしい。

父の卵焼きも絶品だ。卵焼きとオムレツのどちらかが毎日お弁当に入っていた。
毎日食べても、飽きなかった。

私の好物のアンコウのともあえは、冷凍してとっておいてくれた。

そして、鶏と春雨スープ。

以上、豪華な朝ごはん。

この日は、午前中に祖母の家を訪れたあと、お昼は地元の中華料理屋さん一龍へ。帰省するたびに行っている。

えびそば
エビチャーハン

そして、お気に入りのお店をぷらぷら。

夕方、母と夫と一緒に近くの日帰り温泉へ。

温泉は、それほど混んではいなかったが、家族連れできている人がちらほらいた。

露天風呂に入っていた5歳くらいの女の子が、お風呂の外の寝そべるベンチを指さして、「ねぇ、ねぇ、おかあさん、あそこでゆっくりしたい」と言う。

女の子がベンチに行ってから、あんなに小さな子でもゆっくりしたいんだねと、一緒にお風呂に入っていた母と笑い合う。

本屋さんで5歳くらいの女の子が「この絵本、なつかしい!」と言っていたときと同じようなきもち。おとなだけの感覚じゃないんだね。

露天風呂から内風呂へと移動する別の子が、露天風呂のまわりの玉砂利をぎゅっと両手にひとつずつ握ってもっていこうとしていた。いっしょにいたおばあちゃんから、「石はもっていかないよ」と言われて、素直にぽいっとおいていく。つるつると丸い石。ちょっと持って帰りたくなるのもわかる。

お風呂を出たあとも、暑すぎず、寒すぎず、心地よい初夏の風が吹いていた。



父は、私たちがお風呂に入っている間、夕飯の支度をしていた。

父が腕によりをかけた夕食は、父が前の日に釣ったメバルがメイン。


メバルの唐揚げ

父は、海だけでなく、山へも繰り出す。春はたくさんの山菜をとってくる。

わらび

父は、最近新たな仕事が決まり、森林関係の職場で働いている。
一緒に仕事をするのは穏やかな人たちで、週休3日だから、負担も少ないらしい。

「こんな働き方もできるんだって、この歳になってわかったよ」と話す父の顔はとても穏やかだった。

どうかこのまま父が穏やかな表情でいられるといいな、と思う。

飲みやすくて、おいしいお酒
メバルの煮付け
メバルの刺身
筍とメバルのお吸い物


隣でおいしいおいしいと食べていた夫が、「明日も釣りに行きますか?」と父に尋ねる。
「うーん、行こうかどうか迷っていたけど…一緒に行こうか?」と誘う父。

「はい!」と目をきらきらさせて答える夫。


そして、翌朝。

私まで海についてきてしまった。母もついてきた。

朝凪の静かな海。

みんなでバケツいっぱいのメバルを釣った。

私は3匹しか釣れなかったが、いちばん大きな魚を釣った。

父がつくってくれたお弁当


釣りから帰ってきたあとは、早起きして動いていたから、眠くなって、私は昼寝をする。

夫はこの日夫の実家のある青森へと発つ予定となっていた。私は2日後から仕事があるから、そのまま宮城に残る。あまりに眠すぎて、夫の出発時刻になっても起きられず、見送りができなかった。私が起きると、夫はすでに出発していた。

「さっきね、ぺこりんちゃん(=夫)がお茶を飲みたいっていうから、お茶を淹れたらね、お菓子出してきてくれたから、私もお菓子出したら、お菓子パーティーですねって喜んでいたよ」と母がうれしそうに話していた。

私が寝ている間に、母と夫はお菓子パーティーをしていたらしい。
ひとの実家でこんなに寛げるのはすごいなと夫に感心する。


昼寝から目覚めてから、母と私はふたりでカフェに行く。妹からおすすめされていたお店。
本当は妹も一緒に行けたらよかったが、今回の帰省の間、妹はコンサートに出かけていて会えなかった。ただ、来月から妹は関東に引っ越してくる予定だから、会う機会もおそらく増えるだろう。

