ぼくが影響を受けた作品たち

ぼくは武蔵野美卒なのですが、美大教育を受けて良かったなと思う一つで「創作の源流を辿る習慣ができた」という事があります。

創作の源流は、平たく言うと「元ネタ」です。

記憶に新しいアニメ版「デビルマン」の広告は「デビルマンこそ様々な創作物の源流である」という本質的価値を視覚化した良い事例だったと思います。(この作品は違う!みたいな話もありましたが。)

ただし、ただ源流を薄めただけの作品が受け入れられる訳も無く、世に出ているからには源流と比較して新しい何かがあるはずですので、あまり「源流を見ていないくせに!」というオリジン原理主義になるのもちょっと違うかなと思います。ぼくもよく「いや、いいからジョジョを読め」と言ってしまうんですが。

創作物における源流は、確かに知っておいて損は無いと言うか、義務教育というか、その文脈を語る上では作り手なら触れておかなければならないものだとは思います。

作り手、と書きましたが、エゴを承知で申し上げるなら読者にも源流を知っておいて欲しいと思ってしまう事が多々あります。というのも、例えばぼくの作品に対して「これは◯◯の影響を受けてるな」と考察して頂ける事があるのですが、それが実際その通りなら嬉しい事なんですけれども「いやいや、その作品は違う!その作品が影響を受けたであろう源流の、そのまた源流に影響を受けてるんだよ!子どもでも孫でも無くて、それは親戚!」みたいな、複雑な気持ちがあります。

具体的に言うと、すごく若い作品、今まさに連載している作品を挙げられると、さすがにそんなフレッシュな所は拝借しませんよと思うのです。

ぼくが影響を受けていると前々から言っている作品群を列挙します。

「昴」の熱量、才能の描き方。天才とはどういった存在なのか、テンションとはどう描けば良いのか、運命の描き方、美しく気高いヒロイン。

「踊る大捜査線」の群像劇、主人公がヒーローにはならない美意識、ヒーローだった刑事をサラリーマンとして描き、サラリーマンをヒーローとして描いた。

「エヴァンゲリオン」の抑揚。圧倒的な緩急。音楽の扱い方。人を何年も引きつけて離さない謎の作り方。物語における秘密。

「池袋ウエストゲートパーク」世界観、繋がる物語。あいつがあいつとああなって…連鎖する人間たち。滑稽な描写。ふざけてて、チャラくて、最高にシリアスな演出。

「ジョジョ」セリフの強さ、能力戦。人間賛歌。人の才能に優劣は無いと言う基本姿勢。宿命の描き方。血縁の強さ。人間のプライド。悪のプライド。

「るろうに剣心」史実と少年漫画のバランス。どこまでやっていいのか、ここまでだろうという一線を超えてエンタメに昇華させる漫画力。

「最強伝説黒沢」主人公に据えられるはずが無かった人間に脚光を与えて、主人公として描き切った。黒沢のダメさ加減の絶妙な、愛のある眼差し。

「20世紀少年」伏線のチラシ方、物語の盛り上げ方、キャラクターの開示の段取り。あいつが20年後にこうなった!?という時間を飛ばす演出。過去と現在を交互に描くトリッキーなプロット。

「めぐりあう時間たち」何気ない日常、ほんの少しの違和感すら、時間をめちゃくちゃに編集して繋げる事で意味合いが生まれる。映画とは、編集とは何か。編集という神の視点こそが、物語なのだという強い意志。

「バックトゥザ・フューチャー」最高。オリジン。

「ターミネーター」最高。オリジン。

あと、この話の流れで思った「源流は作品だけでは無い」という話を書きます。

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