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はじめましての日(自然無痛分娩の出産レポ)

1月の終わりに、第一子が生まれました。

退院してからの一ヶ月は恐ろしいほどにあっという間に過ぎ、育児の大変さをしみじみ感じています。(お子はとても可愛い)

出産後に書いたわずかなメモを読み返しながら、記憶が少しでも新しいうちに出産のときのことを書いておこうと思います。

出産は本当に人それぞれ、さらに言えばおなかにいる赤ちゃんによってもそれぞれなので、こんなパターンもあるんだな~という程度に読んでもらえたら幸いです。

陣痛が分からない

住んでいる地域の両親教室で、助産師さんが「陣痛の痛みは絶対に気づくので大丈夫です」と言っていた。それほどに痛いのか…と、これまで体験したことのない「陣痛」という未知の痛みにビビる私。

陣痛はいつ来るんだろう、はたまた破水なのか…と出産予定日までドキドキしながらカウントダウンする日々は不思議だった。
冷静に考えたら、いつどんな痛みが来るかも分からないまま急に産まれるタイミングがやってくるってビックリドッキリすぎる。
これだけ医学が進歩しても分からないのだから、出産ってすごいな。

そんな心配をよそに、出産予定日になってもうんともすんとも言わない我が子。今日は来ないねえとの夫と話しながら晩ごはんを食べて、週末のお休みは何をしようかなんて悠長に考えながら眠った。

その日の早朝に、ものすごく腰が痛くて目が覚める。あまりの痛さに身をよじるけれどなかなか収まらない。

これがどうやら陣痛だということを、しばらくしてから気づいた。
というのも、妊娠後期に入ってから腰や肩が痛くて朝方目が覚めることもしばしばで、今回も同じかと思ったからだ。
しかし、いつもより痛みが強いことに加え、痛みが収まったり強くなったりを繰り返しているので、ここでようやく「もしや…?」と思った。
陣痛タイマーのアプリをこのタイミングで急いでダウンロードして、5分前後の間隔で痛みが来ているので確信に近付いた。

ものすごく痛かったけど、これが陣痛!って分からなかったよ、助産師さん…。

病院に電話してみると「腰が痛いことも陣痛の一種」という話で、状態を話すと病院に来るように促された。

無痛分娩の話

病院に着いてあれよあれよと促されるまま着替えなどの準備をして横になると、さっそく無痛分娩の麻酔を打つことになった。

妊娠が分かって分娩先の病院を決める時に、無痛分娩ができる(実績のある)病院にするというのは決めていた。
妊娠期間中に麻酔についての説明を受けていたけれど、いざ打つ瞬間はやはりドキドキする。

打ってからしばらくして陣痛の痛みが弱くなってきた。
そこからは赤ちゃんがおりてくるのを待つ時間が長かった。しかし陣痛の痛みがほぼ無い状態だったので、付き添いで傍にいてくれた夫と普通にのんびり会話できていた。

しかし、麻酔のおかげで陣痛の痛みが弱くなったせいか、赤ちゃんがなかなかおりてこないため、陣痛促進剤を使うことになった。

痛みを抑えるために麻酔を打ったけど、弱くなったので促進剤で痛みを強くしなければならないってなかなかの矛盾だとは思ったけど、100%そうなる訳ではないし、その時の状況でなってみたいとわからないので仕方ない。

無痛分娩のメリットデメリットはあれど、しばらく待っている間に痛みが少なかったことや全体通して痛みを和らげてくれたのかと思うと、私は無痛分娩の選択肢を選んでよかったです。
ちなみに最終的にはボロボロ泣くほど痛くて、全然「無痛」分娩ではなかったです。

あくまで私の場合というだけで、一概にどれがいいとは言えないです。これはそれぞれの選択があるなーと思います。

なんだか泣けた、はじめまして

促進剤を使ってからは陣痛の痛みが強くなり、助産師さんに促されるままいきみ始める。なかなか赤ちゃんが降りてこないまま、どんどん痛みが強くなって、うまくいきめなくなってきた。

「痛い…」と思わず呻いては「声出すといきみが弱くなっちゃうから!声出さなくていいよ!」と窘められてしまうも、それでも痛すぎて「もう無理~~~痛い~~~」とボロボロ泣いてしまう私。

