見出し画像

猿荻レオンさんのリクエストにお応えして「わたしたちの新婚旅行」

1984年4月15日に
わたたち夫婦は婚姻届けだけの結婚をしました
それも夫がひとり市役所に行きました
何度も触れたとおり
わたしの両親には両親の強い思いがあり
どうしても夫のことを
許すことが出来なかったのでしょう
というより
親戚や近所の目に耐えられなかったというのが
本音だったのかもしれません
わたしは会社の上司に
夫は義叔父に保証人になってもらいました

夫の預金はゼロ
わたしは2年間で100万円ほど預金しておりましたが
最低限の電化製品と家財道具を買うと半分になり
新婚旅行に行く余裕がなかったというのが実情です
その義叔父に保証人になってもらい
アパートの敷金は出してもらった記憶があります

わたしは3月で退社していたのですが、
その日に衣類を2つのかばんに詰めて込みんで
母が買い物にっている隙に家を出ました
妹にだけは伝えて出て行きました

その会社は両親のコネで入った会社だったので
社長が凄く責任を感じ
わたしの次の働き口まで探してくれ
5月からはまた働き
そこでも半年で50万円貯金して
冬までに炬燵とファンヒーターを買いました

友達の結婚式に4度出ましたが
100名ほどの招待客・2度のお色直しがそのころの定番でした
2組はハワイ 1組はオーストラリア あと1組は北海道旅行でした
そういえば妹はイタリア・フランスの旅でした
高度成長期ってすごすぎます
特別ではなく普通の家の子です
あのころ日本はみな横並びの生活だように思います
今が格差の時代と言われるのも分かります

そのうえ
夫の会社は大変羽振りが良かったように思います
田舎は薪からガスへの転換期だったうえに
高度成長期絶頂のバブル期だったからです

翌年の春
開園して1年くらいのディズニーランドと
開幕したばかりのつくば万博に
社員旅行で行くことになりました

うらやましくて仕方ありませんでした
辞めていなければわたしもいけたのにと悔しがりました

ところが

なんと

「お前たちどこにも行ってないだろう」と
社長が「のりも同行させていいよ」
と言ったことを夫から聞き、飛び上がって喜びました
まあ社員15名の小さな会社だったので
社長の一存ですべてが決まりました

夫は嫌だったようですが
わたしは是夫にとついて行きました

もちろん社員旅行だったので
夫とは他人のように過ごし
女性社員さん2人と3人でと行動しました
ひとりはわたしが辞めた後に入った人なので初めてでしたが
話しやすく、明るく、良い方でした。

今の出ズニーランドはもっと華やかになっているのでしょうが
その頃でも夢の国に来たようで
流行っていた使い捨てカメラ写ルンですで
撮りましたよ
数えきれないほどの写真
アルバム一冊分!
今は色あせ開かれることもなく
天袋の段ボールの中で眠っています

可愛い温湿度計も買いました


たぶん1500円だったと思います
本当は時計が買いたかったのですが
高いなあと思ったっ記憶があります


木馬とかコーヒーカップとか空いているアトラクションに行き
バスにも乗りました
パレードもワクワクしましたね
若かったので3人でキャキャ言ってミッキーちゃんミニーちゃんと握手
ここはすべてを忘れさせてくれる場所だな~と感じました
若いながらも将来にいろいろ不安があったんでしょうね

つくば万博の思い出は実はあまりないんです
広い場所を永遠と歩いたなという記憶だけです
たぶんその分野に全く興味がなかったのでしょう
でも緑豊かで住むのには良い場所かもとは思いました


わたしの中では小学校6年生の時にあった
大阪万博が強く心に残っています
そうです月の石を見るために何時間並んだのだろう?
そうまでして見たい人間の心理みたいなものに
子どもながら
「どこの石がおいてあっても分からないのに」
それを見ないことには
時代に遅れるみたいな一体感が不思議で仕方なかった

今の多様性の時代とは全く違うけど
これはこれで面白いと思いました
現に夏休みが終わったら話題は万博のことばかりでした
みなが横並びで同じ方向を向いて歩いていた時代だった

あら、久しぶりに話が反れましたね
そうそう新婚旅行の話でした
初めて飛行機に乗った2泊3日の社員旅行

社長が言ったんです
3日目の朝のこと
富士五湖めぐりの観光バスと
河口湖の温泉に一泊できる予約券と
帰りの飛行機の搭乗券を夫に渡しながら
「これくらいしかできんけど一泊だけ新婚旅行しておいで」と・・・

もう涙で顔がぐしゃぐしゃになりましたよ
こうやって書くことによって
また人生の恩人をひとり思い出すことができました
レオンさんのおかげですね
その社長さんも10年ほど前に亡くなり
社長さんの息子は会長になり
会社はもうお孫さんが継いでおります

品川から富士急ハイランド行きの急行バスに乗りました
東京から見える富士山がだんだん形を変えながら
途中雲に覆われたり 
全く見えなくなったりしながらも
どんどん近づいてくる様子がもうたまらなくうれしかったです
富士急ハイランドで午後1時からの富士五湖めぐりの観光バスに乗り変え
五胡を一回り
帰り途中で河口湖で降ろしてもらい湖畔の旅館へ

だから新婚旅行はこの富士五湖めぐりということで
ディズニーランドとつくば万博は
社員旅行の便乗ということになります

次の日は飛行機のチケットまで時間が少しだけあったので
河口湖のスワン号に乗りました

以上新婚旅行でスワン号に乗った思い出でした
長々とどうでもいいことを失礼しました<(_ _)>


わたしのなかでもう遠い昔のこととなり
認知で幻にならないうちに
もう一度ディズニーランド行きたいという気持ちを持っています

実際子供たちと旅行した場所も忘れているところもあります

40年経った今のランドを目に焼き付けたい
50年になったら75歳だからちょっしんどくなるかなとということで
ここ数年の間に行きたいと思っています

この言霊がどうぞ叶いますように


見出し絵は伊藤拓郎さんお素敵な写真を使わせいただきました

では〆の一句


夢に見るシンデレラ城雪被る


今日もお粗末様でした

#新婚旅行の思い出
#家族のかたち
#スワン号
#ディズニーランド
#つくば万博
#富士五湖
#習慣にしていること
#猿荻レオン様

この記事が参加している募集

習慣にしていること

お金について考える

この度はサポートいただきありがとうございました これからも頑張りますのでよろしくお願いします