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あなたが知らない鉄工所の世界

鉄工所。それは鉄を使ってなにかを作るところ。では、何を作るか?

それが問題だ。


超ニッチな業界の鉄工所

こんにちは。福岡県の水門メーカー(!)の後継ぎムスコ、乗富鉄工所の乘冨賢蔵です。私の家業である乗富鉄工所は、鉄を使ってオーダーメイドの「水門」を作る会社でした。水門と言われてピンとくる方がどれくらいいるでしょうか。河川や水路でたまに見かけるアレです。「そんなニッチな商売が成り立つのか」と思われる方もいるかもしれませんが、山が高く国土が細長い日本では昔から治水が発達しており、田んぼに水を引き込むために小さな水門まで含めると信号機より多いと言われています。

 福岡県の水都柳川に本社を置き水門メーカーとして長年安定した経営を行ってきましたが、水門の素材が鉄から錆に強いステンレスに変化したことにより製品の寿命が劇的に伸びたことで潮目が変わります。「いずれ水門の仕事はなくなる」、そんな噂が社内で流れ、私が入社した2017年から2020年にかけて職人の1/3以上が離職してしまう経営危機を経験したのです。その後気候変動により集中豪雨が増え、2023年現在水門需要は増加傾向にありますが辞めた職人が戻ってくるわけもなく、まして当時はまったく先が見えない状況で…なんとしても水門に代わる新しい事業を見つける必要がありました。

水門は用途や目的に合わせたオーダーメイド

なんでも作れる、それが武器だ

 そんな中、工場に鉄製のイスやテーブル、台車や衝立があることに気が付きました。しかもよく見るとひとつひとつ微妙に形が違う。職人に聞いてみると、仕事の合間に自分たちで作ったものだと言うのです。驚いたことに図面はなく、その時余っていた材料を使うから毎回形が変わるんだと言います。工場には10年以上使われている道具も珍しくなく「これは昔俺がつくったんだよ」と教えてくれた職人はどこか誇らしげでした。

ハンドメイドの台車(手前)と衝立(奥)

 水門メーカーだからと言って水門しか作れないわけじゃない。むしろなんでも作れるその応用力こそが鉄工所の強みなんだ。そう気づいたことが新規事業のスタートでした。

 その後、地域のデザイナーや大学生たちと一緒に職人技を生かしたアウトドアブランド「ノリノリライフ」を立ち上げ、テレビや雑誌などに取り上げて頂くことが増えたことで職人志望者が急増。これまで出会わなかった様々な業界の方と知り合う機会も増えました。そして、東京ビッグサイトで行われた2022年東京インターナショナル・ギフトショーの出展中に大川市の家具の総合商社株式会社関家具さんとの出会いがありました。

盛況だったギフトショー

鉄工所の視点 / 家具メーカーの視点

 乗富鉄工所がある柳川市の隣は、家具の産地として有名な大川市に隣接しています。関家具さんの本社は車で10分の距離にありましたが、水門メーカーである弊社とは当然ながらこれまで全く関りがありませんでした。それがギフトショーで弊社のプロダクトを見て頂いたことがきっかけとなり、「なにかコラボで面白いもの作りましょう」という話になったのです。私達がノリノリライフでお世話になっているデザイナーの関光卓さん(GateLightDesign)が関家具さんと親交があったのも決め手でした。

 後日担当の方に工場を案内をしたと時に「これがめちゃくちゃかっこいい!」と盛り上がったのがステンレス製のパイプでした。錆に強く強度もあるので油や水の配管工事に使っているものでしたが、表面はざらざらとしていて色ムラや材質を示す刻印もあり、お世辞にも綺麗だとは言えない素材です。

「それがいいんですよ」

 業界が違うとこうも視点が違うものなのか。こうして、水門メーカーである乗富鉄工所と関家具さんによるプロジェクトがスタート。約1年の開発期間の中で試作と検証を何度も繰り返し、力を合わせて作り上げたのが家具ブランド「FACTORIAL」です。

FACTORIAL

鉄工技術 × 木工技術 × デザイン…

 FACTORIALはステンレス製のパイプと、国産の無垢天板を使用して作られたコントラクト向け家具。FACTORIALの接続部分は実際の配管と同じようにパイプマシンという装置でネジを切り職人がハンドメイドで繋いでいます。アジャスターや組立部のパーツも市販品ではなく専用に作っていたりして、随所に職人の手仕事が感じられるものになっています。

FACTORIAL "DESK"
FACTORIALを製作する鉄工職人

パイプの表面はあえてなにも加工せずそのままにしてあるため色むらや材質の刻印がそのまま残っている場合もありますが、それが空間にインダストリアルな雰囲気を演出します。

FACTORIALの細部

 ちなみに"FACTORIAL"とは工場を意味する"FACTORY"と工業的を意味する"INDUSTRIAL"を組み合わせた造語ですが、数学用語では階乗(n!=n×(n-1)×(n-2)×……×3×2×1)を意味します。鉄工技術、木工技術、デザイン…そんな要素が掛け合わさって生まれたブランドです。

 ちなみにFACTORIALのアイテムはすべてセミオーダーで、天板のカラーやサイズ、ホイールの有無などを自由に選ぶこともできますが、これも家具の総合商社である関家具さんとオーダーメイドのものづくりが得意な弊社が力を合わせたからできたこと。

セミオーダーでカスタムできる

 FACTORIALは2020年11月よりECサイトで受注を開始。今後さらにアイテムを増やす計画もあったりします。

コラボレーションで広がる鉄工所の世界

 鉄工所。それは鉄を使ってなにかを作るところ。では、何を作るか?

 ずっと模索してきたその問いに、今は「何をつくってもいい」と答えたい。もちろんリソースには限りがあるので思いついたものを手あたり次第作る訳にはいかないけれど、「自分たちに作れるものこれだけ」なんて限定はしたくはない。

 そのために、鉄工所は社会と接続する。業界の中にいるだけでは決して見えない、新しいものづくりの可能性が外の世界にはある。オーダーメイドで鍛えた職人技を携えて、異業種とコラボレーションすることでいつも驚くようなものを生み出す、そんなクリエイティブな存在になれると信じています。

 鉄工所はクリエイティブである。そんなことが常識になるまで、乗富鉄工所はワクワクするものづくりを続けていきたいと思っています。

FACTORIAL "SHELF"

後日談

 FACTORIALの開発を通して職人たちに「自分たちはかっこいい家具も作れるんだ」という自信がついたようで、社内の休憩スペースをリノベした際にはDIYでかっこいい家具をつくってくれました。オーダーメイドでインテリア製造の仕事を頂く事が出てきたりもしていたりして、今後ますます活動が広がっていきそうです。

DIYで作り上げた社内の休憩スペース
オーダーメイドで製作した照明フレーム


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