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「せんせい」へ。

学生時代に好きだった先生は
あまりいない。

不登校を経験した前後に、
「それ、先生が言うたらあかんやつー」
という言葉とたくさん出会ったことも
手伝い、

先生という漢字を見るだけで、
「苦手」の棚に自動的に放り込む
処理が行われるようになった。

ところがここ数年でその棚の横に
新しい棚が増設された。

そしてこの棚には「好き」が
みるみるうちにいっぱい詰まっていった。
自分でも驚いた。

なんか知らんうちにわたしの脳内で
「先生」の更新作業がせっせと
行われたらしい。

そしてそのアップデートにはもちろん、
きっかけになった先生が何人かいて、
ひょんなことから出会えた人たちとの
ご縁のおかげだ。

その中でも特に大きな存在である先生を、
わたしは「せんせい」と心を込めて
大好きなひらがなで呼ぶことにする。

初めて会った日。せんせいを見た瞬間、
「なんか知らんけどめっちゃ好き!!」
と思った。

わたしの直感は時々、ものすごく
良い仕事をする。

以前勤めていた会社の採用担当者の声を
電話で聞いた瞬間にも、同じように感じた。

当時わたしは初めての職種や環境に
挑戦すべく、緊張と不安でいっぱいの
応募だった。

おまけに笑えるくらいの人見知りと
小心者である。

しかし同時に、この人と決めたら
勢いよくしっぽを振って飛び込んでいく
性格でもある。

「怖い人やったらどうしよう・・・・」
とドキドキしながら聞いたその声だけで、
「この人と仲良くなりたい!!!」
と決めた。

入社後は用もないのに毎日話しかけ、
在職中はおろか退職してからも
現在に至るまで、なんやかんやと
お世話になりっぱなし。

そんなわけで、もちろんせんせいにも
会うたびに話しかけた。

せんせいはみんなに平等に優しく、
わたしのどうでもいい雑談にも
丁寧に耳を傾けてくれた。

でも、なかなかその向こう側にいる
「個人」としてのせんせいとは
話せている実感がなかった。

いつ会ってもいつ見ても、いつも笑顔で、
礼儀正しくて、まじめで、
気づかいができて、
意見を押し付けたり、偉そうにしない。

冷静に客観視と分析ができる頭のいい人。

冗談を言って大声で笑ったり、
怒ったり驚いたりする姿を見たことがない。

この人はどうしてこんなに
常にフラットでいられるんだろう。

でも時々その穏やかな瞳の奥に、
なにかものすごく魅力的な個性が
きらりと小さく光るような、
不思議な瞬間がある。

これまでに会った人の中で
いちばん人間的に大きくて、
そして謎に満ち溢れた人がせんせいだった。

ある時、わたしは不登校経験を
せんせいに話してみた。

せんせいはちょっと眉をあげて、頷いた。

その頃には、にやりと笑えるような
冗談をぽつりと呟いてくれるように
なっていたけれど、

結構大きめの告白をしたその時にも
対応はやっぱりせんせいらしくて、
なんだか心地よかった。

同情や驚きも、半端な励ましもない。

そのままのわたしを受け入れてくれている。
そんな気がした。

それからひさしぶりに会った日、
せんせいはわたしを見るなり、
これまで見たことがないような表情で、

「ああ」

と笑ってくれた。

わたしはたぶんあれほど強く、
再会を心の底から喜んでくれている
と全身で感じられた経験はない。

せんせいはいつものあの顔で、
ため息のような小さな声で、
飛び切りの「嬉しい」を伝えてくれた。

あれから何年も経ったけれど、
わたしはこの先もきっとあの時の
せんせいの表情を忘れることはないと思う。

せんせいと再会してから再び時は流れ、
わたしは人生何度目かのピンチに
立っていた。

せんせいに会いたい。
せんせいなら、なんて言ってくれるだろう。

けれど仕事で忙しい先生とは予定が合わず、
新しく出会えた友人に支えられて
ひとりで答えを出した。

いま振り返ってみればあの時せんせいと
会えていたら、その友人とはいまのように
親しくなれていないかもしれない。

深い森に迷い込んだわたしに、
自分の足でその森を出ることが出来ると
気づかせてくれたのは、その友人だった。

せんせいは意図せずに、わたしたちを
結びつけるきっかけをくれた気がする。

それからせんせいに会えたのは、
1度だけ。

せんせいは引越しすることになり、
準備で大忙しのなか、わざわざ
ふたりきりで話せる時間をとってくれた。

わたしは会えなかった期間の
いろんなことをせんせいに話した。

どん底のピンチに陥ったこと。

がんばっても、がんばっても、
波は大きくうねって越えられなかったこと。

でも友人のおかげで決断できたこと。
そしてまだ、次の道は見えていないこと。

せんせいは、

「手は止められへんけど、
 聞きながらできるからええよ」

と、荷造りをしながら聞いてくれた。

わたしはたくさんの感謝を伝えた。

せんせいと会えて「先生」のイメージが
変わったこと。

まるごと認めてもらえたと感じたこと。

それらは大きな自信になったこと。
でもその自信はまた少し揺らいでいること。

せんせいはわたしが作った作品を
初めて見たときに、

「すごいなあ。これはお金を出しても
 欲しいって言われる作品やなぁ」

と、熱心に褒めてくれたこと。

まだ特に誰からも言われてないけども、
せんせいが言うと本当になりそうだから
ずっと大事に信じていくと決めたこと。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

って言ってくれたけど、
だいじょうぶに出来なくて
悔しくて悔しくて仕方なかったこと。

でもせんせいが言うとやっぱり
だいじょうぶかもと思えるから、
この先もきっとだいじょうぶって
もう1度思うと決めたこと。

そして言えなかったことがある。

せんせいみたいな人とまた出会えた、
嬉しい、とせんせいに言えなかった。

だから安心して見ててね、
って胸を張って言えなかった。

せんせいにあの顔で笑って、
一緒に喜んでもらえなかったこと。

せんせいと出会えたことを形にしたい、
文章にしてもいい?って聞いたら
楽しみにしてる、って言われたけれど
まだ上手に書けていないこと。

せんせいに出会えてわたしの中で
何かが確実に変わったこと。

世の中にはこんなに素敵な「先生」や、
大好きになれる人がたくさんいることを、

どこかで同じように経験をした
誰かの心に届けられる文章が書きたい。

賞をとったその時には新しい住所に
連絡すると決めてること。

せんせいを超える人と出会えるのが
いまの新しい目標になってること。

きっとだいじょうぶって、
自分にも人にも言える人になること。

資格を取ったこと、いつかその資格を
活かした仕事をしてみたいと
思っていること。

叶えるから、待っててね。

せんせい、
次に会える日を本当に楽しみにしています。


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