職業病のせいで、危うく旦那をモラハラ認定しそうになった
今の旦那と付き合い出して数年経ったある日。
「うわー! 手作りチーズケーキなんて初めて! おいし~! お店出せるんちゃう! 味も甘すぎなくてすごく良い! 全体的に高く評価するよ。アリガト~!」
おお、喜んでもらえてよかった!
はるばる日本から手作りしたチーズケーキを韓国まで持ってきた甲斐があった。
と感激すると同時に何だか砂をかじったような嫌な感じがする。
なんだ……この嫌な感じ。
今から約 10 年前、私は大学を卒業するのとほぼ同じ時期に、友人の紹介で知り合った同い年の韓国人男性とお付き合いを始めた。
その男性が私の旦那だ。
旦那は大学で軍事学を専攻し、それと同時にROTC(予備役将校訓練課程)という軍の指導者育成プログラムも受けていたため、大学卒業と同時に将校として軍務に就くことになった。
仕事としての軍人だ。
一方私は、日本の会社に就職した。
彼の仕事の性質上、気軽に国外に出られないため主に私が韓国に会いに行っていた。
その際、 「健気でカワイイ彼女ポイント」を積立するために、渡韓するたびに何かしらお菓子を作って、持って行っていた。
よく言う「胃袋を掴め」作戦だ。
めんどくさくはあったが、ポイント稼ぎという、ねっちゃりした下心が原動力となった。
とりあえず、そのように可愛らしく恋愛していた。
特に喧嘩をすることもなく何年も月日が経った。
平穏に交際を続けていたのだが、彼と話していると何とも言えないモヤっとした感情が湧き上がる時が多々あった。
そしてそのタイミングは、私が何か行動を起こして、それに対して褒めてもらう「全人類が絶対気持ち良いと感じる瞬間」に発動した。
それは数年もの間、何度も繰り返され、冒頭の手作りチーズケーキを食べていた瞬間に至る。
なんだ? この男はすごく優しくて、頼もしくて、エエ奴なのに、やっぱり今も一瞬めちゃくちゃムカいた。
自分の頭の中で「ちょっ! TIME!」と試合中断の合図を出し、ビデオ判定に取りかかかる。
チーズケーキを渡す。
一緒に食べようとなる。
食べる。
男、喜ぶ。
「手作りチーズケーキなんて初めてやわ~! おいし~!お店出せるんちゃう!? 味も甘すぎなくて良いね! 全体的に高く評価するよ。アリガト~!」
「全体的に高く評価するよ」
ここだ。
終始すごく柔らかい表現で褒めてくれているのに、急にモラハラ発言クサい一発をぶち込んでいる。しかも上から目線で評価までされている。
レッドカード、一発退場だ。
このモヤモヤの原因を突き止めた私は、戦慄した。
私が付き合っているこの男は、もしかしてモラハラ男なのではないのだろうか。いつも優しいのは演技をしているだけで、本当はとんでもなくねちっこく不満をぶつけるような男なのではないのだろうか。将来結婚して、一緒に住んだら「おい、メシまだかよ」とか言うタイプの男なのではないのだろうか。結婚するまでは本当の姿なんて見えないとよく言うではないか。
長年お付き合いした相手がまさかの「本性、モラハラでした」は、かなりきつい。
20 代後半だ。そろそろ人生の伴侶としてこの男と向き合い始めようと思っていたのに。
モラハラ男と将来を共にしたくない。
しかしこの数年、彼と様々な困難を乗り越えてきた中で得た「エエ奴である」という確信は、ほぼ 100%に近い。
私が電話で会社の愚痴を泣きながら吐露していた時、辛抱強く一晩中「うん、うん」と聞いてくれたり、朝私が起きれなさそうな時にはモーニングコールをしてくれたり、 『バファリン』に負けないくらいの優しさでこの男は構成されている。
このモヤモヤをぶつけるべきか?
でも、私は意見を真正面からぶつけるのが苦手だ
だ。できれば穏便に、喧嘩なく物事が進むのをよしとするタイプだ。
これまでの人生で、衝突が起きそうな雰囲気を感じたら、話をそらして雰囲気を和ませるのが、どこにいても自然な私の役割だった。
しかし、嫌なものは嫌だ。
思い切って遠回しにオブラートに包みながら「高く評価する」発言の真意を聞くことにした。
「褒めてくれる時に高く評価するって言うやん? あれってクセなん? ちょっと上から目線みたいで、いつもムカつくねん」
オブラートで包むつもりが緊張のあまり「ムカつくねんお前の発言」と直球ど真ん中な発言をしてしまった。
「え? 評価してるって言ってた? うそー! ごめん! 無意識やった!」
私の発言をきっかけにモラハラ男が出現すると思っていたが、意外にもあっさり謝られた。
相手の話を聞いていると、どうやらこの口癖は職業病との事だ。
冒頭でも言った通り、彼の職業は軍人だ。
韓国では徴兵制度がある事を知っている人は多いだろう。
19 歳以上 30 歳未満の韓国籍の男性は徴兵の義務がある。最近では BTS のメンバーもこの徴兵制度にのっとり軍隊に入隊した。
一般人であろうと芸能人であろうと関係なく、全ての男子は軍隊に行くのだ。
その徴兵にくる人達を管理するのが、彼の仕事の一部だ。
そのため、日々行われる様々な訓練を通して、自分の指揮下にいる兵士達の評価を日常的に行う。
その際にこの「高く評価する」という言葉を使うのだ。
「高く評価する」という言葉は、ある一定の評価基準があり、その基準にのっとり判断をした結果、高い評価を与えるに値するという意味になる。主観的な個人の感情を無くしてみんな平等に評価するための表現方法なのだ。
軍隊は閉塞的な空間で、その中で何十人という人間が、数年に渡り生活を共にする。
良かれ悪かれ、ちょっとした感情のこじれが大きな事故を誘発する可能性があるため、管理する側は一言一言気を付けないといけないのだ。
このような職場で働いた結果、私のチーズケーキは「高く評価された」のだ。
モラハラなのではなく、職業病なら仕方がない。
思い切って聞いてみて良かった。
言葉の後ろにはその人の考えや、背景がある。
うだうだ考えず、思い切って聞いてみるのも悪くはないのかもしれない。
もし聞かなかったら、私はこの男をモラハラ男として嫌悪感にまみれた視線を送っていたに違いない。
この出来事から数年後、彼は長年に渡る軍人生活を卒業した。それと共に言葉もどんどん一般人と同じようになっていった。
軍人の言葉が抜けたのは良いが、韓国で私と暮らすようになってからは関西弁をよく話すようになってきた。
全く日本語が話せない韓国人の関西弁は何とも、エセ臭い。
「コレェ メッチャ クッサ ヤン」
アパートに設置してある、生ごみ回収ボックスから湧き出てくる匂いが、臭いと言いたいのだろう。
とにかく「やん」を付ければ良いと思っている。
そして私の言葉が素直に彼の中にインプットされていることに危機感を覚えた。
環境が自分の言葉に与える影響力は計り知れない。
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