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引き際の判断

以前、勤めていた会社で働いていた、ご老人のAさんの話。そのころは会社にPCが導入されて間もない時。今では考えられないほど、PCのスペックは低く、アナログとデジタルが混在していた。

Aさんは、商品の下地となる銅板の仕入れを担当していた。大企業を勤め上げた後、のちに私が働くことになる会社へ入社されたそう。入社当時から、既に高齢だったので、仕事はアナログで管理をされていた。

その人の性格を如実に表していたのが、商品の原価表だった。罫線が引かれたA3用紙に、商品の種類・仕入れ個数・原価などが、手書きで記載されていた。角ばったきれいな字で、全部の文字が、等しく右に10度くらい傾けて書かれていた。まるでPCで入力したかのような、同じ文字サイズで。

入社して、下地について分からないことがあったら、すぐにAさんに聞きに行っていた。いつも優しく丁寧に、分かるまで教えてくれた。頼りになる大先輩だった。長いキャリアのせいか、話も面白くて、用事があるとそれにかこつけて、Aさんの話を聞きに行っていた。

ある日、いつものように朝礼が終わった後、各々が仕事を始めた。Aさんも職人さんのご自宅へ仕入れに向かった。銅板は重いので、会社の車で向かっていた。

しばらくして、何か社内が少しざわついていた。何だろうと思ったら、その人が辞めることになったという。信頼できる人だと思っていただけに、いなくなることが寂しいと同時に、突然過ぎて、何かあったのかと心配になった。

後で知ったことだけど、職人さんの家に着いた時、ぼんやりしてしまって、植え込みに車で突っ込みそうになったらしい。自分の年齢のこともあって、会社に迷惑をかける前に辞めることにしたそう。免許も大きな事故を起こしかねないと、ご自身で判断され、返納されたそう。

辞める時まで、自分自身を客観的に判断できる人って、そう中々いない。格好良い大先輩だった。


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