見出し画像

【厚生白書から読み解く】3歳児神話は何故生まれたのか?~3歳まで母親が子育てする必要はない~

子育てに関わる者…特に母親ならば一度は見聞きするであろう「3歳児神話」。
これは「3歳までは母の手で子育てすべき」という理論だが、これについて厚生白書を中心に持論を述べていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●3歳児神話には合理的な根拠がない。

3歳児神話には、少なくとも合理的な根拠は認められない。
これは、厚生労働省が発行している厚生白書平成10年に記載されている文言である。
以下詳細。

三歳児神話は,欧米における母子研究などの影響を受け,いわゆる「母性」役割が強調される中で,育児書などでも強調され,1960年代に広まったといわれる。
そして,「母親は子育てに専念するもの,すべきもの,少なくとも,せめて三歳ぐらいまでは母親は自らの手で子どもを育てることに専念すべきである」ことが強調され続けた。
その影響は絶大で,1992(平成4)年に行われた調査結果においても,9 割近い既婚女性が「少なくとも子供が小さいうちは,母親は仕事をもたず家にいるのが望ましい」という考えに賛成している。
しかし,これまで述べてきたように,母親が育児に専念することは歴史的に見て普遍的なものでもないし,たいていの育児は父親(男性)によっても遂行可能である。また,母親と子どもの過度の密着はむしろ弊害を生んでいる,との指摘も強い。欧米の研究でも,母子関係のみの強調は見直され,父親やその他の育児者などの役割にも目が向けられている。
三歳児神話には,少なくとも合理的な根拠は認めら れない。

厚生白書平成10年 第2章より
厚生白書平成10年 第2章 原文

●なぜ3歳児神話は生まれたのか。

①高度経済成長による「男は仕事・女は家事育児」価値観の誕生


厚生白書を読むと、なぜ3歳児神話が生まれたのかもわかる。
以下詳細。

 戦後,高度経済成長の過程で,母親が子育てに専念することが一般化した。
戦前,産業構造が第1次産業中心であった時代には,多世代同居,いわゆる大家族が社会の基礎的単位で あった。
そこでは家族の構成員のすべてが農作業などの生産労働に従事するのはごく当たり前のことであり,母親も例外ではなかった。母親は,生産労働に従事しながら子育てを行う一方,祖父母や兄弟姉妹など家族全体,さらには地域社会の支援を得,子育てを担ってきた。母親は,決して一人で子育て 専念していたわけではないのである。
しかし,先にも述べたように,産業構造が転換する過程で,人口構造の転換とも相まって,男性はサラリーマンとして外で所得を得,女性は家庭の中にあって家事・育児に専念するという分業が確立してい く。
そして,戦後の高度経済成長期を通じて,郊外化,核家族化が進む中で母親が一人で子育てに専念することが一般化したのである。
また,急速な都市化により形成された郊外地域では,子育てを受け止める地域社会は十分に形成されて おらず,このことが更に母親の育児への専念,集中を招いた。
あたかも普遍的なものと受け止められがちな「母親は子育てに専念するもの,すべきもの」との社会的規範は,戦後の数十年の間に形成されたに過ぎない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 「母性」の過剰な強調が,母親に子育てにおける過剰な責任を負わせた。
戦後の高度成長期を通じ男女の役割分業が確立していく過程で,欧米における子どもの発達に関して母子関係を重視する研究の影響なども受け,子どもに対する特別な影響力を有する母親の性質-「母性」 の役割の重要性が強調された。
「母性」とは,通常,産む性としての女性が有する性質としてとらえられるが,その内容は,妊娠・出産し哺乳し得る能力として限定的に理解するものから,そのような生得的能力に由来する女性特有の子育て能力として理解するものまでその概念はあいまいかつ多義的である。
このような「母性」概念のあいまいさの中で,子育てにおけるこの「母性」の果たす役割が過度に強調され,絶対視される中で,「母親は子育てに専念するもの,すべきもの」という社会的規範が広く浸透していった。

厚生白書平成10年 第2章より
厚生白書平成10年 第2章 原文

上記を要約すると、

戦前は母親も農作業をしている家庭が多く、子育ては両親以外(祖父母、兄弟、地域社会)が密に関わることが当たり前だった。

だが、戦後の高度経済成長により専業主婦が増加していった。

そんな中、欧米の「”母性”の役割の重要性」という研究の影響が、”母性”の概念が曖昧なまま日本に渡った結果、3歳までは”母”の手で育てるべきという育児概念が浸透した。
ということだ。
「母性」と「育て手」を容易に結びつけてしまった結果が3歳児神話の誕生である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