そこから吸引できるぐらいに赤ちゃんが降りてきたからか、お医者さんも登場してあれよあれよと準備が進んで、吸引分娩となった。

痛みで半ばパニックになっている中、酸素マスクがつけられる。お医者さんはいたって冷静に行動を促してくれて、そこでちょっとだけ冷静になれた気がする。

助産師さんたちが何人も来てくれて、痛みで閉じてしまう足を支えたりたくさんたくさん声かけしてくれる。

「次でうまれるよ!!!」

痛みで朧気な視界と意識の中そう言われて陣痛がきたタイミングでいきむ。お医者さんがぐうっと引っ張り、助産師さんがタイミングを合わせてお腹を押す。
ぐうっと力を入れると閉じてしまう目をなんとか開けて見えたその光景は、多分一生忘れない。

既に痛みで泣いていたものの、分娩のために煌々と照らされたライトに映った我が子の姿が見え、泣き声が聞こえた瞬間はボロボロ涙が止まらなかった。

無事に生まれてホッとしたのか、嬉しかったのか、痛みから解放されて緊張が解けたのか、はたまた全部の感情がごっちゃになっていたのか、とにかくとにかく泣いてしまう。

我が子がわんわんと泣く姿を見て、なんというか、生きることの強さとか、儚さとか、尊さとか、とにかく力強いパワーを感じた。
ああ、私はなんとしても生きなきゃなあ、生きたいなあって思った。

はじめて抱っこした時は、そんな色々な感情がたくさんあっただろうに一言目に「大きい…」と言って笑みがこぼれる。体重を後で聞いたらかなり大きかったみたい。

最初に抱っこした時に撮ってもらった写真は、涙がボロボロ、鼻水べーべーのとてもお見せ出来ないような泣き顔の私が写っていた。
(生まれたあとの諸々の処置が終わった後落ち着いてから赤ちゃんが戻って来てくれて、落ち着いてまた撮り直しました。)

すべて終わってから、車いすで病室に連れて行ってもらって、ちょうど夜ごはんの時間だったのか割とすぐにごはんが運ばれる。我が子はその日そのまま新生児室に運ばれていったみたい。
個室の静かな部屋で一人、とてもさっきまで大泣きしながら痛みに耐えた分娩があったとは思えないなあ…とぼんやりしながら、ただただ無心でごはんを食べた。

その日は会陰の傷が痛くてなかなか眠れなかった。それでも、さっきまでおなかにいた我が子がいなくなった、ちょっとよれよれのお腹をさすって、産まれたんだなあ…と思いながら、目を閉じて過ごした。

立ち会いで出来ることないというけれど

分娩予定の病院では立ち会いができるということで、夫が立ち会ってくれることになったのだけど、本当に良かったなと思っている。

夫は、周りの先輩パパから「分娩中は特に旦那ができることは無い」と聞いていて、応援しかできない…と若干不安げだった。

けれど実際は、家で陣痛が起きてから、まだ来なくても大丈夫と言われた中でタクシーで一緒に向かって、まだ病院には入れなかったので夜中もやっているお店で待っていてくれた。

呼ばれてからも、ずっとそばにいてくれて、いきみ流しで腰を押したり飲物を飲ませてくれたり、終始握っていてくれた手を、私は陣痛が来る度何度も強く握って安心できていた気がする。

朝方から続いている分娩で、眠気に耐えながら、私がへこたれている時には何度も何度も優しく声をかけてくれた。ずっとそばにいてくれたのは本当に心強かった。

これで、できることは無いなんてことは無いでしょう。
(きっと先輩パパの方だって、奥さんにとっては力になっていたに違いない。自信持ってサポートしたって言ってほしい)

夫のおかげで、そしてお腹の中で頑張ってくれた我が子のおかげ。(もっというと助産師さん、お医者さん…すべての方のおかげ)

そして、立ち会いの有無に関係なく、世の中のお母さんへのリスペクトが止まりません。

出産を終えてしばらく経った今、あんなに辛かったはずの分娩の痛みもすっかり忘れたように育児に追われる日々です。

産後はゆっくり休んでねとたくさんの方に声をかけてもらったけど、仕事のピークもあってか休めていたのかは微妙なので、ロングスパンで無理しない生活をもう少し続けていきたいと思います。

以上、おぼろげで拙い出産レポでした。


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