酒が飲みたいんじゃない。気を失って何もかも忘れたいんだ。

むかしむかし、まだ私がうら若き小娘だった頃、そして隠れた悪意なんてなくて、見た目からあからさまな悪意しか世の中には存在しないと思っていたバカだった頃(←まあ、今も相変わらずバカだけど)、今となっては信じられないことに、お酒はほんの少ししか飲まず、常に誰かの介抱役だった。

あのときは、飲んで騒いで絡んでくる人たちに嫌気がさしていたし、介抱しても次の日には介抱されたことすら忘れている酒好きたちがある意味羨ましかった。

私だって、お酒のんで、言いたい放題して、「かわいいから許す」とか「面白いから許す」とか「酒の席だから悪口暴言セクハラもゆるす」って言われてみたかった。


社会人三年目を過ぎたあたりから、ストレスが決壊して酒に溺れ始めた。別に他人と飲んでも楽しいわけじゃない。結局「ぼくら仲間ですから、無礼講ですよ」と言ってた人も、私がお酒を飲んで愚痴れば引くし、「お酒に酔ってかわいい~」年齢をとっくに過ぎたOLを介抱してくれる人はおらず、人と飲んでも疲れるだけなので、一人暮らしでストロング系酎ハイやらテキーラやらウォッカやらウィスキーやらを飲んで、意識を失って寝るのが常になっていた。


断酒している今でも、辛いときは、突然「酒が飲みたいっ!」と勝手に独り言が出てきてしまうが、よく考えれば別に酒が飲みたいんじゃなくて、意識を飛ばして記憶を消したいだけなのだった。


「みんなね、色々かかえてんのよ。若くて田舎の温室育ちで大切に育てられてきたあなたにはわからないと思うけど」

新採の時の最初の上司は私にそう言ったが、その上司は、まさか私が他人に「それ虐待でしょ」「いや、警察呼ぼうよ」と言われ、警察と弁護士から「どうにかして逃げようよ」と言われるくらいの状況にいたなんて知らない。
常に誰にたいしても敬語で話し、怒られないように先回りして物事をこなす姿を見て、勝手に「温室で大切に育てられた」と思い込んだだけだ。

「親の面倒は誰が見る予定なの?」と一人暮らしをしている自分に何気なく聞いてくる上司と先輩に、「さぁ、まだ若いんでわかんないですねぇ」と言って愛想笑いを作り、本当のことを言っても信じて貰えないことがわかっているから、家に帰ってから改めて酒で飲みなおした。
当時はお酒の味が美味しいからだと思っていた。でも、本当は違う。何もかも忘れたかっただけなのだ。 


寝酒は、むしろ記憶の定着を高めてしまう、というのは、どこかの研究で明らからしく、それを証明するように、電車に乗っている時や、仕事をしている時に、不意に昔のことを思いだし、涙が溢れて仕方なくなる。
全然忘れさせてくれない記憶をどうにか押し込もうとするけれど、ありがたいことに、アラサーの疲れたOLなんて誰も興味がないから、電車の中でも仕事中でも、私が泣いていることに気がつかない。


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