②共働きの大変さ&子育て支援体制の不足


上記以外にも、3歳児神話が浸透した理由は上記以外にもあると感じた。
それは、
①共働きの大変さ
②子育て支援体制の不足

である。

①共働きの大変さについて、具体的に説明する。
1986年、女性の社会進出の推進のため、男女雇用均等法が施行されたが、当時はライフワークバランスといった概念が無く、「男は仕事・女は家事育児」の概念が一強であった。そのため、女性が働く場合は、男性社員と同等の働き方を求められた。
さらに、「男は仕事・女は家事育児」という価値観が浸透しきっているので、女性が働くことになっても、女性の家事育児の負担は減らなかった。
そのため、共働きは女性にとって時間的にも体力的にも負担が大きかった。

②子育て支援体制の不足について。
これは、上記と関連しているのだが、男女雇用均等法が施行されて間もない頃、女性が働く場合は男性と同じ働き方を求められた。つまり、時短勤務や残業少なめ希望といったワークスタイルが叶わず、働く以上はフルタイムでバリバリ働かざるを得なかった。
その上、保育園の数自体が少ない、延長保育ができる園が少ないといった、子育て支援体制の不足もあり、共働きは非常にハードルが高かった。

厚生白書平成10年 原文


当時の専業主婦も、家族ぐるみの子育てではなく核家族による子育てを強いられる人が増え始めていたため、決して専業主婦の方が圧倒的に楽♪というわけではなかったようだが、それと比べても、共働き家庭はとてつもなく大変なことが上記から伺える。
このような時代背景が、「3歳までは母の手で育てる」という理論をさらに助長したと私は考えている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●大切なことは、子供が”誰に”愛されるかではない。”どれだけ”愛されるか。(愛着形成)

ここから先は厚生白書とは無関係の内容である。
必ずしも、母親が子育てに専念する必要がないことは厚生白書に書かれているが、だからといって3歳まで適当に子育てしていいわけではない。

3歳までに重要なのは、子供がどれだけ愛されるかである。
さらに具体的に言うと、
ここでいう愛されるとは、「愛着形成」を作ることである。

愛着形成とは、精神科医のジョン・ボウルビィの著書「愛着行動(1969年)」の言葉であらわすと、「子どもが不安な時に親や身近にいる信頼できる人にくっつき安心しようとする行動」のことである。

子供が不快や不安を感じた時、信頼できる大人が子供の不安を拭うことで子供は安心感を得る=その大人との間に愛着形成が作られる。
子供にって愛着形成された大人とは、安全基地のような存在である。

子供は、身近に安全基地があると「何かあっても安全基地が近くにいるから安心!」だと感じ、好奇心や感情のまま行動する、情緒豊かな子どもに育つ。

安全基地となる人間は、母親ではなくても構わない。
父親でも祖父母でもきょうだいでも、保育士でもシッターでもよい。

これは様々な育児本に書かれている内容で、例えば私が持っている杉山登志郎(精神科医)著書「子育てで一番大切なこと」p48にも同様のことが書かれている。
※ただし、この本は3歳までは子供の傍にいてあげた方がいいという思想が強めなので、3歳未満の子供に保育園に通わせる予定の人は読まない方がいいと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

おわりに

3歳までは母親が子育てに専念すべきという価値観には根拠がないので、もしこの言葉に苦しんでいる方がいたら、この記事で救われることを願う。

私自身は、これらの情報を知った上で、子供を生後6ヶ月から週3ペースで保育園に通わせている。(早生まれ&保育園激戦区のため生後6ヶ月から入れざるを得なかった背景があるが、そうでなかったとしても1歳以降から入れていたと思う。)
園を選ぶ際には、先生と子供が愛着形成を作れそうな、先生にゆとりのありそうな保育園を選んだ。
とはいえ、家族と作る愛着形成には敵わないと思うので、保育園に行く前の朝とお迎え後のおうち時間、保育園に行かない曜日は子供と密に接して、愛着形成を作れるよう努力している。

私は妊娠発覚以降は専業主婦で、子供を3歳まで自宅保育するか3歳未満のうちに保育園に通わせるか、どちらの選択も可能だったので、どちらの子育て方法をとるか3ヶ月以上も悩んだ。
なぜ保育園を選んだのかは、気が向いた時に記事にまとめようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?