訪れたのは、乳製品と卵と白砂糖を使わないスイーツを提供している「精進スイーツ結び」。天気がよかったから、テラス席でいただく。

いちごパフェと、いちごスムージー

やさしい甘さで、かろやか。
満足感はあるけれど、罪悪感のないスイーツ。

パフェのソフトクリームの下には、ふんわりとしたクリームと、苺のシャーベット、濃厚なチョコレートムース、手作りのシリアル。

丁寧につくられていることが、食べればわかる。


もう少し母と歩いていたいような気がして、帰り道、近所の神社に寄る。

神社のまわりは、しんと澄んだ空気が流れている。

神様がいるのか、いないのか、私はよくわからないが、この場所に神聖なものを感じとる、昔この地に生きていた人の気持ちはわかるような気がした。


夕方、幼馴染みの友人が家に立ち寄ってくれた。私が釣ったいちばん大きな魚をご馳走する。

ソイのお煮付け
煮付けたのは父

幼い頃も、ときどき友人とは一緒にごはんを食べた。
私も友人の家で何度もごはんをいただいた。友人のお母さんの料理もいつもおいしかった。友人も、いつも私の家のごはんを、おいしい、おいしいと言って食べていた。

20年くらい前のこと。
でも、ほんの少し前のことに感じる。

時間は戻せない、不可逆のもの。
でも、流れてなくなってしまうものではないような気がする。

自分のなかに、思い出の場所に、積み重なっている。


帰省すると、幼い頃の記憶がたくさん蘇ってくる。永年の記憶や思い出が積み重なっている場所がたくさんあるから。

もういないとわかっているのに、家に帰るとき、家を出るとき、犬小屋があった場所を見るのを私はやめられない。もうクッキーには会えなくても、そこでひなたぼっこをするクッキーのことを私は思い出せる。


次の日の朝。父は職場へ、母は小さな商店を営む祖母の家へと向かう。

もう帰っちゃうの、おばあちゃんの家でお寿司でも食べようか、もう少し一緒にいようか、と母は言う。

いいよ、行かないよ。一昨日おばあちゃんには会えたし。これ以上ご馳走を食べたら、日常に戻れなくなる。そう言って、母を送り出す。

実家でひとりになったら、急に寂しくなる。ああいつもそうだった、と思う。勉強しなきゃいけないから、一人で大丈夫だから、そう言って母を送り出したあと、少し後悔するのだ。ついていけばよかったかな、もう少し一緒にいてもらってもよかったな、と。
母が少しでも早く帰ってきてくれると、うれしかった。
口では、なんで早く帰ってきたの、と言っちゃうのだけど。

そんなことを思っていたら、本当に母は帰ってきた。イチゴとケーキを買って。やっぱりももちゃんがいるなら、もう少し一緒にいようかなと思って、と言いながら。ふーん、と私はそっけなく言う。


数年前、私は家から出られなくなって、何もできなくなってしまったことがある。それから、少しずつ、少しずつ、外に出られるようになった。

ずっと母には心配ばかりかけてきた。

私は、あの頃に戻りたいとは思わない。

ただ、何もできていない、と思っていたあの頃の私にもできていたことがあったのだと今になってわかる。

そばにいること。一緒にいること。

それは、今の私にはできないこと。


私も、母も、これ以上を望んだら、バチが当たるというくらい、しあわせな生活を送っている。

だけど、毎日会えないのは、やっぱり少し寂しいね、と言うくらいなら許されるかな。


歩いてもそんなにかからない道のりだが、駅まで母は車で送ってくれた。
私の姿が見えなくなるまで、母は手を振っていた。いつものまんまるにこにこの顔で。

私は、木と草の香りを吸い込んで、帰りの電車に乗った。



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