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飾りじゃないのよ

こないだ、原口智生さんから面白いビデオがあると聞いたので
みた純烈の戦隊ヒーローモノに、八代亜紀さんが出演なさっていた。
あまりにもかっこよくて泣けてきた。
しみじみ「おんな港町」や「なみだ恋」を久しぶり聴いて心沁みた。
八代さんの歌はいいなあ。
八代さんは膠原病の何かだと聞いていた。
突然悲しみがうわっと押し寄せてきたので、自分の心を整理したくなった。カナダで撮影した大きな作品も無事全部配信も出揃った。
もう、私は次章へ進まねば。あれを大きな布石として。
それにしても、よく頑張った。
誰も私の事情など理解できてないので、自画自賛する。
本当によく頑張った。下肢リンパ浮腫を抱え、免疫疾患を抱え、
よくあの作品を撮影するために自分を鍛え、異国で治療し、衛生や安全を保持した。信頼おけるスタッフや共演者に支えられ、群れることなく、日常はただただひたむきに孤独と向き合い、寂しくなると、小さく発散した。そこには小さな友達がいた。2人で何を語るわけもなく、陽が沈むのを黙って過ごしたり、他愛もないおしゃべりで笑ったり、犬も食わぬような愚痴は大空に吐いて、カナダの大自然の中へ消えて無くなっていった。仕事に集中できた。とにかく自分の体が最高の状態へ持ってくのにいつもベストを尽くした。日本が恋しくなったら日系を調べたり、日系の足跡を辿りながら、そこの先住民を調べた。そんなことがカナダではとても楽しかった。リンパ浮腫でもてくてくとにかく歩いた。歩く先には私の大好きな中古レコード屋があった。疲れたらどこでも休んだ。日本みたいにそれを怪訝な顔して見る人もいない。休む素敵なお気に入りのベンチもあった。セリフ覚えるためのベンチや、独り言を呟く場所もたくさんあった。カナダギースといつも語らい、うさぎを追いかけた。免疫がおかしくならないようとにかくストレスを溜めないよう努めた。免疫がおかしくなったら、免疫抑制剤を投与せねばならず、それは風邪やウィルスにかかりやすくなることになった。それは絶対に避けたかったので、免疫抑制剤を使わず、少しのことは強烈な痛み止め、またはそれ以上の痛み止めを使った。骨は幸いたまにしか痛みはなかったが、出ると最悪だった。痛みのせいで眠れず、宙吊りの蝙蝠になりたいほどの痛みだった。バットサインを出すんだ!と面白いことをいう友達にコールしたり、面白がることしか考えたくなかった。そしてそれが治ると、気持ちをあげに、遠出した。冒険は体にも負荷がかかるが、多少の負荷が私をハッピーにさせた。なんたって、車も運転できるし、行ったことのない場所へ行けるだけで、気分がいい。
撮影では本当にスタッフや共演者に恵まれた、彼らの理解がなかったら
多分、私は渡加すらしていない、作品にだって出演していないだろう。


思えば、子宮がん10年後にでた下肢リンパ浮腫。
ある日、それが2016年か2017年かは定かではないが、2018年には本格的に向き合ってきた症状が、免疫疾患による、Sapho 症候群。
最初は掌蹠膿疱症と診断された。

sapho
皮膚・骨・関節に症状がでる原因不明の病。以下の症状の頭文字をとって、SAPHO症候群と命名。
Synovitis
滑膜炎(関節を包む滑膜の炎症)
Acne
ざ瘡(重症のニキビのような症状)
Pustulosis
膿疱(膿の入った水ぶくれ)
Hyperostosis
骨過形成(骨が異常に増える症状)
Osteitis
骨髄炎

関節炎や骨過形成は胸鎖関節(鎖骨の付け根部分の関節)や脊椎(背骨)に起こりやすく、鎖骨の骨過形成は特に特徴的。
SAPHO症候群は様々な病気を寄せ集めた症候群であり、国や診療科によって診断の考え方が異なる。日本でSAPHO症候群と診断されている場合の多くが、掌蹠膿疱症性骨関節症(PAO)。

まあ、調べれば今時はなんだってわかる。
でも、わかってどうする?
もしもわかってくれたなら、もう触れないでほしい。
私をそっとしておいて。
粗探しをしても、私の症状はもう骨にある。
骨が齧歯類に齧られたように時折痛みがある。
そしたらものも持てなくなる。
そこへきて、下肢リンパ浮腫もあるので、症状が重なってひどい時は
歩くことも、日常の生活も落ちる。でも仕事するために、地下鉄にもバスにも乗るし、自走もする。服も着替えるし、重たい荷物も持つ。
そんな時、ああ、ちょっと手を貸してほしいなあと思う時がある。
ちょっと、席を譲ってほしいなあとか、でも見た目健康体に見えるので
何言ってんだこの人っておもわれちゃう。

だから、ヘルプカードを持っている。

そんなわけで、ヘルプカードはただの飾りじゃないの。
時折調子悪くなっちゃう私、見た目ではわからない私のアピール。

ふと、写真に持っている植物を思い出す。あの植物は生きているだろうか。私はその「彼」を持って、あちこち最後の日歩いた。
思い出の場所を辿り、彼を大事にしてくれそうな庭を探した。
いつもプールの帰りに眺めていた庭があった。
大事にしてくれそうだったのでそこの作業台の上に「彼」を置いてきた。まるで子供を置き去りにする母親のような気持ちになって、大泣きした。涙が止まらずしばらく走って通りまででた。
泣いてどうする。
連れていけない「彼」を笑顔で見送らないと。


忘れたいのに、忘れられない、切ない恋よ
おんな港町 別れの涙は
誰にもわからない

https://youtu.be/L--udzN9AgA?feature=shared

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