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アイスランドで出会ったさむがりや

一時帰国中の今週の当番、朱位昌併(あかくらしょうへい)です。

てっきりアイスランドで見守ることになると思っていた、ラニ・ヤマモト作『さむがりやのスティーナ』(以下『スティーナ』)の刊行を日本で迎えられたのは、とても幸運でした。

今回は、この絵本の紹介と、アイスランド語版『Stína stórasæng』(/sti:na stou:rasaiŋk/)に出会ったときのことを書きます。

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ラニ・ヤマモト『さむがりやのスティーナ』(朱位昌併訳)
2021年11月19日、平凡社から出版


さむがりやの女の子スティーナにはじめて出会ったのは、2020年2月、レイキャヴィーク図書館ででした。表紙に引き寄せられて、棚から取り上げて、ページをめくり、すぐに虜になりました。

寒さを避けることを第一にして、周りに目をくれることなく行動する彼女は、いつも着ぶくれていて、夏でもプールに近寄ることさえせず、こつこつ冬ごもりの準備をしています。いざ冬が来たら、大きな羽根布団にくるまって、本を読んだり、月とかくれんぼをしたり、すこしでも温かいままでいるための発明をしたりと、温かい屋内で好きなように過ごします。ひとりで決めて実行し、とことん自分の世界を追求する彼女は、とても魅力的でした。

一読して、「翻訳したい!」というよりも「よい絵本だから、みんなに知ってほしい!」という気持ちが強く、読み終えて直ぐにツイートしたことを憶えています。いつまでもこの本を眺めていたかったのですが、貸出手続きを忘れて呆けていた私は、閉館時間に手ぶらで図書館から追い出されました。


この頃、アイスランド語絵本の棚を制覇すべく乱読していて、読み終えたばかりの本を一時的に忘れて新しい本に集中することは、それほど苦もなくできましたが、『Stína stórasæng』を読んだあとは、次の日になっても頭を切り替えられませんでした。

それでもなんとか次の一冊を読み終えたとき、真っ先に思い浮かんだのは「スティーナの本の、あそこにはなんて書いてあったけ?」というもの。読み終わったばかりの本に申し訳ない、とすぐに再読しましたが、それでもなお長く強い余韻があり、新しい本に手を伸ばすことをせずに、図書館からスティーナの絵本を借りて自宅でもう一度読むことにしました。

さて、物語の前半では気ままに自分の世界にこもって温かい屋内を満喫していたスティーナですが、寒さから守ってくれている羽根布団は、やがて少しずつ重くなっていきます。イラストの色づかいにも寒色が増えてきて、冬の静寂が家の中いっぱいに広がっていきます。そして、真っ暗な部屋で目覚めたある日、外は吹雪でした。何の音もしないなか、突然、玄関の扉が叩かれて……。このあと、物語は急変します。

再読を終える前に、温水パイプで暖まった室内から衝動的に飛び出た私は、この絵本を買うために街路が凍結した町を歩きまわりましたが、2013年に出版されたこの絵本は既に絶版で、版元の在庫でも、アイスランド中の古本屋でも、Facebook上で古本を売買するグループでも見つかりませんでした。

再版の予定はなく、作者のところにも一冊も余っていないようなので、古本屋の店主に入荷したら知らせてくれるように頼み、いつかは古本で出てくることを願い、今でもインターネット上でも古本情報を追っているのですが、未だにアイスランド語版を手に入れられていません。それだけ大事にされている絵本だということなのですが、持っている人がとても羨ましいです。

『さむがりやのスティーナ』は、一度手に入れた人がおそらく決して手放さない特別な本なのです。


しんしんとした冬の感触や、暖炉の前にいるような柔らかい温かみが伝わってくるラニ・ヤマモト氏のイラストは、見るたびに新たな発見があり、絵本を読み返すごとにスティーナの世界が深みを増します。これは、アイスランド語版以外でも同様です。

アイスランド語版を探し始めてから2週間後、コウパヴォーグル(Kópavogur)の美術館で見つけた英語版『Stina with the Big Duvet』(2015)は、アイスランド語版と同じ装丁で作られているので、イラストはもちろん、表紙やページの手触りも変わりません。ただ、言葉の感触が違う。作者自身が英語版のテキストを書いているとはいえども、言語が異なると、やはり違う本になるのだな、と寂しさと嬉しさが混ざったような気持になりました。StínaとStinaは、双子のように同じだけれど、やっぱり違う。日本語版のスティーナが、読者の目にどのように映るかはかは分かりませんが、訳者として戦々恐々としつつも、とても楽しみです。


『スティーナ』がアイスランドの冬の絵本ということで、本書から、暗く長い冬を快適に過ごすための知恵や、スティーナ独自の工夫を読み取る読者もいるでしょう。「つまさき ゆたんぽ」が欲しい!「よせあつめ マット」を作ってみたい!と思うのは、訳者だけではないはずです。

文字を読み、イラストを眺めるのとは別の方法で、スティーナの世界に入り込むこともできるのですが、それは、作中でスティーナが行う「ゆびあみ」などのやり方や、「よせあつめ マット」などの設計図、それから「スティーナのホットココア」のレシピが載っているからです。(アイスランドの私の住居には、ゆびあみで作ったマフラーが山となっています)


多くの他の本と同じく、『さむがりやのスティーナ』の楽しみ方は読者それぞれで異なるでしょう。ひたすらイラストを眺めたり、物語に身を寄せたり、自分でスティーナの世界を再現してみたり。あなたにとって『さむがりやのスティーナ』は、どんな絵本になるでしょうか。読む度に違う本になるかもしれません。そんなアイスランドの冬の絵本を、ぜひ手に取ってみてください。


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ラニ・ヤマモト『さむがりやのスティーナ』(朱位昌併訳)
2021年11月19日、平凡社から出版


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ちなみに、『さむがりやのスティーナ』には、姉妹編『Egill spámaður』(予言者エイイトル)があります。

こちらは未邦訳ですが、ラニ・ヤマモト作の絵本のうち、「アルバート」シリーズが日本語でも第3作まで谷川俊太郎訳で講談社から刊行されています。彼女の世界に興味がある方は、ぜひそちらも手に取ってみてください。実は『スティーナ』にも、アルバートらしき人物が、ちょこっと登場しているんですよ。


文責:朱位昌併

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