ダウンロード

勝手にふるえてろ〜応援歌の「お前」こそ勝手にすればいい〜

綿矢りさ原作、松岡茉優主演の恋愛映画のタイトルである。
「勝手にふるえてろ」は映画の最後でヒロインが結ばれた彼氏に言うセリフ。
恋愛映画なんて滅多に観ないのだけど、このタイトルに惹かれて観た。

惹かれたのはタイトルの言葉「勝手に」の部分。
世の中、勝手にできることがどんどん増えているけど、同時に勝手にすることに対する制約も増えている。
最近のニュースで言えばドランゴンズの応援歌問題。

「お前」という表現は子どもに良くないし、嫌がっている選手もいる。
とのドラゴンズの監督の言葉が拾われて、球団が応援団に自粛を求めた。
そしてそれがニュースとして広まって、国民の議論になっている。

正直「勝手にしなはれ」と思った。
「お前」という一つの言葉を使わないでくれと、どうして人の集団が人の集団に要請するのか。
どうして「お前」という一つの言葉をつかうかどうかを、全員で合意しなくてはいけないのか。

監督は子どもに良くないと勝手に思って勝手に表明すればいい。
お前と言われるのが嫌な選手は、自分自身で勝手に思って、必要なら勝手に表明すればいい。
言葉は本来自由で、それを使うも使わないも個人の判断が原則のはずだ。

なんだか、道端の落ち葉が気になる人がいて、それを拾うかどうか議論して決めましょうと言ってるみたいだ。
落ち葉なんて、見つけた人が勝手に掃除したりしなかったりすればいい。
どっちが正解とかどっちが間違いなんてものはないのだ。

落ち葉それ自体は善でも悪でもない。それを見つけた人の捉え方次第。
落ち葉はゴミにもなれば肥料にもなるし、綺麗な押し花や絵の素材にもなる。
「お前」も同じだ。

もし「お前」と言う言葉を子どもに使って欲しくないと思うなら、そう思う人が勝手に子どもに伝えればいい。
僕自身は「お前」という言葉を使う選択肢を子どもから奪いたくないと勝手に思っている。
それが自由で豊かな社会ってもんだ。


スキ「♡」をありがとうございます! 「サポート」はささやかな幸せに使わせてもらいます♪