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私の村上主義者としての歩み

私が初めて『村上春樹』を知ったのは、朝のニュースだった。

当時、私は高校受験を控えた中学生で、ニュースは欠かさず、意識して見ていた。
そんな中で、ベストセラー作家の最新刊発売!というようなタイトルで『1Q84』の確か最終巻発売が大々的に取り上げられていたのを覚えている。
その時はふ〜ん、とよくそんな分厚い本を、三部作を読める人間がいるな的な感じで見過ごしていた。

母親は、『村上春樹』を心底嫌っていた。
なんでそんな話になったのか覚えていないが、彼女曰く
「昔、君は“緑”に似ているねと誰か知人の男性に言われて試しに読んでみたら、その意味に辟易しその怒りから二度と作品は読んでいない。私はあんな女じゃ無い」といったものだった。
詳しくどういうことに彼女が嫌になったのかその時曖昧にされたが、今ではその言わんとすることがよくわかる。
ちなみに私の村上作品で一番好きな女性はその“緑”だ。

そんな『村上春樹』を読むきっかけは、受験時期だけ通っていた塾での授業だった。
それは講師の先生が好きだったから履修していた現代文の授業で、
(当時大好きな先生はいたのに、なぜ家や家族のことを相談できなかったのかは不思議だけれどきっと大好きだから言えないこともあるからだ、と今になって思う)
毎回違う作者の、違う作品の一部切り抜きの文章を読解するというものだった
その授業をいつも通り受講したある日、私は衝撃的な体験をする。
その日の授業で読んだ文章は、村上春樹の処女作である『風の歌を聴け』のある場面の切り抜きだった。

その文章に触れて、私に電撃が走った。
一度読み終えて、普段であればすぐ隣の問題文に向かうのに、その文章を繰り返し読まずにいられなかった。
たぶん、3回読み返して残り時間に気づいてやっと問題文に向かった気がしている。
それくらい魅力的でそして中毒的な、何度も読み返してうっとりしてしまうような

その文章は、まさに青天の霹靂だった。

その文章を読んでいると、堪らなくなにか眩しいくらいきらきらしたものを感じた。
正直どんな文章だったかもう忘れてしまったのだけれど、
(多分再読してその部分に差し掛かれば絶対にわかる)
が、私にはその感じたことの方が重要だったので読み返さずにあえて言いたい。


今まで生きてきて後にも先にも、あんなにきらきらした眩さを文章の中に見たのはあれが最初で最後だった。

それぐらい衝撃的な、『一目惚れ』のような邂逅だった。

文章を読んでこんなにも魅了されることがあるのかと、その先生に興奮のあまりを訴えたのを覚えている。
幸いなことにテキストの追記に作品名と作家名が記載されていたことから、当時の私でもその気になればその本を手にすることができた。
「村上春樹、いいよ」
先生に背中を押してもらい、私は図書館で『風の歌を聴け』を借りることにした。
それが私と『村上春樹』との出会いだ。

しかし、念願のその作品を読了してみて、私の感想は「なんかよくわからない」だった。
あれほど魅力的に映った文章が、全体を合わせて読むと霞んでしまったのが不思議でならなかったのを覚えている。

でも、あの第一印象が忘れられず、私は諦めず『ノルウェイの森』を手にとった。
そして、緑に出会う。
彼女の言動に惹き込まれ、好きになってしまい、その流れでするすると物語に引き込まれていった。

上巻はそんな感覚に驚き戸惑いながらも、
下巻を読む頃にはすっかり村上春樹の書く文章の虜になっていた。

私は、高校1年生になっていた。
幸い近くで村上春樹の名前は知っていても、作品を読んだという同級生はいなかったので、そこまで隠さず読めていたが、流石にあの内容を学校で読むのはドキドキした(笑)。アブナイシーンでは文章を手で隠しながら、読んだのも覚えている。

学生運動等や60年代70年代の文化に興味を持ったのも間違いなくこの時だ。
樺美智子が誰なのか、グレート・ギャツビーとは、ミッドナイト・ブルーはどんな色なのか、表題の「ノルウェイの森」のメロディは・・・

後半になると一文一文を噛み締めて、時には上巻を読み返して理解したくて必死だった。
読み終えての感想は「めちゃ面白い!!!」
次も次もと、手にしたのは『1Q84』。
もうここからは、村上春樹の作品を読み始めると、手が止められず、
最初から最後までそのストーリーと文章を満喫した。

思う。
あの感じたきらめきは本物だった。きっとあれは私にとっての啓示的きらめきだったのだ。


それまでショート・ショートばかり読んでいた私には、衝撃的だった長編なのに飽きない、読めば読むほど癖になる感覚。
なるほど、これが小説の面白さかと10代の少女ながらに悟ったのを覚えている。

それから、作品は読破して、まだエッセイでは読めていないのがちらほら。
読みたい気もするのだけれど、全て読んでしまう勿体なさみたいなものもあって笑
手をつけられずにいる。

村上春樹の世界に浸ってから、私は様々な現実の世界のことに興味を持つようになったのも事実だ。

戦後〜私が生まれるまでの教科書では教われない日本の歴史だとか、
触れたことのない宗教、文化、人。
お酒とバーカウンター、料理、ジャズミュージック、
彼が野球ボールの啓示を受けて小説を書き始めたのが30歳という事実、だとか、

あの時、あの頃村上春樹の作品を読めて、出会えて心底よかったと思っている。

雪のある朝、ふと早起きしてこんな文章を書いている自分を好きにもなれるし、
まだまだ格好いい大人を夢見ることもできる。

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