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じいちゃんの希死念慮

じいちゃんが死んだのは八十二歳
自ら望んであの世に還っていった

本当は生きているのがずっとずっと苦痛で仕方がない
よくよく自殺未遂を繰り返す

じいちゃんの父親は船乗りで船長として北前船に乗っていた
浮気ばかりを繰り返す色男

じいちゃんの母親はそんな夫に愛想をつかし
じいちゃんを置いて一度だけ家を出た

まだじいちゃんが幼い頃
その時、じいちゃんはお漏らしをする

じいちゃんの家には叔父さんや叔母さんがいっぱいいて
じいちゃんの面倒を見てくれていたという

でもじいちゃんは母親に棄てられた
それはずっとずっとじいちゃんのこころの傷になる

じいちゃんは一人っ子

中学校に進む
旧制の中学校は頭の良い人しか進めない

じいちゃんは文学青年
年を老いても活字が大好きで
本や雑誌を読みまくる

じいちゃんは目を悪くして中学を中退をした

そこから先は金沢に行ったり
東京にも出ようとするがちょうど関東大震災とぶつかり
家に残る

じいちゃんの夢は喫茶店をやりたかったと耳にした
でも真面目に会社員

じいちゃんも女にもてる
女が放って置かないらしい

昔は母の実家の側にも遊郭があり
お女郎さんにも惚れられて
お女郎さんは振り向かないじいちゃんにしびれを切らし、自殺をする

まあまあの遊び人
後々わたしには
「おれはなぁ~んも、思わんかった。お女郎が勝手に死んだだけ」と語る

その後、ばあちゃんと写真だけで結婚を決める
ばあちゃんは写真を見ただけでいい男のじいちゃんに惚れたらしい

ばあちゃんの実家は元々は造り酒屋だったが落ちぶれた
ひいばあちゃんは御姫様、御女中さんを連れて学校へ通っていたという
ばあちゃんの姉たちはばあちゃんの実家が落ちぶれる前に東京の女学校に行き、結婚をした
ばあちゃんはちょっと不運だったかな

ばあちゃんもまた、じいちゃんの女問題に悩まされる
幼い頃からのばあちゃんの苦労をつぶさに見ていた母はじいちゃんのことをよくは思わない
ただじいちゃんは人のこころの弱さが分かる
かなしさが分かる
寄り添ってくれる
だからわたしはじいちゃんが好きだった

ばあちゃんは一所懸命に商売に身を入れる
男運は悪いけどお金には困らないと呟いた

それでもばあちゃんの心は満たされないで
死ぬまでじいちゃんの女関係に嫉妬を繰り返す
幼いわたしにもばあちゃんのさみしさをちょっとかわいそうに感じた

「おれはなぁ、家庭を捨てようなんて一度も思ったことはない」
それがじいちゃんの口癖だった

ばあちゃんは心臓が弱くて五十歳くらいまでしか生きられないと昔から医者に言われる
七十七歳まで生きたけど
あっさりと旅立つ
心臓発作は苦しかったと思う、痛かったと思う
晩年は、いつもニトログリセリンを持っていた
御守りのように

ばあちゃんが旅立ってから二年、じいちゃんも我慢しきれずに
自ら命を絶つ
何のかんの喧嘩はするけれど
やっぱりばあちゃんが大切だったんだね
さみしかったんだね
昔の男は愛情表現が下手くそだ

本当はわたしが側に居たら、もう少し生きてくれたかな
少し自分を責める
でもわたしの家ではない


希死念慮の強いじいちゃん
厭世感ばかりの人生
生きているのがむなしかった
人間は死んだら終わり
木の葉が枯れ落ちるように
魂なんてないと信じて生きていた
それでも日記には「生まれる前の国に還りたい」と流し書き

じいちゃんは睡眠薬をいっぱい飲んで死にかけたことが何回もある
それでも必ず目が覚めて生かされる

じいちゃんはあの世なんかないって言ってたけれど
わたしはじいちゃんが旅立った後にじいちゃんの魂の存在を知る

ばあちゃんは毎日毎日仏壇に手を合わせお経を唱える
ばあちゃんは仏様を信じていた信心深い人

じいちゃんもばあちゃんもこころのやさしい人
あの世に旅立ってからも何かを教えようとしてくれる

母はその血を色濃く受け継いだ、こころが強くてやさしい人

泪を流さない 
多分、ばあちゃんに似たんだろう
ばあちゃんの座右の銘は「一心岩をも通す」
とてもとても信念の強いひと
強すぎてちょっとこわい

じいちゃんの希死念慮はいつか必ずやって来る
わたしはいつもいつもそのことが不安だった
こころが満たされない
さみしい人

こころの通わぬ伯母と伯父
そして悪魔の従姉たち

かなしかっただろう
さみしかっただろう
つらかっただろう

やさしすぎるじいちゃん
伯母には従姉たちの将来を心配するように口を酸っぱく言っていた
でも無駄だった
「オレが残して行けるのは墓だけ」と言った通りになっている
後は湯水のごとく伯父に使われた
アホな伯父に従う、もっと阿保な伯母

じいちゃんがあの世に旅立つ前の日にわたしはじいちゃんと電話をした
「元気でやっとるか」
「うん、まあね」
そんな他愛のない話しをした
でもちょっといつもとは違う何かを感じてたような…

まさかまさか、じいちゃんがもういなくなるなんて思わなかった
思いたくなかった

じいちゃんの葬式を終え
わたしは父と母と飛行機で自分の家に帰る時、離陸直後の飛行機はひどくガクンと揺れる
母とわたしは顔を見合わせ
「きっとじいちゃんだね」
「そうだよ、おれを置いて行くな。おれも一緒に連れて行けって言っているんだね」と…

じいちゃんの魂はわたしたちと一緒にやってきた
じいちゃんのご先祖たちを連れて

何故だかそう思うのは
後々じいちゃんの
法事行った時にじいちゃんの家には
じいちゃんが生きていた頃の仏壇に仏様がいるような神々しさを全く感じなくなったから

じいちゃんとともにご先祖様もいなくなる
ご先祖様に護られていたじいちゃん
稀死念慮が強かったはずなのに不思議と病気もしないで

ずっとずっとあの世に旅立つまで元気に過ごしていた


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