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彼女が必要

僕はかつて演劇をやっていた。

小さな劇団に所属していた。

お芝居は楽しかったが、生活は苦しかった.。

けいこがあるので、バイトはそんなに出る事ができない。

チケットのノルマもきつい。

文字通りカツカツであった。

他の団員もほぼ同じ状況であった。

が、団員の中で、Aさんだけは違った。

彼はバイトをせず、演劇1本だけで生活していた。

といっても、役者として食えてたわけでない。

「彼の夢を全力で応援したい」

Aさんには、生活費の全てをバックアップしてくれる、頭のいかれた・・もとい、すてきな彼女がいたのだ。

ヒモ生活をしながらの演劇活動。

僕はAさんがうらやましくてしかたなかった。

こんな彼女がほしい。

そう念願する毎日であった。

しかしそんな彼女を見つけるなんて、演劇で身を立てるより難しい。

どうすればよいか?

考えた結果、Aさんに彼女を譲ってもううのが、一番手っ取り早いのではないか。

そういう結論に達した。

なので、公演の打ち上げの席で、僕は酒の勢いも借りて、Aさんにお願いしてみた。

「やなこった」と、案の定、Aさんは一蹴した。

だが、僕は食い下がった。

苦しい生活からおさらばしたくて、必死だったからだ。

「頼んますよ。もうAさんは、さんざん楽してきたからいいでしょ」

「ふん。俺はガムの味が無くなるまで、かみ続けるタイプなんだ」

「さんざん世話になってる人をガム扱い・・。チクりますよ。彼女さんに」

「言うなよ! 言ったらぶっ殺す!」

しばし、二人で言い争っていると、そこへBさんがやってきて「俺に譲ってくれ!」と参戦してきた。

しかもBさんは「おねげえしますだ!」と、Aさんに土下座までしたのである。

思わぬ伏兵の登場に焦った僕は、負けじと「おねげえしますだ!」とAさんに土下座をした。

こまりはてたAさん。

「はあ~」と深いため息をつくや、胸ポケットからメモ帳を取り出し、「①」「②」と書くや、紙をちぎり、僕らに渡した。

そして、「俺が別れたら、ナオミ(彼女)を譲ってやろう。これは順番待ちの整理券だ」と言った。

僕が「いつ別れるんですか?」と聞くと、Aさんは、

「まあ、俺が超売れっ子の役者になったら、ナオミを捨てて、パリコレのスーパーモデルと結婚する予定だから、その時だな」

とぬかした。

僕とBさんは「なんちゅうやつじゃー! お前は鬼かー!」と二人で、Aさんをタコ殴りした。

それからまもなくして、僕は劇団を離れた。

劇団の方も、しばらくして、自然消滅という形でなくなった。

Aさんは現在、警備員をしていて、彼女にはとっくの昔に捨てられたそうだ。

僕は仕事中、面倒なトラブルに巻き込まれたり、休日出勤を命じられるたびに、いつもこう思う。

「あーあ、Aさんからもらった整理券を捨てずに持っていれば、今頃、夢のヒモ生活だったのによお」と。(最低)

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