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ヴィンテージ:6

「ここは…もっと翳入れた方が良くなる。後はアーケード奥の人物まで仔細に書き過ぎだ、わざとらしくなる。記憶や写真に頼ってムリしなくていい。観てもらいたいモノ、伝えたいモノをカタチにする様に描け。奥はそう見える様に、手前は感じ取れる様に」
 早坂が清原の絵に口出ししてるの初めて見た。俺は2メートルくらい背後からやり取りをボンヤリ眺めていた。
「奥の…コイツは丁寧に描きたい。コイツはこの後に手前の男に殴り掛かるの。だから、目線は男を追ってる。手前の男はそれに気づかず女の肩に手を掛けて高笑いしてる。アーケードを歩く誰もが目を向けるくらいの大声で笑って楽しんでる。それが憎くて仕方ない」
「じゃあこっちの翳は何故軽くした。夜明けだから。街頭はまだ点いてて、でもネオンは所々消えてる。そのくらいの時間。ちょうど何もかもが曖昧になる時間。そのくらいの時間帯に笑ってられるのは象徴。この街の、このアーケードでの成功を意味してる。だから、軽く、軽薄に描いた。この続きの絵は思いっきり陰翳をつけて、この男の終わりとこの街の一つの終わりを象徴させる。だから軽く。深く。細かく。この絵はそう描きたい」
「でも、観る奴らはそんなの感じ取ろうともしないぞ。一枚で決めつけるんだ」
「私は別にどうでもいいから。一枚で…なんて誰が言った? って思えばいいから。私が描きたいモノを描けばいいから」
「そうか。なら、この絵は好きな様に描けばいい。糞野郎には其奴の目の前で今の高弁を聴かせてやればいい」
「うん。口をぽかんとさせて、私だけ満足する」
 俺は呆れて近づく事もせずにそのまま二人の姿を眺めていた。二人の眼は真剣だった。だから、余計に呆れて仕方がなかった。

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